scene:51 土星の宇宙クラゲ
飛来した宇宙クラゲがすべて仕留められた後、スペースホークがアメリカに帰還し、ユピテル号が日本上空に戻った。
アメリカ大陸の諸国では、スペースホークの活躍を褒め称える人々が街に繰り出し、お祭り騒ぎとなった。その中でサンフランシスコだけは、ユピテル号の援護射撃に感謝したようだ。
他の大陸では、ユピテル号の活躍に感謝し教授の銅像を作ると言い出すところもあるらしい。教授が知ったら、「やめて!」と叫ぶだろう。
二、三日はお祭り騒ぎが続き、ユピテル号とスペースホークの活躍が何度も繰り返しテレビで放映された。
もう少ししたら、教授は神格化され聖人や女神と讃えられ信者ができそうだ。
その騒ぎが収まった頃、アメリカを中心とするリュリアス陣営がユピテル号に話し合いを申し込んだ。
「どんな用件かな?」
モウやんは首を傾げてしまう。
「きっと自分たちの陣営にも助力して欲しいと要請されるような気がするわ。それにリュリアス号が地球を助けに来なかった理由も知りたいんじゃないの?」
教授がやれやれという感じで予測を口にした。
「教授、宇宙クラゲが一三〇万を越えたから、遷時空スペースにいる星害龍を呼び寄せるかもしれないという情報は伝えるんですか?」
アリアーヌは、その情報を伝えればパニックを起こすのではないかと心配しているようだ。
「伝える必要があると思うわ。ユピテル号もずっと地球にいられるわけじゃないんだから」
ソウヤも真剣な顔で考えていた。
「宇宙クラゲを絶滅させる方法はないんやろか?」
「動き回っている宇宙クラゲなら、発見して退治するのは難しくない。でも、卵の状態で存在する宇宙クラゲを発見するのは難しいのよ。絶滅させるには時間がかかると思うわ」
翌日、教授と芹那、それにチェルバとミョルがプラネットシャトルで地球に降りた。日本の航空宇宙センターで地球人たちと会議を行うためである。
チェルバとミョルが付いて来たのは、単に一度地球を見物したいと言い出したからだ。教授も宙域同盟が様々な知的生命体から構成されていることを理解する一助になるだろうと賛成した。
ファレル星人を最初に目にした地球人の反応は、教授のペットだと思ったようだ。最近では犬に服を着せたりする飼い主がいるので、そんな感じだと思ったらしい。
教授たちが護衛されて航空宇宙センターへ到着し、アメリカ大統領を始めとする各国の首脳と対面した時、ペットと同伴とは何事かと不快に思ったようだ。
会議を始める前に、教授は翻訳イヤホンを配った。これはユピテル号の制御脳ディアーナに地球で使われている言語を解析させ、宙域同盟の公用語を含めた形で自動翻訳するように開発させたものだ。
同じような機能を持つものは地球でも開発されているが、宙域同盟の公用語も翻訳できるものはこれだけである。教授が使い方を説明し、会議が始まった。
「まず紹介しましょう。こちらはファレル星人のチェルバ氏とミョル氏です」
「ご紹介にあずかりしましたチェルバである。よろしく頼むずら」
その言葉が翻訳イヤホンにより翻訳されると、首脳たちが目を見開いて驚いた。ウサギ人間であるメルギス種族を見ているはずなのに、ファレル星人が小柄なのでペットだと勘違いしたらしい。
教授は会議場を見回した。会議に出席する国は、リュリアス陣営からアメリカ・フランス・中国・ロシア・韓国、ユピテル陣営から日本・インド・インドネシアである。
ファレル星人の存在でざわついた会議場が落ち着いた後、ポーカー大統領が話を切り出した。
「ユピテル号の皆様には、感謝の言葉を贈りたい」
宇宙クラゲの襲撃を撃退してくれたことに対して礼を述べたポーカー大統領は、金属小惑星プシケに居座っているリュリアス号の動向を確認した。
「私たちがプシケを出発する時、リュリアス号にも声をかけました。ですが、探検船の船長は地球に向かうことを拒否しました」
「理由を教えてください」
「はっきりした理由は、聞いていません。ただ船長から警告は受けました」
教授の意外な言葉に、会議場が騒然となった。日本の森本外相が代表して尋ねた。
「警告というのは、どのようなものなのです?」
「太陽系に存在する宇宙クラゲの数が、一三〇万を越えたので退去した方がいいというものです」
地球人たちは意味が分からなかったようだ。教授が宇宙クラゲが発する次元振音が遷時空スペースまで届くようになることを説明する。
「つまり、新たな星害龍が太陽系を訪れるかもしれないというのですね」
インドの外相が青い顔をして確認した。
「そうです。ただ星害龍が一年以内に太陽系に現れるという確率は一パーセントほどだと考えています」
その答えに安堵した雰囲気が広がる。
その中で、アメリカのポーカー大統領が厳しい顔をして教授に目を向けた。
「待ってくれ。一年と言ったが、一〇年、三〇年で考えた場合、確率は確実に上がるのではないのか?」
「その通り、私たちは大いに憂慮しています」
韓国のナム大統領が不機嫌な顔をして抗議した。
「太陽系に現れる星害龍の種類によっては、地球が滅ぶかもしれんのですぞ。憂慮などという言葉で表すには不十分だ」
「私たちがいる間なら、ある程度の星害龍は駆除できます。地球人の方々に必要なのは、宇宙クラゲの数を減らすことが可能となる防衛体制を、一刻も早く築き上げることです」
教授の言葉に首脳たちが頷いた。そして、ナム大統領が質問の手を上げた。
「しかし、まず一三〇万を越えた宇宙クラゲを駆除して数を減らさなければならない。その点については、どう考えておられるのか?」
「それは、地球人が考えることではないのですか?」
地球人の間に、ユピテル号に対する甘えがあると感じた教授は、少し突き放した言い方をする。そう言われた地球人の代表たちは、ガヤガヤと話し合いを始めた。
だが、一向に結論が出ない。
「いいアイデアが出ないようですね」
教授が声をかけると、一斉に視線が集まった。
「何か、いいアイデアがあるのですか?」
森本外相が尋ねた。教授は頷いてペン型の3Dプロジェクターを取り出して、ソウヤたちと計画していた宇宙ステーションの立体映像を映し出した。
「この宇宙ステーションは、小型攻撃機の出撃基地として使用する目的で建造する予定でした。但し、私たちが提供するのは、マレポートと同じで殻だけです。中身の小型攻撃機や水・空気循環再生システムなどは地球の方々に用意してもらうつもりでした」
リュリアス陣営の代表たちは、顔色を変えた。そんなものをユピテル陣営が所有すれば、宇宙開拓時代の切り札を手にしたことになる。
「その宇宙ステーションと小型攻撃機が揃えば、どれほどの防衛能力になるのかね?」
ポーカー大統領が質問した。
「数百匹ほどで襲ってきても撃退できると推測しています」
「宇宙クラゲから地球を守るには、十分な戦力だ。しかし、一三〇万にまで増えた宇宙クラゲを減らすには、大繁殖している土星まで行かねばならんのだろう。そんな宇宙船を開発するには数年単位の時間がかかる」
ユピテル号の調査で、宇宙クラゲが大繁殖しているのは土星の環だと判明している。宇宙クラゲに大打撃を与えるためには、土星まで飛ぶ必要があった。
また宇宙クラゲを絶滅させるには、産卵した卵を発見できないという問題があるので、根気よく時間をかけて駆除を続けるしかない、と教授が説明する。
「本来なら、地球人が宇宙クラゲを駆除するべきなんずら。けど、地球人の科学力では無理だと分かっているずら」
今まで沈黙を守っていたチェルバがズバリと言った。教授は苦笑しながら聞いていた。
ポーカー大統領が顔を赤らめ、助けてもらえないかと頼んだ。
「仕方ない。このチェルバ様が地球人に代わって宇宙クラゲの数を減らしてやるずら」
「チェルバ、勝手なことを……」
教授が叱責の声を上げた。最終的にはユピテル号で宇宙クラゲの数を減らすつもりでいたのだが、この機会に地球人に考えさせようと思っていたのだ。
チェルバたちが大いに感謝され、会議が終了した。
一方、芹那は教授たちと別れ、袴田理事に帰還の報告をしていた。
「ご苦労さまでした。ユピテル号から送られてきた映像は解析チームが調べている。新たな発見が多数見付かり中々興味深いと言っていたよ」
「それは良かった。私も貴重な体験をして楽しかったです」
「慣れない旅で苦労したのではないか?」
「いえ、ユピテル号の皆さんが家族のように親切にしてくださったので、快適な旅でした。ただ地球や日本の情報がほとんど入って来ないので寂しい気分になりましたね」
芹那が撮影した映像は膨大な量になる。特にアステロイドベルトもしくは小惑星帯と呼ばれる宙域を撮影したものは、世界中の天文学者たちから熱烈に歓迎されたようだ。
芹那はユピテル号の外に出てプシケに降りていた。その動画はソウヤに撮影させ地球に送っている。このことにより地球以外の天体に降りた二番目の人類として、芹那の名前が歴史に刻まれることになった。
「プシケで採掘した鉱石をいくつか持って帰ってきました。それも提出しますので調査してください」
「もちろんだ。君には感謝するよ」
芹那は家に帰ろうと思って外に出ようとした。顔見知りの警備員が、それを止める。
「正面玄関から出るのはやめた方がいいですよ。大勢のマスコミが集まっていますから」
「それは会議の結果を聞き出そうとして集まっているんじゃないの?」
「そうですけど、芹那さんはもはや有名人なんですよ。このまま出たら絶対に記者たちに捕まりますよ」
芹那は家にいるはずの妹に電話した。すると、家の前にも芹那から話を聞こうとする記者たちが集まっているという。
「こんなはずじゃなかったんだけど」
芹那は愚痴りながら引き返し、袴田理事に相談した。
「一度記者会見を開いて、マスコミを満足させなければ収まらないだろう。急いで用意するので、君は仮眠室で休んでくれ」
芹那は溜息を吐いて仮眠室に向かった。
会議を終えた教授とチェルバたちはユピテル号に戻った。会議の結果を伝え、近日中に土星へ向かうことになったので準備するように、と教授が指示する。
「プシケから戻ったばかりなのに、今度は土星か」
イチが口を尖らせて、文句を言う。
「しょうがないやろ。地球の危機なんやから」
ソウヤはそう言ったが、地球に帰ったら観光旅行をしたいと思っていたので、少しがっかりしていた。
「ああ、帰ったらラーメンを食べようと思っていたのに」
モウやんが愚痴り始める。
「ラーメンくらい食べる時間はあるでしょ。新鮮な食料品などを購入するつもりだから、二日くらいは地球にいるんじゃない」
アリアーヌの言葉で、モウやんは笑顔になった。
教授はディアーナに宇宙クラゲの分布をもう一度調査するように命じた。その結果、太陽系に存在する宇宙クラゲの七割が土星の環に住み着いていると分かった。
「教授、日本から要望がありました。マレポートを拡張する許可が欲しいそうです」
アリアーヌが報告した。日本では開発中の宇宙往還機をどこで運用するか議論されていたようなのだが、メガフロートを使って洋上滑走路を建造することにしたらしい。
「へえ、わざわざ海上に滑走路を造らなくてもいいのに」
モウやんが首を傾げた。ソウヤがつまらなそうに言う。
「きっと滑走路を造る場所が決められなかったんや。成田空港の時も凄い反対運動があったって聞いたでぇ」
「でも、大丈夫なの。海の上だと台風とかの影響は?」
「海底にアンカーとか打ち込んで固定すれば大丈夫なんじゃないの」
アリアーヌが適当に言っている。
日本を含むユピテル陣営が計画した洋上滑走路は、全長五〇〇〇メートル・幅八〇メートルの巨大なものだった。最初はインドなどの国土が広い場所に建設する案も出たらしいが、宇宙往還機のメンテナンスなどを考慮すると日本の近くに建設する方が運用コストが安くなると計算したようだ。
教授は日本政府に拡張許可を出し、食料品の購入を申し出た。大量の食料をマレポートに運び、プラネットシャトルでユピテル号に積み込む。
準備が整ったユピテル号が地球を出発した。巡航速度で土星まで飛ぶと一ヶ月ほどかかる。そんな時間を無駄にしたくなかった教授は、速度を上げるように命じた。
リュリアス号にユピテル号の性能を知られることは避けたかったが、一日でも早く宇宙クラゲの数を減らすことは重要だと考えた。
ユピテル号の巡航速度はパーチ2、教授はパーチ4まで速度を上げさせた。
地球でユピテル号を観測していた研究者は、その速度に驚き上司に報告する。地球人にすれば、パーチ1でさえ驚異の速度なのだ。
地球を離れていくユピテル号を見送る地球人の中には、宇宙クラゲとの戦いを思い出し不安を覚える者もいた。




