45.大英雄の末裔
アネシュカからもたらされたランプレヒトの情報。
そこからひとつだけ決め事が生まれた。
基本的に行動は二人一組で、というものだ。
正直なところランプレヒトクラスであったとしても、“三天騎士”であれば勝ち目は十分にある。とはいうものの今回相手は単体とは限らないし、その手には未だに“不滅蟲”があるであろうことは間違いない。
とすれば、不測の事態に備えて単体での行動は控えるべきだというのは十分に納得のいくものだった。
そのような取り決めがされて数日。
さすがに襲撃されるのを待っているのも意味がないので、森を良く知るユディタとアネシュカは日中は森の探索に出ており、必然的に残ったオレはヘレナと一緒に居ることが多くなっている。
「本当に精が出ますわね」
「ん?」
ここ数日実戦が続いていたせいもあり、いい機会なので基礎鍛錬を見直すことにしていた。
実際ユディタからは、技術鍛錬や実戦経験を積んでいく間でも基礎鍛錬はしっかりとやるように言われている。基礎、とはよく言ったもので全ての土台となる部分でもあるので怪我や何やらで難しいときでない限り、一生続けていくものなのだろう。
これまでのようにユディタから一方的にメニューを与えられるのではなく、色々試行錯誤しているオレに対してヘレナが投げかけてきた言葉が、さっきのものだった。
少しだけその意味を考えてみるが、何を言いたいのかよくわからなかったので素直に返してみることにする。
「そりゃ、やりたくてやってることだしね」
これに尽きる。
別に誰かに強制されてやってるわけでもないし、やりたいようにやっているのだからそりゃ頑張るしかない。
「その先が行き止まりかもしれませんのに?」
「……それが最近のヘレナの浮かない顔の原因か」
ここ数日、彼女はどこか翳を落としている表情を浮かべていた。
より正確に言えば、
「問題は、アネシュカ?」
そう、アネシュカが来てからだ。
はっとした彼女に対して言葉を選ぶように確認していく。
「あー、そんな顔しなくても大丈夫だ。ヘレナが危惧しているみたいに、アネシュカと仲が悪いとかそういう関係が悪いのが態度に出ているとかそんなことは思ってないよ。
ヘレナがそういう人間じゃないのは一ヶ月っていう浅い付き合いでもわかっているし、さ」
見たところ彼女たちの仲は悪くない。
アネシュカはあの通り真面目な堅物で裏表がない性格だし、ヘレナ自身も自分に厳しく他人には思いやりを持っている優等生タイプなのでお互い尊重し合っているし、ぶつかりようがない。
むしろお互い同世代で“三天騎士”という重責を担っているという共通項もあるせいか単なる同僚ではなく、友人同士くらい仲はいいと言える。
「ルーセントさんの仰る通り、あくまで問題はわたくしの内面だけのことですわ」
うーん。
物思いに沈む美人ってのも絵になるけど、せっかくなんだから女性には笑顔で居てもらいたい。
まぁそれをわざわざ話しているってことは、本人も漠然とではあるが何とか解決したいのだと思うことにしよう。
「せっかくだから可能なら、その内面をここで話してみたらどうかな? オレもその先が行き止まり、なんて言われたら気になるしさ。
解決策が見つかるかはわからないけど、少なくとも話すだけで自分の中で整理できるとこともあると思うよ」
ここ数日のヘレナとアネシュカ、そして今のセリフから推測するに―――、
「……わたくしたち“三天騎士”は各々異能を持っている、と言われています。
神からの神託をはじめ天からの報せを受けることが出来る“天啓”を持つアネシュカさん。
構成要素を並べることで結果を導き出す高速演算能力と本人の戦略眼が合わさった“天計”を有するブランディーヌさん。
そして―――」
「“天恵”のヘレナ、だね」
―――おそらく原因はそこにある。
他の二人の異能がそれぞれ固有、とまでは言い過ぎかもしれないがそれぞれしか使えないのに対して、ヘレナの“天恵”はあくまで技術でしかない。
勿論彼女の年で第三段階まで踏み込んでいるのだから、“天恵”保有者としての才能は他の二人よりもあるのだろう。だがあくまで比較の問題であり、他の二人も熟練度は低いとはいえ会得することはできているので彼女だけのもの、というわけではない。
「ええ。お師匠様から聞いているとは思いますが、程度の差こそあれ“天恵”はわたくしたち三人全員が会得していますの。
アネシュカさんたちは自らしか為し得ないものを持っている、それに対してわたくしは……そうではありませんわ。そんなわたくしが彼女たちと同じ“三天騎士”として並び立てられていることに……思うところがないとは言えませんわね」
やっぱヘレナも真面目だよなぁ。
今のところ教団関係者で真面目なじゃなかったのって、ユディタくらいしかいない。彼女の場合は何か本人自体がそもそもマイペースというか個性的なので比較対象にしていいものかどうかも怪しいけどな。
「つまりアレか、“天恵”を極めたとしても、それをベースにして何か別のものがなければ、さらに上へは進めない。それがさっきの行き止まり発言か」
「ええ……愚痴が過ぎましたわね。お忘れ下さいまし」
言っておいて情けなくなったのか、落ち込んで話を打ち切ろうとするヘレナに対し、
「やなこった」
わざと少し明るい感じでそう答えた。
「ヘレナがそれで悩みたいなら悩めばいいと思うし、それは意味があることだと思うよ?
でもさ、確かにヘレナみたいに力をある人にとっては悩みかもしれないけど、正直なところ何かを為すのにはそこまで大きな問題でもないんじゃないかな?」
力はあればあっただけ良い。
それは事実だ。
何かをやりたいのに力が伴わないほど不幸なことはない。
だが何もやりたいことがないのに力だけあったとしても、それは意味が在るのだろうか?
「ヘレナが単に他の人よりも飛び抜けたい、っていうなら悩み続ければいいと思う。でもその得た力で誰かを助けたい、とか何かをしたい、っていうのなら気にするのはそこじゃなくて、どうやってやるか、なんじゃないかな?
オレはアネシュカに助けてもらったけど、彼女に“天啓”があるかどうかなんて知らなかったし。
助けてもらう側にしてみれば単純に助けてもらったっていう事実が大事なだけであって、それが“天啓”によるものだろうと“天恵”によるものだろうと変わらないよ」
身体能力が活かせる場面で救われる人もいるだろうし、“天啓”みたいな神がかった判断の結果助かる人もいるだろう。もっと言えば“天計”みたいな大局的な判断の結果、減る犠牲者もいるだろう。
要は用いる場所が違うだけだ。
ヘレナにはヘレナしか出来ないことがあり、アネシュカにはアネシュカしか出来ないことがある。
「それに―――っ!?」
言葉を続けようとして、周囲の気配の変化に気づいた。
少し表情が和らいだ気がするヘレナも、ほぼ同時に警戒を高めているからオレの錯覚ではないようだ。
誰かが近づいて来る。
数はひとつ。
間違えようがないくらい、隠すつもりのない馬鹿正直な気配だ。
強者らしい大きな気配を敢えて放って自分の存在を誇示しながら、真っ直ぐこちらに進んでくる。
一瞬ランプレヒトかと思ったが、あいつはこんな気配の出し方しないだろうし。
―――森から現れたのは、ひとりの男。
獅子の顔を被り、その皮を纏った独特な格好をしていたが、その筋骨は隆々としており隠しきれないほどの圧を放っている。
まさに荒々しくも雄々しい雰囲気を持つ男だった。
その動作の一つ一つ、あるいはその全てから強さしか感じない。
「貴様が……ルーセントか」
確認するかのように男は短く言った。
「我が名はヒュロス。偉大なる英雄を祖に持つ一族の末。
ゆえに“大英雄の末裔”ヒュロスと呼ばれている」
英雄。
その響きに一瞬どくんと胸が高鳴る。
「宣戦布告を行いに来た」
ただそう言い、男は真っ直ぐにオレを見据えた。
彼が発している馬鹿正直な闘気を見れば何をしにきたのかなど一目瞭然。
隣でヘレナが彼の名乗りから緊張の度合いを高めたことに気づきながら、オレはゆっくりと構えた。
次回、第46話 「剛力無双」
7月24日の投稿予定です。




