scene:33 ブラックホールエンジン
宇宙クラゲの一匹目が、ヨーロッパ上空に到達した。
その瞬間、宇宙クラゲの内部で何かが爆ぜる。すると、強い電磁パルスがヨーロッパの国々に降り注いだ。
星害龍の多くは、探知システムを妨害する手段を持っている。宇宙クラゲは、その中の一つである電磁パルスを発生させる機能を所有していた。
電磁パルスはケーブルやアンテナ類に高エネルギーのサージ電流を発生させ、それらに接続された電子回路に損傷を与える。
その日、ヨーロッパの広い地域で電子機器が破壊された。携帯やスマホはもちろん、信号や電力網などが破壊され、大規模な停電も起きた。
そして、電子機器を満載した自動車は動かなくなり、旅客機も墜落した。
人々は宇宙クラゲの脅威を過小評価していたことに気付いた。
被害を受けなかったフランス空軍基地から、戦闘機が飛び立った。搭載しているのは、衛星攻撃ミサイルを改良した空対天特殊ミサイルである。
パイロットは焦っていた。近付く前に電磁パルスを放射されれば、墜落するのは戦闘機だからだ。
「高度八〇〇〇、上昇中」
「目標は見えるか?」
「目標確認、高度九〇〇〇」
ミサイルは高度一万二〇〇〇で発射することになっている。
「高度一万一〇〇〇」
「高度一万二〇〇〇、発射」
ミサイルが宇宙へと飛翔する。高高度を飛ぶ空対天特殊ミサイルは、宇宙クラゲに命中し爆発。宇宙クラゲは粉々に砕け散り、その破片が地球へと舞い降りる。
最初の一匹が倒された時、ヨーロッパ以外の人々は喝采した。
ヨーロッパは電磁パルスによる被害が大きく、喜ぶような余裕はなかった。たった一匹の宇宙クラゲが与えた被害は、それほど甚大だった。
これが宙域同盟の惑星なら、何の被害もなかったはずだ。星害龍の知識がある惑星では、電磁パルス対策などを十分に行っているからだ。
フランスは宇宙クラゲの破片を採取し研究を始めた。
研究で判明したのは、地球の生物とはまったく違う細胞構造をしているということだ。
それも誰かが設計したように、機能的に出来ている。しかし、生物としての進化の可能性は低かった。
研究者の一人は呟いた。
「これは、突然変異を恐れた設計者が、進化の出口を塞いだようだ……まさか、こいつは生物兵器なのか」
その研究者はブルッと身震いをした。これほどの存在を作り上げる科学力に恐怖の念を持ったのだ。
ヨーロッパの広域でインフラの損害も出ており、復旧には時間がかかりそうだった。
そんな時、二匹目の宇宙クラゲが現れた。朝鮮半島の上空である。
そのことは即時にニュースとなって全世界で報道された。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
教授の故郷であるスクリル星系。
五二年前に第二階梯種族であるバルゾック種族とスクリル星人の間で、戦争となった。原因は謎とされている。
アリアーヌは教授に尋ねた。
「戦争の原因は、何だったのですか?」
「縮退炉の技術よ」
ソウヤが聞いたことのない言葉に反応する。
「縮退炉……何やそれ?」
教授が説明してくれた。縮退炉とはブラックホールを利用して物質からエネルギーを取り出す動力源である。別名ブラックホールエンジンとも呼ばれている。
理論的にはあらゆる物質の質量をほとんどロスなくエネルギーに変換することができる技術だという。
遷時空跳躍装置を搭載する超光速航宙船は、核融合炉では足りないほどのエネルギーを必要としている。そのエネルギー源として、一般的には反物質を使った対消滅リアクターが使われていた。
ただ反物質は高価である。対消滅リアクターは運転費用が高くつくのだ。それに比べ縮退炉は、物質なら何でもエネルギー源として利用できるので燃費が良い。
バルゾック種族は、縮退炉の技術が欲しくて、スクリル星人に戦争を仕掛けたらしい。その手口が巧妙だったので、当初はスクリル星人も気付かなかった。
最初は気前の良い支援者として現れ、豊富な資金で星系内の惑星開拓を援助してくれたが、後に強欲な金貸しに変身した。
貸し付けた金を返さないのなら、縮退炉の技術を寄越せと要求したのだ。
そして、両種族の交渉はこじれ、戦争になった。
スクリル星人は第三階梯種族。縮退炉の技術だけが特出しているだけだったので、戦争に敗れた。
だが、バルゾック種族は縮退炉の技術を手に入れられなかった。スクリル星の科学技術庁長官の地位にあった教授の父親が、縮退炉の技術をある場所に隠したからだ。
戦争に敗れたスクリル星人の多くは、バラバラになって宇宙の各地に避難したらしい。
「教授のお父さんは、どうしたんです?」
イチが気になって尋ねた。
「父は、スクリル星最後の艦隊と一緒に戦場へ向かい、帰らなかったわ」
教授は悲しげな表情を浮かべる。
「教授、そのスクリル星へ向かうのは、何でや?」
教授が笑みを浮かべた。
「この船に足りないもの。それは遷時空跳躍装置と、それを動かすエネルギー源よ」
モウやんが目を輝かせる。
「分かった。縮退炉の技術を取りに行くんだ」
教授が大きく頷いた。
「そう。父が隠した場所を、あたしは知っているの」
アリアーヌが不安そうな顔をする。
「でも、その星系はバルゾック種族が支配しているのでは?」
「ええ、そうよ」
ソウヤは端末でバルゾック種族について調べた。
モニターに映し出されたバルゾック種族は、赤鬼のような種族だった。八個の星系を支配する強力な種族である。
バルゾック種族は、いくつかの幸運で遷時空跳躍装置の技術を手に入れたことにより第二階梯となった種族である。そこにコンプレックスを持つ彼らは、縮退炉の技術が喉から手が出るほど欲しかったようだ。
「スクリル星へ近付いたら、危険じゃないの?」
モウやんが心配した。
「バルゾック種族は、今でも縮退炉の技術を探しているわ。だから、スクリル星系に入る者を歓迎しない」
スクリル星は、バルゾック種族の植民星となっている。
「見付からないように、行くってこと?」
「ええ、ユピテル号を電波吸収塗料でコーティングすれば、発見される危険は少なくなるわ」
ソウヤたちは途中の星系でユピテル号をコーティングした後、スクリル星系へ向かった。
スクリル星系は七つの惑星が存在する。ユピテル号が遷時空スペースから出たのは、第七惑星の内側だった。
教授は第六惑星へ飛ぶように指示した。
「第六惑星の輪へ向かって。ほとんどは氷なんだけど、一部は岩石の小惑星なのよ。その一つが目的地よ」
この星系の可住惑星は、第三惑星と第四惑星である。バルゾック種族の艦隊が駐留しているのは、第四惑星近く。探索システムで気付かれ、艦隊が第六惑星へ急行しても逃げ切れるとソウヤたちは計算していた。
ユピテル号はゆっくりと第六惑星の輪へ分け入ってゆく。氷の塊や小惑星が船体を叩く音が耳に聞こえてきた。
この時、不運にも第六惑星の近くをバルゾック艦隊の戦艦ユイヴォスと駆逐艦のタダレスとモイスが航行していた。
第四惑星からなら誤魔化せる電波吸収塗料でも、近距離を通過する艦船の探知システムは誤魔化せない。戦艦ユイヴォスのブリッジで、三次元レーダーをチェックしていた士官が異常に気付いた。
「艦長、不審船を発見しました」
小戦隊司令兼艦長のギヴォルが吠えるように、
「何だと……星害龍じゃないのか?」
「いえ、航宙船だと思われます」
「基地に連絡しろ。我々は正体を確かめる」
三隻の戦闘艦が第六惑星へと進路を変えた。
その頃、ユピテル号はある小惑星に接舷していた。外見は普通の岩石小惑星である。
「ソウヤとアリアーヌは、あたしに付いて来て」
そこにチェルバとミョルが顔を出す。
「おらたちも一緒に行くずら」
「いえ、あんたたちは、留守番をしていて」
「何でずら?」
「あんたたち、狭いところを発見すると、すぐに潜り込んでしまうじゃない。探すのが大変なのよ」
チェルバが目を泳がせた。何度も経験したことだったのだ。
教授はさっさと用意をすると格納庫へ向かった。ソウヤたちは服を宇宙服にモードチェンジすると、教授を追いかける。そして、フライングバイクに乗って宇宙空間へ出た。
小惑星は直径三〇〇メートルほどの黒っぽい岩の塊。星々が輝く宇宙空間で太陽光を浴びて輝く姿は、何となく神秘的な感じがする。
教授は小惑星の窪んでいる部分を目指しているようだ。フライングバイクから降りた教授は、小惑星の表面の何かを探していた。
「あった」
教授が声を上げ、何か操作した。小惑星の一部が偽装された入り口だったようだ。ハッチがスーッと開き、直径一〇メートルほどの通路が姿を見せる。
「おおっ、カッコいい。秘密基地みたいや」
ソウヤが思わず声を上げた。
フライングバイクを入り口に停め、その通路を奥へと進んだ。自動的に照明のスイッチが入ったようで、通路が明るくなる。
この場所を知っているらしい教授は、迷いなく進んでいく。
「教授、ここは何なんや?」
「元々は、鉱物資源を探していた企業の中継基地だった場所らしいわ」
小惑星の内部をくり抜き、中継基地にしていたらしい。
バルゾック種族との戦いが敗戦で終わると分かった頃、スクリル星人の全技術情報を管理していた教授の父親は、その情報を一つの記憶装置にコピーした後、元データを完全消去した。
そして、その記憶装置と縮退炉の試作品を小惑星の中継基地に隠したという。
縮退炉の技術を研究していた研究所は、戦争で破壊され研究の中心人物も死亡している。科学技術庁に残っていた技術情報だけが、縮退炉の技術に関する情報のすべてだった。
「教授、俺たちが縮退炉の技術を持っていっても、ええんか?」
教授が何か激情を秘めた表情をチラリと見せた。
「このままでは、バルゾックの奴らに見付かる恐れがあったのよ」
バルゾック種族は、執拗に星系全域を探していた。最後には小惑星の一つ一つを調べ始めるだろう。
通路を終点まで進み、そこにある巨大な扉を目にした。教授が歩み寄ると、天井付近から赤い光が教授をチェックするように照らす。
「確認シマシタ。オ入リクダサイ」
生体認証装置の一種だったようだ。
扉が開き、ソウヤたちは中に入った。
中は二〇メートル四方の部屋だった。長さ一五メートル・直径四メートルほどの円筒状の金属と台の上に置かれた水晶のボールがある。
教授は吸い寄せられるように、水晶に歩み寄る。
「このクリスタルメモリーには、スクリル星人が築き上げてきた歴史が詰まっているの。バルゾックの奴らに渡すわけには、いかないわ」
クリスタルメモリーは、直径二〇センチほどの水晶型記憶媒体である。そこにはスクリル星人が蓄積してきた叡智が詰め込まれていた。
「ここから製造ノウハウを取り出せるのですか?」
「我々が開発した様々な機械や船の設計データも入っているから、設計データと製造ノウハウを万能型製造システムに入力すれば、大概のものなら製造できるようになるわ」
「遷時空跳躍装置は、どうなんや?」
ソウヤが一番気になるものを尋ねた。
「残念ながら研究はしていたけど、完成には至っていなかったの。だから、遷時空跳躍装置は作れないわ」
ソウヤはガッカリした。
仕方ないと諦めたソウヤは、もう一つの大きな円筒をペチペチと叩いた。
「教授、これはなんや?」
「縮退炉よ。中にブラックホールが入っているわ」
ソウヤはビクッと叩くのをやめ、そっと離れる。
「心配ないわ。実証実験は終わっているものよ」
アリアーヌが目を輝かせた。
「凄い……ケビスダール星でも開発できなかった技術です」
「ふーん、そんな凄い技術なんや」
その時、モウやんから通信が入った。
「ソウヤ、大変だ。戦艦がこっちに来るよ」
ソウヤたちが顔色を変えた。教授は素早く指示を出す。
「急いで、これをユピテル号に運び込むわよ」
無重力状態でなら、巨大な金属筒も動かせる。三人は力を合わせて金属筒をユピテル号まで運び込んだ。
ブリッジに戻った三人は、モニターで敵の情報を確認する。
「クソッ、ほんまに戦艦や」
教授はイチに発進準備を急がせた。
教授は小惑星を離れ、恒星系外縁部を目指すように指示する。
そこに跳躍リングがあるのだ。
「相手が悪い。全力で逃げるわよ」
第二階梯種族の戦艦は、攻撃力・防御力の両方でユピテル号を上回っている。倒せる可能性があるとすれば、至近距離からの加速力場砲による攻撃だけ。
だが、それは危険な賭けだった。できるなら、逃げ切りたいと全員が思った。
「エンジン出力、全開へ」




