scene:40 有人攻撃衛星の開発
太陽系で宇宙クラゲが発見されて半年。
各国政府は、その対策として衛星軌道を漂う宇宙クラゲをミサイルで撃墜する兵器の開発に全力を傾けた。
日本が地対天攻撃ミサイルを開発したように、韓国は航空機から発射する空対天特殊ミサイルを開発した。とはいえ、韓国には特殊ミサイルの開発ノウハウはないので、フランスから技術を高額で購入したようだ。
宇宙クラゲの対策として考えられるのは、先進国が開発した対宇宙クラゲ用兵器を購入するか、自国で開発するかである。
韓国はフランスから技術を購入し、空対天特殊ミサイルを製造する方法を選択した。購入する方法では、確実に対宇宙クラゲ用兵器を手に入れられるかどうか分からなかったからだ。
フランスもまず自国用の兵器を製造してから、余力で他国用のものを製造するだろう。
韓国の決断は、正しかったことが証明された。
先進国が製造した対宇宙クラゲ用兵器を、他の各国が奪い合うことになり、兵器の購入価格が暴騰したからだ。
その韓国の上空に、宇宙クラゲが出現した。
韓国大統領は、すぐさま撃墜命令を出した。
「必ず撃墜しろ。ソウル市民の命を守るんだ」
カン大統領の命令で、空軍基地から空対天特殊ミサイルを搭載した主力戦闘機スラムイーグルが飛び立った。フランス空軍と同じように宇宙クラゲを目指して上昇する。
ただフランス空軍と違うのは、開発した空対天特殊ミサイルを一回り小型化して開発したことだ。韓国は独自の調査で、小型化しても宇宙クラゲを仕留められると結論したようだ。
スラムイーグルは宇宙クラゲを射程に捉えると、空対天特殊ミサイルを発射した。ミサイルが宇宙クラゲに向かって飛んでいくのを見たパイロットは喜びの声を上げる。
「いいぞ、いけいけ。我が国の技術は世界一だ」
宇宙クラゲに命中する直前、その触手がミサイルに触った。そのせいで少しだけ軌道がズレる。
中心を狙ったミサイルが、宇宙クラゲの端っこに命中し爆発した。バラバラにならなかった宇宙クラゲは、衛星軌道で回転を始める。
そして、何かを吐き出すと宇宙の彼方へ消えた。
だが、宇宙クラゲが吐き出した物体は地球の引力に囚われ、韓国へと落ちていく。
地上の防衛管制センターでは大騒ぎとなった。
「モンスター爆弾が、大気圏に突入しました」
「着弾地点はどこだ?」
「け、計算によると、キョンギ湾です」
キョンギ湾はソウルの西にある海岸線に囲まれた海である。
防衛管制センターの責任者は、見守っているはずのカン大統領に音声回線を繋ぎ報告した。
「津波が発生する恐れはないのか?」
「海岸沿いの住民は、避難すべきかと考えます」
モニターに映るカン大統領の顔が引き攣った。
大統領は声も出ない状態らしい。
「大統領。避難の通達を出してください」
その日、キョンギ湾にモンスター爆弾が落ちた。地球に対する最初の爆弾攻撃である。
爆弾は津波を発生させ、キョンギ湾を囲む町や村に多大な被害を与えた。
その日、韓国の死者・行方不明者は数千人となった。北朝鮮でも被害が出たようだが、あの国は被害状況を発表しなかった。
宇宙クラゲの攻撃から人々を守る技術を必ず開発すると宣言したカン大統領は、大きくメンツが潰れたことになる。しかも世界どころか自国さえ守れなかったのだ。
国民は怒り、責任を取れとカン大統領に迫った。カン政権の最後である。
日本の航空宇宙センターで働く芹那は、韓国の状況をニュースで知り不安を覚えた。次は日本が狙われるかもしれないからだ。
「日本は大丈夫なんでしょうか?」
同じ画像解析員である青木に尋ねた。
「日本が開発した地対天攻撃ミサイル『スサノオ2型』は、かなり性能がいいらしい。だが、生産量が十分でなく大都市を中心に配備するのが精一杯のようだよ」
「東京や大阪なら安全というわけ?」
青木が否定するように首を振った。
「噂だが、衛星軌道まで近付いた宇宙クラゲを攻撃する方法は、間違いだったのではないか、と言われ始めている」
芹那が微かに頷く。
「韓国での被害を考えると、頷ける話ね。それでどうしようというの?」
「衛星軌道上に攻撃衛星を打上げ、近付く宇宙クラゲを排除する方法を検討しているらしい」
韓国の被害が契機となって、各国は衛星軌道に宇宙クラゲが近付く前に仕留める方法を検討し始めた。その中の一つが攻撃衛星である。
ただ問題は宇宙クラゲが発する電磁パルスである。可能な限りの対策を施すことが決まっているが、それで十分なのかは分からない。
それを考慮して、宇宙ステーションのような有人攻撃衛星の計画が立ち上がった。日本はアメリカやヨーロッパと協力して有人攻撃衛星と次世代宇宙服を開発する決定を下した。
とはいえ、その開発・量産が終わるまでは、既存の武器で対応するしかない。それは一年と数ヶ月が必要だった。
その間に、宇宙クラゲが一七匹も地球の衛星軌道に現れた。一四匹はモンスター爆弾の投下前に、各国の軍が撃墜した。その中には東京上空に現れた宇宙クラゲも存在する。
そして、残りの三匹が都市攻撃を行った。リビアの首都トリポリ、チェコのプラハ、中国の上海がモンスター爆弾により廃墟と化した。
死者・行方不明者が一〇〇〇万人を超える大惨事だ。世界中が震撼した。この頃から、都会に住む者が田舎にUターンする現象が増え始めた。
宇宙クラゲが人口一〇〇万人を超える都市だけを狙っていると噂が流れたからだ。実際には分からないが、今まで狙われた場所は、例外なく大都市だった。
世界中で人口の分散化が始まった。ネット回線を使って作業できる仕事は、在宅勤務を積極的に採用する企業も現れる。
日本では通勤ラッシュが緩和されることになり歓迎された。但し、鉄道会社やバス会社は売上減となったようだ。
ただ火星から地球へ移動した宇宙クラゲの数は、一九匹と分かっている。一七匹が撃退されているので、残りは二匹である。
各国の人々は、後二匹を撃退すれば、元の状況に戻ると思っていた。
その頃、航空宇宙センターで新しい発見がなされた。
それは宇宙クラゲの新たな動きである。探索衛星が送ってきた様々な画像を解析していた芹那は、久しぶりに惑星探査機『ナツヒ』から送られた画像をチェックした。
「こ、これは?」
芹那の狼狽えた声に気付いた青木が視線を向けた。
「また、何か見付けたか?」
「火星の軌道上にいた宇宙クラゲが移動しています」
青木が駆け寄るようにして、芹那の背後に立った。そして、モニターを覗き込む。
「こいつら、地球を目指しているのか?」
その知らせが総理に報告され、緊急対策会議が開かれた。その会議には閣僚と宇宙航空研究開発機構の袴田理事、それに宇宙生物学の米沢が参加した。
小寺総理が袴田理事に問いかけた。
「報告では、火星に留まっていた宇宙クラゲが地球へ向かっているそうですね。どういうことです?」
袴田理事は航空宇宙センターで検討した内容を思い返しながら、
「宇宙クラゲは、仲間同士で連絡を取り合っているのではないかとの意見が出ました」
「化け物同士で連絡だと……まさか、地球で仲間がやられたので集まっているのか?」
袴田理事が頷いた。
「その可能性もあると、考えております」
総理を含めた閣僚が沈黙した。
文部科学省の崎坂大臣が、
「火星から地球へ新たに移動を開始した宇宙クラゲの数は、どれほどなのです?」
「五〇匹ほどです」
崎坂大臣が腑に落ちないという顔をする。
「以前の報告で、火星に残った宇宙クラゲの数は二〇匹ほどだったと記憶しているが、間違いだったのかね?」
米沢が袴田理事に代わって答え始める。
「我々は、宇宙クラゲが繁殖したものだと推測しています」
小寺総理が顔を曇らせた。
「こんな短期間に、倍以上に増えたのか。それが本当なら、由々しき事態だ」
防衛大臣の岩木が、難しい顔をしていた。
「この集団が、地球に到着するのはいつ頃なのかね?」
「このスピードなら、一年半後になると思われます」
「有人攻撃衛星がぎりぎり間に合う」
袴田理事がそれに疑問を呈した。
「ですが、地球全体を防衛するには、三三機の有人攻撃衛星が必要となります。すべての生産が間に合うかは、分かりません」
岩木大臣が総理に視線を向けた。
「このことを世界各国に通達すべきです。有人攻撃衛星の開発を早めるためにも」
小寺総理が重々しく頷き、国連経由で各国に重大な発見があると通達を出した。その詳細は三日後の特別臨時総会で報告することになる。
「袴田さん、資料の作成を頼む。なるべく疑問を挟む隙がないような完璧なものが必要だ」
「了解しました。全職員が徹夜してでも作成します」
岩木大臣が鋭い視線を袴田理事に向ける。
「だが、機密保持には注意してくれ。詳細の発表前に世界を混乱させたくない」
カン大統領が秘密を暴露した時、日本は世界の人々から非難を浴びた。そのおかげで日本に対するマイナスイメージが蓄積され、それを一掃するのに大変な努力と費用がかかったらしい。
三日後、国連の特別臨時総会の席で、日本は火星に滞在していた宇宙クラゲが、地球へ移動中であることを発表した。
会場は騒然となった。
「馬鹿な……確かなことなのか?」
中国の代表が青い顔をしている。宇宙クラゲにより上海を失った中国は、宇宙からの攻撃に敏感になっていた。
袴田理事は各国の代表を見回し、
「お手元の資料を御覧ください。三日前に惑星探査機『ナツヒ』から送られたものです」
各国代表が資料にある画像を見て顔を曇らせた。数匹の宇宙クラゲが漂っている画像だった。その背景には星が輝いている。
「この画像は火星から太陽方向を撮影したものです。この宇宙クラゲは地球を目指して移動しています」
ざわざわと騒ぎが広がる。
中国の代表が袴田理事を睨む。
「三、四匹の宇宙クラゲが、地球に移動してくるから我々を集めたのかね。それくらいなら各国に通達するだけで良かったのでは?」
袴田理事が深刻な顔をして、
「そう、数匹なら良かったのですが、移動している宇宙クラゲは五〇匹ほどなのです」
衝撃が会場に走った。各国の代表が我先に自国語で叫び始めた。一七匹の宇宙クラゲの攻撃でも一〇〇〇万人を超える人間が死んだのだ。
それが五〇匹の宇宙クラゲがやって来ると告げられたのだ。平常心ではいられなかったのだろう。
その特別臨時総会で、世界各国が協力し有人攻撃衛星を開発することが決まった。
日本は有人攻撃衛星の開発と同時に、有人宇宙船の開発を進めていた。宇宙クラゲが発見された時から、将来必要になるだろうと判断されたのだ。
それまでも細々と研究は続けられていたのだが、政府は数千億円の予算を投入しがむしゃらに開発を急がせた。基礎的な技術はすでにあり、採算を度外視した開発は実証機を完成させるところまで進んでいた。
日本は実証機で子豚を宇宙に打ち上げることに成功していた。有人ロケットの開発まで、もう少しというところまで来ていた。
有人攻撃衛星を実用化するには、打ち上げる有人ロケットが必要だった。今までならロシアやアメリカに協力を求めただろう。
だが、この非常事態においては自国の防衛を優先させるのは当然だろう。日本も独力で有人攻撃衛星を打ち上げる技術が必要だと判断した。
一年と数ヶ月が経過。世界は有人攻撃衛星を開発し、日本は有人ロケットの開発に成功していた。
そして、五〇匹の宇宙クラゲが地球に到達しようとしていた。
アメリカとロシアは有人攻撃衛星の打上げに成功し、自国の上空を安全なものにしようと後続の有人攻撃衛星の打上げ準備をしている。
一方、日本は初めての有人ロケットの打上げに臨もうとしていた。
乗り組むのは航空自衛隊から選別され訓練を受けた二人。吉永和樹と堀部崇である。二人を乗せたロケットの打上げはテレビで放送していた。
ソウヤの実家では芹那と家族もテレビに魅入っていた。
「一〇・九・八……三・二・一・〇・点火」
H3ロケットが宇宙を目指し飛翔。一段目の切り離しが成功し、順調に上昇していく。最後に有人攻撃衛星J1が衛星軌道に放出された。
『軌道チェック……オーケー』
衛星内にいる吉永の声が聞こえてきた。様々なチェックが終わり、最後に光学探査装置のスイッチが入れられた。
『オールグリーン、光学探査装置が起動しました』
この光学探査装置は、撮影された画像から宇宙クラゲを検出し情報をモニターに表示する機能を備えていた。
次々に各種装置が起動するたびに、テレビの前に座っている人々は希望を膨らませた。これで宇宙クラゲの脅威から守られるのだと。
次の瞬間、警報ランプが点滅しモニターに情報が表示された。
『宇宙クラゲだ。予想以上に近くにいる』




