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天の川銀河の屠龍戦艦  作者: 月汰元
第2章 太陽系航路編
48/55

scene:48 核融合炉開発

 ソウヤたちが金属小惑星プシケで採掘をしている頃、日本近郊の海に停泊しているマレポートで、宇宙往還機の開発が大きな進展を見せていた。

 ヒムラルエンジンとスペース機関砲が完成し機体設計が終わった。機体はアメリカのスペースシャトルを参考に設計されたので、短期間に設計が完了したのだ。

 それにヒムラルエンジンが高性能であり、機体重量の制限をあまり考慮することなく設計が可能だったことも設計が早めに完了した要因の一つである。


 日本とインドの経済界が全力を投入して、宇宙往還機の建造に乗り出した。天神族の存在を信じられない者たちの中には、その情報を探り出そうとする者がいた。

 だが、開発はマレポートの中で行われており、関係者以外は誰も手を出すことができない。

 マレポートの周りは、自衛隊の護衛艦が警備している。中に入る唯一の方法である連絡船は、国際空港より厳重なチェックがあり、マレポートからあらゆる記憶媒体の持ち出しを禁じていた。


 それに加え、マレポート内部のネットワークは外界と切り離されており、ネットワークを通じて情報を盗むということはできない。

 アメリカでさえマレポート内部には手出しができなかった。しかも、マレポートで働く科学者や技術者は家族と一緒に移り住んだので、家族の安全も保証されている。


 それだけ厳重に警護されているのが分かっていても、各国の偵察船がマレポートの周囲を回っている。マレポートの甲板では、偶にヒムラルエンジンの噴射テストを行っており、その様子を偵察するためらしい。

 ただ近づきすぎると、護衛艦が警告するので遠目からの偵察である。

「エンジンのテストなんて調べて、どうするつもりなんだ?」

 護衛艦に乗艦する自衛官が、偵察船の動きを見て同僚の自衛官に尋ねた。


「さあね。偵察船を出している国が持っているエンジンの情報は、ヒムラルエンジンじゃないのに」

 同じヒムラルエンジンの技術情報を持っているのなら、参考にしてヒムラルエンジンを製造することができるだろう。しかし、偵察船を出している国々はヒムラルエンジンの技術情報を持っていない。

「リュリアス陣営の奴らは、先進国を除いてエンジンの開発が上手くいっていないようだからな。他国の様子が気になるんだろ」


 自衛官はそう言ったが、先進国と張り合えるほどの技術力を持つ中国もエンジン開発には苦労しているらしい。主な原因は必要な素材である。日本やアメリカ、ドイツでしか手に入らない合金や有機材料が必要だったからだ。

 中国政府は必要な素材を作れる会社を世界中から探し出し、素材を手に入れた。そのような状況で開発が円滑に進むわけがない。


 一方、日本を含む一三ヶ国は、順調すぎる開発状況に驚いていた。原因は分かっている。ユピテル号が貸しているシミュレート機能だ。

 アイデアが浮かべば、即座にシミュレートして確かめられる環境は、研究者にとって夢のような環境だった。

 それが分かった時点で、一三ヶ国の中の文部科学省に相当する部局のトップが日本に集まった。


 文部科学省の崎坂大臣が最初に挨拶して会議を主導した。

「皆さん、ご存知の通り宇宙往還機の開発が順調に進んでいます。その開発に大きな影響を与えているのが、シミュレート機能です。これは我々が考えているシミュレート機能とは、大きく掛け離れており、『仮想実験システム』と呼んでおります」


 インドのイシャン大臣が声を上げた。

「名前はどうでもいいが、その仮想実験システムはいつまで使えるものなのです?」

 同時通訳の言葉を聞いて、崎坂大臣が頷いた。

「当然、宇宙往還機が完成し地球人が自力で宇宙クラゲを撃退できる目処が立つまででしょう」

「もう少し長く使わせてもらえないものか?」

「それは難しいでしょう。しかし、その期間に大きな成果を上げることは可能です」


 各国の大臣たちが首を傾げた。インドネシアのフィトリ大臣が代表する形で尋ねる。

「どういう意味です?」

「仮想実験システムは、宇宙往還機を開発するために使うように指示されています。言い換えれば、宇宙往還機に関係するものなら、どんなものを開発するのにも使えるということです」


 台湾のチェン大臣がニヤッと笑った。

「崎坂大臣、考えましたな。宇宙往還機に組み込むと決めれば、何でも仮想実験システムを使って開発できるということですな」

「何でもというのは無理ですが、ある程度のものは可能だろうと考えています」


 各国がアイデアを出すことになった。宇宙往還機開発の一環で研究しても問題ないもの。崎坂大臣は例として、太陽電池や水・空気循環再生システムを提案した。

 数日後、各国からのアイデアが届いた。そして、その分野を研究する者たちがマレポートへ集められ、大急ぎで開発が始められた。


 その研究の中には核融合炉の研究もあり、核融合炉の開発に携わる科学者が集められた。そして、インドの優秀な数学者も集まり、議論を戦わせる。

 その結果、核物理学の未解決問題である斥力芯の導出を解決した。それが切っ掛けで新しい核融合システムが考え出され、仮想実験システムでシミュレートされる。


 新しい核融合炉の構想が提案された。それも小型核融合炉である。新しい核融合システムの研究は恐ろしい勢いで進み始めた。

 何か歴史的なことが起きていると感じた各国政府は、マレポートに核物理学を専門にする科学者を大勢送り込み始めた。

 そのことで研究はさらに加速的に進む。その勢いは神がかっていた。驚くほどの短期間で実証炉を建造する段階まで研究が進んだ。


 これほど急激に核融合炉の開発が進んだのには理由がある。ソウヤたちが残したシミュレート機能を組み込んだ装置には、ソウヤたちが使っている超高性能核融合炉の原型とも言うべき核融合炉へ導くヒントを潜ませていたのだ。

 それは教授とソウヤたちが話し合い、危険を犯して実行したことだ。ソウヤたちは太陽系から宇宙クラゲを一掃するには、第三階梯の科学技術が必要だと結論した。

 そのためには、地球人が自力で他の恒星系まで到達する必要がある。それが第三階梯種族に認定される条件だからだ。そして、それには核融合炉が絶対に必要だった。


 天神族が地球を監視しているのは分かっている。教授はどこから監視しているか気付いたようだが、ソウヤたちには話さなかった。

 それはともかく、ソウヤたちが意図した通りに核融合炉開発は驚くべきスピードで進み、新型核融合炉の実証炉製造が一三ヶ国により決定する。


 日本で新型核融合炉の実証炉製造が始まったことは、リュリアス陣営の国々も勘付いた。

 その時点で、日本を中心とするユピテル陣営に出遅れていると感じたリュリアス陣営の主要国は、陣営に関係なく世界の主要二〇ヶ国の代表を集め会議を開こうと呼びかけた。

 場所はカナダのオタワである。


 会議が始まるとアメリカの国務長官ジェームズ・マクレーンが発言した。

「日本に伺いたい。ある筋から新型核融合炉の製造を始めたと聞きました。それは本当ですか?」

 この会議には、森本外務大臣が出席していた。森本外相は落ち着いた顔でマクレーン米国務長官を見て答える。

「小型の核融合実証炉を製造する予定になっています」


 会議室がざわざわと騒がしくなる。韓国のナム大統領が森本外相を睨むように見ている。日本と韓国との間には歴史や領土などの様々な問題があり、この時期の日韓関係は悪化していた。

「森本外相、その核融合炉はどのようなものなのですか?」

 ナム大統領の問いに、森本外相は手帳を開いて答えた。


「文部科学省からの報告では、新方式の核融合炉で、出力約五〇万キロワットの小型核融合炉となっています」

「それでは不十分です。どのような方式の核融合炉なのです?」

 ナム大統領が詳細を知りたがった。だが、それはユピテル号との条約に違反する。

「詳しい情報は、ユピテル号との条約で明かせません」


「馬鹿な。核融合炉の技術情報をユピテル号から受け取っていたのか?」

 ナム大統領はユピテル号が核融合炉の情報を渡したと考えたようだ。森本外相は否定した。外相が知る限りでは、そんな事実はなかったからだ。

「新しい核融合炉は、一三ヶ国の頭脳を結集し協力したこと。それにユピテル号が提供してくれた仮想実験システムがあって、初めて開発できたものです」


「仮想実験システム? 何ですか、それは?」

 森本外相が仮想実験システムについて説明した。それにはアメリカも興味を示す。

「なるほど、シミュレート機能ですか。しかし、それだけで核融合炉を開発できたとは思えないのですが?」

「例えばですが、仮想実験システムでエンジンテストを行うとします。そのシミュレーションテストが失敗した場合、仮想実験システムが原因を特定してくれます」


 マクレーン米国務長官が目を見開いた。

「な、何ですと……シミュレーションテストをするだけで、エンジンの不具合部分が判明するということですか?」

「そうです。核融合炉を開発したチームは、もの凄い勢いで仮想実験システムがダメ出しをするので、その対応が大変だったと言っていました」

 エンジンや核融合炉などの開発で時間がかかるのは、不具合の洗い出しと原因を発見することだ。それを仮想実験システムがやってくれるなら、開発は短期間で終わる。


「そ、そんなものを……なぜ黙っていたんだ?」

 ナム大統領が興奮した声で質問した。

「仮想実験システムが使えるのは、ユピテル陣営の国だけです。それも宇宙クラゲを撃退するという目的のためだけ」

「我々に話しても仕方ないということですか?」

「まあ、そういうことです」


「だが、そのことを予め我々が知っていたら、リュリアス号に要求することもできた」

 マクレーン米国務長官が指摘した。

「衛星軌道上には、リュリアス号の惑星間航宙船が残っています。彼らに要求すればいいのでは?」

「要求はする。しかし、その装置は簡単に作れるものなのかね?」

「ユピテル号は簡単に作りましたよ」


「そこがおかしいのだ。ユピテル号は戦闘艦だ。なぜ、そんなものを作れるノウハウや製造装置を持っている?」

「ユピテル号のクルーは、ボニアント星系で造船会社も経営しているそうです。製造技術は第二階梯種族にも負けないと言っていました」

「な、何だと!」

 ナム大統領が大声を上げた。


 実際は第一階梯種族である天神族が製造した万能型製造システムを所有しているので、第二階梯種族にも負けない開発力があるのだが、それはソウヤたちだけの秘密だ。

 ロシアのマルコヴィチ外相がムスッとした顔で発言する。

「それは重要な情報ではないのかね。造船関係に限るなら、ユピテル号の方が技術が上だという可能性もあったことになる。どちらの陣営かを選ぶ際に判断材料となったはずだ」


「造船会社の情報は、条約を結んだ後に知った情報ですので、選ぶ際の判断材料にはならなかったと思います」

 森本外相が反論した。その反論を聞いたマクレーン米国務長官が、

「そのことはいいだろう。問題は新型核融合炉を我々に提供してくれるのかどうかだ?」

「それは難しい。少なくとも太陽系から宇宙クラゲが一掃され、ユピテル号と結んだ条約の効力が切れるまでは、無理だと思われます」


 マクレーン米国務長官が、口をへの字に曲げる。マルコヴィチ外相がアメリカと中国に告げた。

「リュリアス号との交渉役であるアメリカと中国は、我々にも仮想実験システムを与えるように交渉して欲しい」

 中国のフォン・シュエチェン外相は、難しい顔をして返事をする。

「リュリアス号がプシケに行っている以上、交渉には時間がかかる。それは承知しておいてくれ」


 韓国のナム大統領がアメリカとフランスに呼びかけた。

「ところで、アメリカとEUにおいて、ジェブジエンジンの開発はどうなっていますか?」

 リュリアス陣営が開発しているエンジンは、ジェブジエンジンと呼ばれている。性能的にはヒムラルエンジンより少し劣る程度で、若干シンプルな構造になっているので開発しやすい。

 アメリカは完成が近い、EUはもう少し時間がかかると報告。機体の設計は、スペースシャトルの本家であるアメリカが完了し、EUは手間取っているという。


 その時、外務省の役人が森本外相に近寄り耳打ちした。

「本当か。それで映像は?」

「ここに」

 タブレットを差し出された森本外相は、立ち上がった。


「皆さん、ユピテル号に乗艦している等々力芹那さんから映像が送られて来ました」

 ザワッとした気配が広がった。マクレーン米国務長官は森本外相が手に持つタブレットを注目。

「そこにあるのなら、見せてくれ」

「分かりました。用意をしてくれ」

 外務省の役人にタブレットを返して会議室の壁に掛かっている大型モニターに映すように命じた。


 モニターに星が煌く宇宙の様子が映し出された。画面の中央に金属小惑星プシケがある。それが次第に大きくなりプシケの全体像が見えてきた。

 大きなクレーターの中央にリュリアス号が着陸し、付近を採掘していた。ここに集まった各国代表は、金属小惑星の姿に魅入った。


 この金属小惑星の価値は、世界の経済規模である数千兆ドルの一〇〇〇年分以上に匹敵するという概算もある。

「これがプシケか……なんと巨大な金属の塊なんだ」

 マクレーン米国務長官が本気で驚いていた。そして、二隻の異星人の航宙船に採掘権を与えたことを、早まった判断だったかもしれないと後悔する。



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