scene:30 天神族の遺物
数時間後、荷物を全部運び終わった。幸いにも、異層ストレージについてはバレていない。トートが遠隔操作で異層ストレージを動かしたからだ。
ナゼル星人たちは、教授とアリアーヌを連れてきた。
「お前らも来るんだ。造船ドックに行くぞ」
ナゼル星人たちは、全員が造船ドックへ移動するようだ。教授たちもユピテル号に残して置くわけにもいかず、連れていくらしい。
「造船ドックだって?」
モウやんが声をあげた。
「うるさい。口を閉じてろ!」
脅かされたモウやんがビクッと反応する。
トラックに乗せられ、ドームへ向かう。到着すると、トラックから降り建物の中へ連れていかれた。
建物の入口から通路を通って広い場所に出た。巨大ドームの内側である。東京ドームが五、六個入りそうな広大なドーム空間の天井には、四つの光源があり内部を照らしていた。
そこには全長が四〇〇メートル・幅と高さが一五〇メートルほどの巨大装置が置かれていた。
ちなみにドーム内の空気は呼吸可能であり、呼吸マスクは必要なかった。
ソウヤたちはドーム空間の片隅に連れて行かれ、小さな部屋に押し込められた。そこにはトイレと飲水があり、休憩所のような部屋として使われていた痕跡がある。
その部屋の一部がガラス張りとなっていて、ドーム内部が見える。設置されている巨大装置にプレートがはめ込まれており、そこに刻まれた文字を読んで、教授が顔色を変えた。
「こ、これは、天神族の万能型製造システム……」
教授が巨大装置の正体を知っていた。万能型製造システムとは、名前通りに様々なものを製作する装置である。材料と設計図さえあれば、ほとんどのものが製作可能という夢のようなものだった。
但し、内部の製造空間を超える大きなのもの、必要な製造ノウハウが入力されていないものは製造不可能である。
「製造ノウハウというんは、なんや?」
ソウヤは設計図と製造ノウハウの関係について、疑問に思った。
「設計図だけあっても製造ノウハウがなければ、物は作れないわ。簡単に例で言うと、物を作る各生産工程での加工方法や製造条件みたいなものね」
教授の説明に腑に落ちない点を感じた。
「そんなもん、俺ら持ってないのに、いろいろ作れてるんは何でや?」
「製造ノウハウが必要な部品は、外で購入するか、サルベージしたものを使っていたからよ」
そんなものなのだと、ソウヤは納得した。
「あいつら、何を作るつもりなんでしょうね?」
イチがナゼル星人たちの行動を観察していた。
「こんなリスクを冒してまで製造するものよ。きっと強力な兵器とかじゃない」
アリアーヌが推理する。それを聞いたソウヤが同意。
「ありそうやな」
ナゼル星人たちが話している声が聞こえる。
「設計データの入力は、終わったのか?」
リーダーらしいナゼル星人が、ミケイラ船長に確認した。
「完了しています、ラガマン様」
「いいだろう。スタートボタンを押せ」
万能型製造システムが動き始める。
材料となる金属や他の素材は投入済みのようだ。
システムが動いている間、低い作動音が響いていた。ソウヤたちは閉じ込められた部屋から脱出できないか、いろいろ試した。だが、工具や武器なしでは無理なようだ。
七時間ほど経過した後、作動音が止まった。一隻目のイルツ型砲撃艇が完成したのだ。
万能型製造システムから引き出されたイルツ型砲撃艇は、全長五〇メートル・最大幅二〇メートルの小型戦闘艦だった。
その最大の特徴は、船首に取り付けられているモノポール粒子砲。戦艦の主砲に匹敵する威力を持つらしい。
「うわーっ、カッコいい。あの船首の部分、丸ごと主砲になってるぞ」
モウやんは砲撃艇のデザインが気に入ったようだ。
「これは凄いわ」
イルツ型砲撃艇を見た教授は、目を輝かす。
「何が凄いんや?」
「完成した船は、第二階梯種族が設計したものよ。間違いないわ」
教授は装備している武器から、第二階梯種族だと判断したらしい。
「へえー、そうなんや」
ガヤガヤと話していると、ラガマンがソウヤたちに注意を向けた。
「何で、あいつらを生かしている?」
ラガマンの詰問に、ミケイラ船長がニヤッとして口を開く。
「あいつらの船、いい船にゃんです。奪って持って帰れにゃいかと思いまして」
「制御脳の命令権を譲渡させるつもりか? ……ダメだ……人員が足りん。計画通り船のエンジンを爆破して、イルツ型砲撃艇を操縦して帰還するぞ」
ソウヤたちは二日ほど部屋に閉じ込められた。食料として不味いチューブ入り保存食を支給され、うんざりする。
五隻目のイルツ型砲撃艇が完成した後、ナゼル星人の動きが活発になった。引き上げる準備を始めたのだ。
ミケイラ船長が部屋に顔を出した。
「俺たちはどうなるんや?」
ソウヤの問いに、船長は冷酷そうに笑う。
「一生、ここで暮らすんだにゃ。といっても、長生きできそうににゃいがにゃ」
ソウヤたちを置き去りにするつもりのようだ。殺されないと分かったので、一瞬ホッとする。
だが、こんなところに閉じ込められたまま放置されれば、確実に死ぬ。
ナゼル星人たちが去り、ソウヤたちだけになった。
「どうやって、脱出すればええんや」
『私ガ、手伝イマショウカ?』
ソウヤの頭の中で、トートの声が響いた。
「えっ!」
「ソウヤ、どうした?」
モウやんが不審げにソウヤの顔を見ている。
「トートが手伝うって、言うとるんや」
「何とかできるんですか?」
アリアーヌを始めとする皆が、どうやって手伝うのだろうという顔をする。
ソウヤが許可を与えた。トートは一体のブルーアイを呼び寄せた。ナゼル星人に隠れて追跡させたようだ。
ブルーアイが部屋の外に現れた。
ドアのロック機構を、ブルーアイが壊した。
「開いたぞ」
モウやんが一番に外へ出た。
「船が心配よ。早くユピテル号に戻りましょう」
アリアーヌが急かすように言った。
ソウヤたちは走りだした。通路を抜け、トラックが駐車してある区画へと到着。皆でトラックに乗り込み、ユピテル号へと向かう。
ドームの外は、人間なら飛ばされそうな強い風が吹き荒れていた。ソウヤが一番に連想したのは、地獄である。
教授がトラックを出そうとした時、ユピテル号が着陸した辺りから凄まじい爆発光が発生した。その後、地響きを伴う轟音が響く。
「ぎゃああーーー、ユピテル号のエンジンが……」
モウやんが悲鳴をあげる。
「修理したばかりなのに……」
「呪われとるんやないか」
イチが嘆き、ソウヤが不吉なことを口にした。
「そうだ。チェルバたちは大丈夫なの?」
アリアーヌの心配そうな声。
「急ぐわよ」
教授がアクセルを踏んだ。
近くで確認したユピテル号は、メインエンジン二基、サブエンジン二基がすべて破壊されていた。
ソウヤたちはガックリと肩を落とす。
「このままじゃダメよ。エンジンを切り離すわよ」
教授が的確に指示を出す。ソウヤたちはユピテル号の中に駆け込んだ。
教授は手始めに停止していたカワズロボとバウを起動させる。目を覚ましたロボットたちは、誘爆の危険を避けるために、エンジンを切り離す作業を始めた。
一方、ソウヤたちはチェルバたちを探した。倉庫・ブリッジ・連絡艇格納庫を探してもいない。最後に食料品倉庫を探した。
食料品倉庫は二から三度の温度に保たれており、長時間入っていられる場所ではなかった。なので、最後にしたのだ。
「うわっ、大変だ。チェルバたちが倒れている」
モウやんが慌てたように声を上げた。チェルバたちは白い毛に覆われ、短いズボンとベストを着ている。
食料品倉庫の床には食べ散らかした食料のカスが散乱していた。
「死んでいるのですか?」
アリアーヌが青い顔で尋ねた。
教授がフンと鼻を鳴らす。
「こいつらは、寒くなると冬眠状態になる習性があるの。心配無用よ」
「何やて……こいつら冬眠してるんか?」
じっくりと観察すると、ゆっくりではあるが呼吸している。
「脅かしやがって」
モウやんはプンプンと怒りながら、チェルバを抱え医務室に運んだ。ソウヤはミョルを運んだ。
「あいつら、俺たちが大変な目に遭っている間、ズーッと寝てたんやな。起きたらお仕置きや」
ソウヤも激怒である。
ブリッジに戻ったソウヤたちは、今後のことを話し合う。
「動力炉や他の装置は、大丈夫やったん?」
ソウヤの問いに、教授が頷く。
「あいつら、船内に入れなかったので、エンジンの外側に爆発物を仕掛けたようなの」
船内に入るには、ソウヤたちの誰かが必要だった。全員をドームに監禁したので、ユピテル号の内部に入れなかったらしい。
「動力炉を爆破されていたら、万事休すだったわ」
アリアーヌは眉間にシワを寄せていた。
「修理可能なのですか?」
教授も頭を悩ませている。エンジンの状態から判断すると、修理は不可能。新しく作り直したほうが良さそうだ。
バウからの報告で、エンジンの切り離しが終わったらしい。
「ねえ、トートがエンジンを設計して、万能型製造システムで造れないかな?」
イチが提案した。武器を設計したことを思い出したのだ。
教授は目を瞑って熟考する。エンジン開発の困難さを知っていたからだ。現物のエンジンが一つでも残っていれば、それを真似て製造することも可能なのだが。
「とりあえず、トートに相談したら」
モウやんが久々に有益な意見を述べた。
「げっ、モウやんが……雨が降るんやないか」
ソウヤが大げさに驚いた。
「ヒドイ、どうしてだよ。それに海さえない惑星で、雨が降るはずないだろ」
モウやんをからかった後、ソウヤはトートに確認した。
トートは会話可能なブルーアイを呼んだ。
「設計ハ可能デス。タダ三ヶ月ホドノ時間ガ、必要デス」
ソウヤたちは、時間がかかりすぎると思った。
「もうちょっと早くならないの?」
アリアーヌも三ヶ月は長いと思ったようだ。
「集団思考システムヲ使エバ、時間短縮ニナリマス」
その装置はボソル感応力を利用した思考制御システムの一つで、数人の思考力を統合し様々な問題解決の手助けをする装置である。
その装置を使うためには、ボソル感応力のある人間と脳に接続装置を埋め込む必要がある。接続装置はジーニアスシステムで代用可能なので、ソウヤたちには不要だそうだ。
「こんな地獄のようなところから、一刻でも早く出られるなら何でもするよ」
モウやんもここが地獄のようだと感じたらしい。
集団思考システムについては、幸運にも使える部品があるので簡単に作れると言う。トートがカワズロボを使って製作し、試すことになった。
ボソル感応力のあるソウヤ・イチ・モウやんが、ラグビーの頭を守る防具のようなものを被る。




