scene:41 太陽系の攻防
激しい競争を勝ち抜き宇宙飛行士となった吉永は、船外カメラのモニターに映し出された光景をチェックした。広角カメラでは確認できない。光学探査装置は近くだと判断しているが、それは天文学的観点からなのだ。
『迎撃の準備をします』
その声もテレビに流れていた。
テレビで見ていた芹那は、喉がカラカラに乾いているのに気づいた。ぬるくなったお茶をグイッと飲む。それを真似するように父親と母親がお茶を飲んだ。
「まさか、日本の上空に宇宙クラゲが現れるの?」
妹の美穂が不安そうに声を上げた。
「いえ、まだ日本だと決まったわけじゃない」
芹那の答えを聞いて、美穂はいくぶん安心したようだ。
日本が初めて宇宙に送り出した宇宙飛行士である吉永と堀部は、宇宙に来たんだという感慨に浸る暇もなく、攻撃システムのチェックをしていた。
『予測より、宇宙クラゲのスピードが速いようだ』
有人攻撃衛星に搭載されている武器は、小型高性能ミサイルである。一発のミサイルで宇宙クラゲをバラバラにできる威力があった。
種子島宇宙センターから、宇宙クラゲの予測軌道が送られてきた。日本上空に到達する確率が七割以上となっている。
有人攻撃衛星の窓から宇宙クラゲが見えてきた。まだ点でしかないが、確実に近づいてくる。ミサイルの射程に入るまで、三〇秒ほどだろう。
小寺総理が攻撃許可を出した。
秒読みが始まり、吉永の手が発射ボタン、堀部の手が中止ボタンの上で止まる。宇宙クラゲが大きくなっている。その触手が波打つように動いている様子が、テレビにも放送された。
有人攻撃衛星のミサイルが発射。その光景は全世界に向けて放送される。
宇宙クラゲに命中。音のない静寂な世界で起きた爆発は、その巨体をバラバラに砕いた。
日本だけではなく世界各地で歓声が上がる。
最初の脅威を退けた有人攻撃衛星J1は、世界各地の上空にある同型の有人攻撃衛星とリンクする手続きを開始。リンクすると共同探査システムが動き出した。
そして、重大な情報を人類に突きつけた。
『こ、これは何だ。秒速三〇〇キロのスピードで太陽系外縁から太陽方向へ進んでくるものがある。まさか』
吉永の声が途中で切れ、テレビ放送も中断する。
映像が種子島宇宙センターに切り替わった。
そこには慌ただしく走り回る職員の姿が映し出されていた。
翌日、航空宇宙センターに出勤した芹那は、共同探査システムが何を発見したか情報を集めた。
しかし、まったく情報が得られない。同僚の青木などに訊いても、知らないという。芹那は知っていそうな人物に確認しようと袴田理事の部屋に向かった。
袴田理事の部屋の前に数人の研究員が集まり、理事を取り囲んでいた。
「芹那君、君も来たのか……仕方ない。全員を集めてくれ」
袴田理事の掛け声で研究員のほとんどが大会議室に集まった。芹那も会議室の後方に座る。
「昨日、共同探査システムが発見したのは、秒速三〇〇キロのスピードで近付く人工物だ」
研究員の間に、どよめきが走った。
「まさか、宇宙人ですか?」
「その可能性が高い」
袴田理事が肯定した。
芹那は少し青褪めた顔で、手を上げた。
袴田理事が芹那を指名する。
「その人工物と宇宙クラゲは関係しているのでしょうか?」
「宇宙クラゲが出現したタイミングで現れたのだ。無関係とは思えない」
「つまり、地球に敵対的な意思を持つ宇宙人が近づいてくるということですね」
袴田理事が厳しい顔になる。
「政府関係者の中には、そう考えている者もいる」
「政府は、対策を考えているのですか?」
理事が残念そうに首を振った。地球人より進んだ文明を持つ知的生命体が、外宇宙から来たのだ。その対策など考えられないというのが現状だった。
「本日になって分かったのだが、人工物は一つではない」
ざわざわっと騒ぎが広がった。
「どういうことですか?」
「共同探査システムから送られた情報を解析した結果、二つの物体が同じ速度で近づいているらしい」
「宇宙船が二隻ということ。宇宙クラゲだけでも手に余るのに」
芹那がポツリと呟いた。
世界各国は二隻の宇宙船が近づいていることを公表した。下手に隠しても近づいてくる宇宙船が、高性能な望遠鏡で見えるようになれば、分かることだからだ。
世界各国は混乱した。中には暴動が起きた国もある。その中で日本は比較的平穏だった。平穏というのは、暴動が起きなかったというだけで、テレビや新聞、ネットでは大騒ぎしていた。
中には地球の終末を予言するような者も現れた。人々が混乱する中、航空宇宙センターでは火星にある惑星探査機『ナツヒ』を使って逸早く宇宙船の映像を撮影しようというプロジェクトが立ち上がる。
未知の宇宙船は火星を横切るような軌道で地球に向かっているようなのだ。最初の映像がナツヒから送られてきた。
そこには全長三〇〇メートルほどの船とその半分ほどの船が写っていた。大きい方は葉巻型の宇宙船で、小さい方はずんぐりした楕円形の宇宙船である。
火星を通過した宇宙船が、通信波を放った。
英語と中国語、日本語を使った通信が地球に届く。英語と中国語は内容が同じで、地球の代表と星害龍と呼ばれる生命体に関して協議したいというものだった。
一方、日本語のものは地球への訪問を許可して欲しいというもの。
国連において会議が行われ、協議と訪問について許可することになった。
英語と中国語を使っている大きな宇宙船は、アメリカと中国が競い合うように通信を交わしている。日本語で通信してきた小さい方は日本が通信を始めた。
航空宇宙センターでは通常業務が中断され、地球を訪問する宇宙船について話し合われた。
「二つの宇宙船は、同一種族のものじゃないらしい」
袴田理事の発言で、困惑が広がった。
「どういうことです?」
「天の川銀河のオリオン渦状腕を中心に活動する文明社会は、宙域同盟と呼ばれる緩い連合体を形成して組織されているらしい」
「銀河帝国とかじゃなくて良かった」
研究員の一人が冗談を言った。だが、誰も笑わない。
「宇宙船の持ち主は、どういう連中なんです?」
「大きい方の宇宙船は、メルギス種族の探検船リュリアス号。小さい方は屠龍戦闘艦ユピテル号というようだ」
「屠龍戦闘艦とは何です?」
「宇宙クラゲのように、知的生命体に害をなす宇宙怪獣と戦う者の船らしい」
「宇宙怪獣ですか。宇宙クラゲを見ていなければ、本気にしないところですね」
「その二つの宇宙船が、太陽系に現れた目的は何です?」
「リュリアス号は、未知の星系を探検し知識を集めるのが目的らしい。一方、ユピテル号は、ある星系を探していて、太陽系はチェックすべき星系の一つだったと言っている」
芹那が袴田理事に尋ねた。
「リュリアス号とユピテル号は、同じ宙域同盟の一員なんですよね?」
「基本的にはそうだ」
「基本的には? どういうことです?」
「宇宙は広大だということだ。メルギス種族とユピテル号に乗っている種族は、付き合いがないらしい」
「政府はどんな話し合いをしているんですか?」
「宇宙クラゲの駆除に協力して欲しいと頼んでいるようだ」
芹那たちが歓声を上げた。高度な文明を持つ種族に手伝ってもらえれば、確実に宇宙クラゲを駆除できると思ったからだ。
「待て、その協力は簡単ではないらしいんだ」
袴田理事は、天神族により定められた恒星間基本法について説明した。その基本法には、星系外に進出した第三階梯以上の種族と星系内だけで活動している第四階梯以下の種族が接触することを禁じていると説明した。
研究員の一人が、
「では、なぜ二隻の宇宙船は地球に通信してきたんです?」
「基本法の条文にも例外があり、それが星害龍による知的生命体が住む惑星への攻撃なんだ。その星害龍を駆除するために、制限付きで協力することが許されるらしい」
「だったら、協力してくれればいいじゃないですか」
袴田理事が苦々しい顔をしていた。
「我々は考え違いをしていたのだ。宇宙クラゲの数を」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ソウヤたちが苦労の末に、太陽系を探し当てたのは、ボニアント星系を出て数ヶ月が経過した頃のことだった。
遷時空スペースから通常空間へ出たソウヤたちは、そこが太陽系外縁部だと分かった。
「やっと、やっと帰ってきたぞ」
「ほんまに太陽や。ちゃんと土星もある」
「早く家に帰りたいです」
ソウヤたちは特徴的な土星の環を見て、ここが太陽系だと確信した。
「あんたたち、ここは第四階梯種族が住む星系なのよ。恒星間基本法は地球の現地人と接触することを禁じている。それどころか、気づかれてもダメなの」
モウやんが驚いたような顔をする。
「気づかれてもダメって。どうやって地球に行くのさ」
「ユピテル号は電波吸収塗料でコーティングされているから、光学迷彩機能を追加すれば、何とかなるんじゃない」
「そういうことは、早く言って欲しかったな」
「光学迷彩くらいは簡単や」
ソウヤの頭に光学迷彩の設計図が浮かんだ。これはジーニアスシステムと詰め込んだ知識とが相乗効果を発揮して浮かび上がらせたのだ。
その設計図の完成度は、第三階梯種族の一流技師に匹敵するものだ。
ユピテル号の制御脳ディアーナが警告を発した。他の航宙船が後方から接近してくるという警告である。
「接近する航宙船に通信を送って」
教授の指示が飛んだ。モウやんが定型文となっている誰何の文章が未確認航宙船に送られた。
相手から返信が返り、メルギス種族の探検船リュリアス号だと分かった。
「モウやん、ユピテル号の照会情報を送って」
「了解」
航宙船の身分証明情報ともいうべき照会情報を送った。
リュリアス号はユピテル号が屠龍戦闘艦だと知ると接近するのをやめ、地球へと進路を変えた。
「おかしいな。宙域同盟の航宙船なら、恒星間基本法くらいは知っているはずなのに」
アリアーヌがモニター越しにリュリアス号を見ながら言う。それを聞いたソウヤが、
「例外はないんか?」
「そうね。星害龍が知的生命体の住む惑星を攻撃している場合かな」
「なんやとぉー」
ソウヤが驚いた。ソウヤたちは太陽系を隈なく調査する。その結果、宇宙クラゲとも言うべき星害龍が、太陽系中に繁殖しているのが分かった。
「うげっ、地球にも宇宙クラゲが近づいてるぞ」
モウやんが大声を上げた。
「教授、宇宙クラゲって、どんな星害龍なんや?」
教授によると、宇宙クラゲは大した星害龍ではないらしい。宇宙空間にロケットを打ち上げられる技術があれば、撃退も可能だという。
ただ繁殖力が半端ではなく、瞬く間に増える。
「ウザイ星害龍やな。天神族は、何でこんな奴を作ったんや?」
「こいつは星系内を漂うゴミを掃除してくれるのよ。そのゴミは天神族が指定した場所に集めるの。但し天神族の命令がなければ、本能に従ってゴミを捨てるわ」
「本能って?」
イチが疑問に思ったことを尋ねた。
「宇宙クラゲも星害龍よ。敵を攻撃する本能を持ってる」
「それで地球を攻撃してるのか」
「傍迷惑な奴やな」
そこにモウやんが口を挟んだ。
「そんなことより、地球を助けに行こうよ」
「その前に、リュリアス号を警戒しなきゃならないわ」
教授はユピテル号をリュリアス号の横に移動させた。背後から攻撃されることを警戒しての処置だった。
ソウヤたちは太陽系の宇宙クラゲをどうするか、また地球人との交渉をどうするか相談した。




