scene:54 崩星ドラゴン
アリアーヌとチェルバたちは、ボソル荷電粒子砲の照準を崩星ドラゴンに定めた。
「ボソル荷電粒子砲を特殊モードに切り替えて」
教授の指示が飛んだ。特殊モードは荷電粒子にボソル粒子を添加して発射するものであり、威力は五倍ほどになる。
「照準完了」
アリアーヌの声が響くと、チェルバたちも照準を終えたと報告する。
「撃て!」
教授の合図でボソル荷電粒子砲が発射された。七門のボソル荷電粒子砲から恐るべき威力を持つ荷電粒子の塊が発射され、崩星ドラゴンへと飛翔する。
飛翔する七発の荷電粒子は、四発が外れ三発が崩星ドラゴンに命中した。だが、そのゴツゴツした体躯の表面にはバリアのようなものが張られており、荷電粒子を弾き返す。
「三発命中、但しダメージなし」
アリアーヌが悔しそうに報告した。
「構わないわ。どんどん撃って」
「でも、効果がないんですよ」
「奴にエネルギーを使わせるのよ。ドラゴンだって、エネルギーを消耗すれば戦えなくなるわ」
崩星ドラゴンの背中にある触手の中で一〇本ほどがユピテル号の方に向けられ大口径レーザーが発射された。その中の一本の光条がユピテル号のバリアに当たって眩しい火花を散らす。
「うわーっ、中型核融合炉一基分のエネルギーがバリアに消費されちゃった」
エネルギー消費量を見ていたモウやんが、変な汗をかきながら報告する。
「イチ、もう少し激しく軌道変更を。これだとあいつのレーザーに当たるわ」
ジグザグ飛行をしていたイチは、気合を入れて操縦を始めた。
「ソウヤ、モノポール亜光速ガトリング砲の射程まで、後どれくらい?」
「五分くらいで射程に入りそうや」
ソウヤはモノポール亜光速ガトリング砲の照準装置を操作しながら、崩星ドラゴンの動きを見ていた。崩星ドラゴンは大きく翼を広げて飛翔している。
その翼に太陽光が当たると、虹色に輝いた。
「綺麗やな……」
「そんなことを言ってる場合じゃないよ。あいつを倒さないと地球が危ないんだぞ」
モウやんが青褪めた顔でソウヤに言った。
「分かっとる。けど、綺麗なもんは綺麗なんや」
ソウヤとモウやんが話している間にもユピテル号と崩星ドラゴンの距離が縮まっていた。モノポール亜光速ガトリング砲の射程に入るのも秒読み段階である。
その照準装置を操作しているソウヤは、どこが崩星ドラゴンの弱点なんだろうと考えながら頭に照準を定めた。今の角度だと頭と背中、それに翼しか照準できなかったのだ。
ソウヤが秒読みを開始し射程に入った瞬間、発射ボタンを押した。モノポール亜光速ガトリング砲の複数ある砲身が回転しモノポール弾を吐き出し始めた。
亜光速にまで加速されたモノポール弾が崩星ドラゴンに降り注いだ。巨大な星害龍の頭・背中・翼にモノポール弾が命中し盛大な稲妻が発生する。
頭と背中に命中したモノポール弾が強固なバリアに弾かれたとは対照的に、翼に命中したモノポール弾は弱いバリアの抵抗を受けたが貫き翼に穴を開けた。
崩星ドラゴンは均一のバリアを展開しているのではなく、急所となる部分だけバリア強度を上げているようだ。五〇発のモノポール弾を撃ち終わった時、翼に傷を負った星害龍が瞳の色を黒から赤に変えた。
「ドラゴンが本気になったわ。イチ、あいつが口を開けたら軌道を大きく変えて」
「了解」
イチはメインモニターに映し出された凶悪な化け物の姿を見ながら、タイミングを計っていた。
崩星ドラゴンが真空中なのに深呼吸したかのように胸を膨らませ口を大きく開けた。
「今よ!」
教授が大声を上げ、イチが大きく舵を切った。ユピテル号の軌道が右の方に流れ始める。その途端、崩星ドラゴンの口から目には見えない何かが発せられた。
崩星ドラゴンの空間破砕咆哮である。その進路上にある空間が歪み、小惑星や氷の欠片が崩壊し消えた。それはユピテル号の二〇キロほど横を通過したようだ。
通過した破滅の咆哮は背後にあった土星の第八衛星イアペトゥスに命中した。イアペトゥスは土星から約三五六万キロ離れた軌道を公転している衛星で、直径が一四七〇キロほどある。
この土星で三番目に大きな衛星に空間破砕咆哮が直撃すると、イアペトゥスの崩壊が始まった。衛星の表面に大きな亀裂が走り、次の瞬間爆ぜた。
「ひゃあああーっ、土星の衛星が爆発した」
モウやんが甲高い声を上げた。その攻撃はソウヤたちを驚かせただけでなく、その影響はユピテル号にも及んだ。空間自体を振動させ、ソウヤたちの耳にも何かがきしむような音を響かせたのだ。
「何でや? 真空の宇宙空間なんやで」
「空間自体が振動しているのよ。その振動が船内の空気を振動させ人間の耳に音を響かせているんだわ」
消滅した土星の第八衛星があった宙域には、衛星の残骸だけが漂っていた。その様子を見たソウヤは唾を飲み込んだ。
「洒落にならん。デカイ衛星が粉微塵になっとる」
「ソウヤ、ビビってないでモノポール亜光速ガトリング砲のモノポール粒子生成はどうなってるの?」
「モノポール粒子生成は進んどる。けど、一〇分くらいは撃てそうにないんや」
「急いで」
ユピテル号と崩星ドラゴンの距離がさらに縮まり、モウやんの出番になった。モウやんが担当しているのは、加速力場砲である。
「加速力場砲を一〇発だけ発射したら、ユピテル号は反転して距離を取るわよ。モウやんとイチはいいわね」
「お、おう」「了解です」
モウやんたちが緊張した顔になった。
イチはユピテル号の右舷を崩星ドラゴンに向けるように回転させた。モウやんは加速力場砲の狙いを定め投射弾を発射。続け様に発射された投射弾の一発が、崩星ドラゴンの肩に命中。大きな質量を持つ投射弾は、バリアを強引に押し割り肩に食い込んだ。
崩星ドラゴンの体液が真空中に飛び散る。だが、崩星ドラゴンは強烈な再生能力を持っていた。肩の傷口はすぐに塞がり、皮膚が盛り上がっていく。
「えーっ、そんなぁ」
ダメージを与えたのに急速に回復する崩星ドラゴンに、モウやんが不満の声を上げた。
瞳を真っ赤に燃やした星害龍が、背中にある五〇本ほどの触手を全てユピテル号に向けた。
「ヤバイ、ヤバイ。全力で逃げるんや!」
ソウヤがイチに叫んだ。
「分かってる」
イチは必死の表情で操縦桿を操る。ユピテル号の強力なエンジンが全開。その加速度がソウヤたちの身体を衝撃吸収装置が付いている座席に押し付けた。
ユピテル号には慣性力キャンセラーが設置されている。そうでなければ、巨大な加速力を発揮する航宙船の内部は、破壊されてしまうからだ。
ただ加速が開始されてから慣性力キャンセラーが働き出すまで、ほんのわずかだがタイムラグがある。そのタイムラグの間に発生した慣性力を吸収するのが、座席の衝撃吸収装置なのだ。
崩星ドラゴンがレーザーを発射した。五〇本ほどのレーザー光がユピテル号を追い駆け船体を焼き切ろうとする。
九本のレーザーがユピテル号の船体に命中した。バリアが火花を散らし悲鳴を上げる。装甲が熱を持ち始め、その熱がエネルギーを供給している超電導ケーブルにも伝わり、超電導の効果が消え始め耐えきれなくなった導線が燃え上がる。
メインモニターに映し出されたユピテル号の構造図に警告マークが映し出された。そして、警告音が鳴り始める。
「カワズロボを修理に向かわせて。イチはとにかく逃げて」
イチは歯を食いしばって操船する。
船体に衝撃が走った。バリアを破ったレーザーは装甲を焼き切り内部の機械を破壊したのだ。
ユピテル号の内部で火災が起こり、ディアーナは独自判断で火災箇所から空気を排出。火災はすぐに鎮火した。
距離を取ったユピテル号は、衛星イアペトゥスの残骸が漂う中に逃げ込んだ。追いかけてきた崩星ドラゴンは、その残骸を食べながらユピテル号に迫ってきた。
「航行と戦闘には支障がないようね。破壊されたのは備品倉庫……重要なものはなかったはず」
教授が被害状況を調べている。
作業を終えた教授がソウヤに顔を向けた。
「モノポール粒子はまだなの?」
「後二分半待って」
「仕方ない。アリアーヌはモウやんと交代して加速力場砲を担当、モウやんはチェルバたちと一緒に荷電粒子砲を撃ち続けて」
荷電粒子砲ではダメージを与えられないのだが、牽制にはなる。
「ディアーナは戦闘映像を分析して、あいつの弱点を探し出して頂戴」
「承知シマシタ」
ソウヤはモノポール粒子のタンクが満タンになったのを確認して教授に報告した。
「いつでも撃てるように準備しといて」
ユピテル号に近づいた崩星ドラゴンが、また胸を膨らませた。
「ヤバイ、空間破砕咆哮よ」
イチが慌てて舵を切る。空間破砕咆哮で発生した空間の歪みがユピテル号を掠め、サブエンジンを破壊した。
船体が激しく揺さぶられ、爆発音が鳴り響いた。
「ひゃあああーっ!」「きゃあああ!」
モウやんとアリアーヌの悲鳴が上がる。
椅子から飛び出したチェルバが、ソウヤの顔に衝突しそのまましがみついた。ソウヤが藻掻きチェルバを引き剥がそうとするが、力ではチェルバに敵わない。
「きゅはああーっ、びっくりしたずら」
ようやくソウヤから離れたチェルバが、尻尾を振りながら自分の席に戻った。
「緊急事態……サブエンジンヲ投棄シマス」
戦闘映像を分析していたディアーナが宣言すると、危険な状態にあるサブエンジンを切り離し宇宙空間へと放出した。
崩星ドラゴンは投棄したサブエンジンを捕らえ、齧り始めた。特殊な金属で出来ているサブエンジンは、ドラゴンの味覚を満足させたようで、攻撃がやんだ。
「分析ガ終ワリマシタ。崩星ドラゴンノ弱点ハ空間破砕咆哮ヲ放ッタ瞬間デス。ソノ時ダケ、バリアガ解除サレルヨウデス」
「よくやった、ディアーナ」
教授が瞬時に作戦を立て、ソウヤたちに指示を始めた。
「加速力場砲に追尾投射弾をセットするのよ」
アリアーヌが驚いた。追尾投射弾は完成していなかったからだ。上手く機能するものは三割ほどしかなかったはずだ。
教授はアリアーヌの驚いた顔を見て、
「三割でも当たれば、いいわ」
アリアーヌはカワズロボに実験的に製作した追尾投射弾を加速力場砲に装填するように命じた。
その命令を受けたカワズロボは作業を開始した。
「追尾投射弾、装填完了」
教授は崩星ドラゴンに向けて発射するように命じた。アリアーヌは指示通りに発射する。通常投射弾なら射程外と判断される距離だが、追尾投射弾が機能すれば命中するはずだ。
一〇発連続で発射した追尾投射弾が宇宙空間を飛翔する。その中の八発は崩星ドラゴンへ向う軌道から外れていった。残りの二発は追尾機能が正常に作動し軌道を変えながら崩星ドラゴンへ飛翔し頭部と背中に命中した。
この星害龍は大きな質量と運動エネルギーを持つ攻撃に弱いようだ。追尾投射弾は大きなダメージを与え、崩星ドラゴンは激怒した。
その瞳が真っ赤に燃え上がり巨大な胸を大きく膨らませる。
「来るわよ。ソウヤは同時にモノポール亜光速ガトリング砲を発射。イチは空間破砕咆哮を躱して」
「了解」
ソウヤは崩星ドラゴンが口を開けた瞬間、モノポール亜光速ガトリング砲の発射ボタンを押した。イチは回避するために操縦桿を傾ける。
モノポール弾が崩星ドラゴンを痛撃した。そのゴツゴツした体表に穴が穿たれ、体液が吹き出す。巨大な体躯をくねらせ藻掻き苦しむ星害龍は、動きが弱々しくなっている。
「今よ。加速力場砲で止めを刺して」
アリアーヌが投射弾をドラゴンに打ち込んだ。その中の一発が心臓を貫き、止めを刺した。
動きを止めたドラゴンが宇宙を漂い始める。
「はあっ、終わった」
イチが座席の背もたれに身を投げ出し、大きく息を吐き出した。
「皆、よくやったわ」
教授が全員を褒めた。モウやんは嬉しそうに笑い、アリアーヌはホッとした表情を見せる。
「ねえねえ、クラーケンは一億八〇〇〇万クレビットだとすると、崩星ドラゴンはどれくらいになるのかな?」
教授は首を捻ってから、
「そうね、一五〇〇億クレビットくらいかしら」
モウやんは価格を聞いてびっくりした。桁違いの価格だったからだ。それには理由がある。崩星ドラゴンの体内にある空間破砕咆哮を放つ器官の存在である。
この器官を取り出して加工すれば、空間破砕砲を製造できるのだ。衛星さえ粉々に破壊する武器である。
「空間破砕砲……ええやないか。ユピテル号の艦首砲にしようぜ」
ソウヤが言い放った。それを聞いた教授が首を振る。
「無理よ。空間破砕砲を装備するには、船体を二五〇メートルクラスにしなきゃ」
ユピテル号は駆逐艦の船体を使っているが、巡洋艦クラスにしないと空間破砕砲は装備できないようだ。
「空間破砕砲の他にも、崩星ドラゴンの触手や牙は利用価値が高いのよ」
「どうやって運ぶ?」
モウやんが質問した。ユピテル号が通常航行状態の時、異層ストレージの中には、万能型製造システム・リビングベース・モノポール亜光速ガトリング砲・その他資材や予備部品が入っている。
ほとんど満杯状態なので、崩星ドラゴンの死骸を入れる余地がないのだ。
その時、ソウヤの頭の中にいるトートが口を挟んだ。戦闘中は出番がなかったので、今まで『天震理学』と『高次元空間学』の情報ブロックを解析していたようだ。そして、異層ストレージの改良が可能になったという。
『高次元空間学』は、スクリル星人のクリスタルメモリーに入っていた情報ブロックで、異層ストレージを製造するために使われている基礎技術だそうだ。
トートがちょっとした改良で収納容量を二倍に増やせると知らせた。天神族の科学なら一〇〇倍にだって増やせるのだが、スクリル星人の科学力では二倍が精一杯らしい。
ソウヤたちは改良することに決め、一旦中身を全部出し改良してから出した物を戻した。トートが言った通り、容量は倍に増えているようだ。
崩星ドラゴンの死骸も異層ストレージに入れた。ちなみに崩星ドラゴンは普通の生物のようにすぐに腐るということはないらしい。
ソウヤたちはユピテル号の修理を行うため、金属小惑星プシケに向かった。




