scene:24 ムサカ星系の死闘
旗艦ヤタラートから攻撃許可は下りなかった。味方の艦を誤射されることを恐れたのだ。
「このタイミングなら、誤射する可能性はほとんどないのに」
アリアーヌが可愛い顔を歪める。今なら光撃ムカデと護衛艦の距離が開いているので、誤射する可能性は低かった。それでも攻撃許可が下りなかったのは、星系軍が屠龍猟兵を信用していないからだろう。
「大丈夫なのかな?」
モウやんが心配そうに声を上げた。その視線の先には、モニターに映る巡洋艦の映像がある。
「ナゼル星系軍の実力が分からないからね。何とも言えない」
ソウヤたちには、戦いを見守ることしかできない。
巡洋艦の主砲が通用する距離は、およそ地球と月までの距離に等しい四〇万キロである。それ以上の距離になると荷電粒子の収束率が下がり、威力が極端に落ちる。
地球と月の距離と言えば、超遠距離だとソウヤたちには思える。しかし、宇宙での戦闘においては、遠距離という訳ではない。
三隻の巡洋艦は、三角形の隊列を組み光撃ムカデの群れに向かって飛翔した。距離が五〇万キロを切った辺りで、光撃ムカデがレーザーによる攻撃を仕掛けてきた。
光速のレーザーは、一秒半ほどで巡洋艦に到達。巡洋艦の積層装甲鈑に命中したレーザー光は、バリアで阻まれ散乱する。
「少将、バリアで急激なエネルギー消費が起きています。メイン動力炉は、最高出力を維持している状態です」
「星害龍のレーザーが原因か。まずいな」
その間にも光撃ムカデと巡洋艦の距離は縮まる。巡洋艦の射程距離に入り、ヒマラン少将が攻撃命令を発した。
「全艦、攻撃開始!」
旗艦ヤタラートの主砲は、前部に二連装砲塔二基、後部に一基が装備されている。その三六口径荷電粒子砲六門が光撃ムカデに向けられた。
ほとんど同時に、三隻の巡洋艦から荷電粒子砲が発射。砲口から加速された荷電粒子が飛び出し、三隻分一八本の光の帯となって光撃ムカデへ飛翔する。数秒後に星害龍の横を飛びすぎた。
「砲門角度を修正せよ」
本来なら三次元レーダーと連動して照準するのだが、星害龍は妨害電波のようなものを発しており、近付く艦船はレーダーが効かなくなっていた。
この瞬間、巡洋艦の主砲は光学照準装置で狙いを付けている。命中率は五割ほど低下していると言われているので、一度目の攻撃が外れたのは想定済みだ。
二度目の一斉砲撃が行われた。旗艦から発射された荷電粒子が、一匹の光撃ムカデに命中する。命中した荷電粒子は、装甲殻を構成する原子を弾き飛ばし崩壊させる。また、一部がプラズマ化して強烈な爆発光を放つ。
「よし、ダメージを負った星害龍に攻撃を集中させろ」
ヒマラン少将がモニターを睨みながら命令を発した。
動きの鈍った光撃ムカデに荷電粒子砲が集中し、ボロボロになった星害龍が動きを止める。
「一匹仕留めたぞ。次だ」
護衛艦隊が二匹目を仕留めた時、残り五匹の動きが活溌になった。まとまっていた奴らが散開し、それぞれが巡洋艦に襲いかかる。
巡洋艦の一隻が、三匹の光撃ムカデから集中攻撃を浴びた。そして、巡洋艦のバリアが限界を超え崩壊する。その後は、呆気ないほど簡単に巡洋艦が破壊された。
盾になっていた三隻の巡洋艦の一角が破壊されたことで、二匹の光撃ムカデが輸送艦の方へ飛翔を開始。
その様子を屠龍猟兵たちは見ていた。惑星ミューク最強と呼ばれる老屠龍猟兵マンチョカンが、各屠龍戦闘艦に呼びかけてきた。
「屠龍猟兵諸君、戦闘に備えよ。指揮は、私が執る」
マンチョカンは屠龍猟兵としての実積が三〇年以上ある。戦闘経験から言えば、妥当なものなので各屠龍戦闘艦は承諾した。
ただ、教授は先制攻撃を行う許可を求めた。その要望に対し、マンチョカンが返事を返す。
「良いだろう。そちらの船には、五六口径荷電粒子砲が装備されているのだったにゃ」
許可を得たソウヤたちは、主砲五六口径荷電粒子砲の発射準備を始めた。
光撃ムカデはかなりのスピードで宇宙空間を飛翔してくる。身体をくねらせながら飛翔する光撃ムカデの推進力も、加速力場ジェネレーターと同じような原理らしい。
「アリアーヌ、先頭の光撃ムカデを狙うのよ」
「了解です」
最近になって分かったのだが、アリアーヌには砲撃の才能があるようなのだ。敵の動きを読み、照準を合わせる技術が飛び抜けているのだ。それに気付いた教授が、アリアーヌにメイン火器担当を任せた。
因みに、ソウヤにもクラーケンと戦った時のように、意識を高め活性化した状態なら、ずば抜けた能力があると判明しているのだが、その状態にいつもなれるわけではなかった。
照準装置を覗き込んだアリアーヌが、主砲塔を操作する。ユピテル号の中央上部に配置されている主砲塔が旋回し、砲口が光撃ムカデに向けられる。
「五秒後に発射。イチ、船体姿勢を制御して」
照準を定めたアリアーヌが発射ボタンを押した。その瞬間、ユピテル号の船体に激震が走った。砲撃の凄まじい反動で、ユピテル号が一回転する。
中にいるソウヤたちは、身体を振り回され苦痛を味わう。その中で、イチが複数の姿勢制御スラスターを操作していた。食いしばった歯の間から血が流れる。振り回された拍子に、舌を噛んだのだ。イチのしなやかな指が操作パネルの上を舞い、スラスターのノズル制御を行う。その努力が実り、ユピテル号が何とか元の姿勢を取り戻した。
ユピテル号から発射された特大の荷電粒子の帯は、光撃ムカデに命中した。その膨大なエネルギーは星害龍の装甲殻を蒸発させ、内部を焼き尽くす。
他の屠龍戦闘艦は、その様子を見ていた。マンチョカンは凄まじい威力に背中の毛が逆立つのを感じる。
「おいおい、戦艦の攻撃じゃにゃいんだぞ」
「五六口径荷電粒子砲か……凄まじい威力だにゃ」
仲間の声を聞いたマンチョカンが同意する。
「全くだ。それに操縦士の腕も一流だぞ。あの衝撃を一回転するだけで元に戻したのは驚きだ」
マンチョカンは残った一匹に注意を向けた。
残った一匹が、怒り狂ったかのようにレーザー攻撃を始めた。
マンチョカンが一斉攻撃を開始するように命じる。通常電波による通信は、星害龍の妨害により不可能になっているので、光無線通信による連絡である。
ユピテル号以外の屠龍戦闘艦は、光撃ムカデを仕留められるだけの威力を持つ武器を装備していない。それでも各艦は主砲を星害龍に向け、それぞれのタイミングで発射した。
それらの攻撃を浴びた星害龍は、ダメージを負った。だが、軽傷である。光撃ムカデの装甲は厚く内部にダメージが届かないのだ。
レーザーによる反撃が、屠龍戦闘艦をとらえ始める。光撃ムカデのレーザー攻撃は、戦艦クラスの副砲に採用されているレーザー砲と同等の威力を持っていた。
三隻の屠龍戦闘艦が破壊される。動力炉を撃ち抜かれたのか、木っ端微塵となってしまった。あれでは一人の生存者もいないだろう。
「他の屠龍戦闘艦が邪魔だわ。屠龍戦闘艦の間を縫って光撃ムカデに当てられる?」
アリアーヌが物凄い集中力で照準装置に表示されている戦闘領域の映像を確認する。
「ダメ……いずれかの屠龍戦闘艦を巻き込みます」
「マンチョカンからの指示は?」
戦闘時には通信担当になっているモウやんが、通信ログを確認して何もないと答えた。
光撃ムカデがレーザーを乱射しながら輸送艦の方へと進む。輸送艦から助けを求める通信が発せられた。
他の艦が躊躇する中、屠龍戦闘艦の中で一番大きなマンチョカンの艦が、光撃ムカデの前に立ち塞がった。
それをモニター越しに見ていたモウやんは、思わず呟く。
「あのナゼル星人、勇気あるな」
教授が不機嫌な顔をしている。ソウヤが気付いて声をかけた。
「どうしたんや?」
「無謀な行動よ」
教授の言う通り、光撃ムカデのレーザーは確実にダメージを与えたが、マンチョカンの艦は大したダメージを与えられず、エンジンが爆発した。
「まずいわね。指揮官が不在になってしまった」
教授が不機嫌だった理由が、ソウヤにも分かった。指揮官が不在になることを心配していたらしい。
指揮官を失った屠龍戦闘艦の集団は、統制のない行動を取るようになった。
一方、巡洋艦の戦いは激しさを増していた。二隻となった巡洋艦は、三匹の光撃ムカデ相手に苦戦しているようだ。とても輸送艦の方に戻ってこられそうにない。
その時、旗艦ヤタラートから通信が届いた。それをモウやんが読み上げる。
「通信、屠龍戦闘艦ユピテル・ゼフィンは、星害龍を迎え撃て。他の艦は輸送艦を護衛し、惑星ボルタルへ向かえ」
露骨に差別した命令だった。光撃ムカデを仕留めたユピテル号は仕方ないとしても、ゼフィン号はあまり攻撃力が大きくない屠龍戦闘艦である。
教授が顔をしかめる。
「チッ、ナゼル星人以外の屠龍猟兵を盾にして、輸送艦を守るつもりだわ」
この時、ユピテル号と一緒に指定された屠龍戦闘艦は、一番小さな艦で、艦形からナゼル星系で建造されたものではないと推測される屠龍戦闘艦だった。
「精密砲撃ができない主砲は使えないわね。攻撃をグラトニー加速投射砲に切り替えるよ」
その言葉を聞いて、イチが返事をする。
「了解、船首を光撃ムカデに向けます」
グラトニー加速投射砲は、ユピテル号の船首に組み込まれていた。照準を付けるには船体の向きを変えねばならず、操縦士であるイチの仕事となる。
ソウヤは船内無線のスイッチを入れ、グラトニー加速投射砲の給弾室にいるカワズロボに命じる。
「初弾装填や!」
「ゲコッ」
「えっ……なんでカワズロボが返事するんや」
カワズロボには返事をする機能など組み込まれていないはず。ソウヤはモウやんがドヤ顔しているのに気付いた。
「モウやん、何かしたんか?」
「そうだよ。カワズロボを喋れるように改造したんだ。凄いだろ」
モウやんはロボット工学について勉強するという名目で、整備用ロボットのバウと相談し改造を加えたらしい。ただ、何故か喋れるのは『ゲコッ』『ゲロッ』『ゲロゲーロ』だけのようだ。この三つは『はい』『いいえ』『無問題』を意味しているという。
「何で『無問題』……まあ、ええか」
ソウヤは気を取り直して、グラトニー加速投射砲に鋼鉄製の投射弾が装填されるのを確認した。
「装填完了や」
「了解、敵に接近します」
真空の宇宙で発射されるグラトニー加速投射砲の最大射程距離は、無限と言って良いほどである。だが、有効射程距離は短い。荷電粒子砲などと比べると投射速度が遅いので、敵の将来位置を推測し遠距離から命中させるというのは至難の業なのだ。
教授は危険を承知で、ユピテル号を光撃ムカデに近付けるように指示を出した。
「ついて来る屠龍戦闘艦は、ゼフィン号。ファレル星人の船だよ」
モウやんが艦形から調べた情報を皆に知らせた。ファレル星系はナゼル星系から七.二光年の距離にある星系である。
グラトニー加速投射砲の有効射程距離まで近付こうとしたユピテル号に、光撃ムカデのレーザーが命中する。五層装甲鈑が発生させたバリアに当たったレーザーは、ユピテル号のメイン動力炉から絞り出されたエネルギーと相殺された。
「凄い勢いで、エネルギーが消費されとるやん!」
ソウヤがエネルギー消費バランスを表すグラフを見て叫んだ。
「反撃するよ。奴の頭を狙って」
教授の指示を聞いたイチが、操縦桿を倒す。ユピテル号の船首が光撃ムカデの頭に向く。
「撃て!」
イチが発射ボタンを押した。音速の何十倍にも加速された投射弾が、船首から飛び出し光撃ムカデへと向かう。
投射弾は狙いを外し、光撃ムカデの尾に命中した。膨大な運動エネルギーを内包した投射弾は、装甲殻を砕き星害龍の体に減り込む。
光撃ムカデが三〇本ほどの足をバタつかせ、苦痛でのた打ち回る。
「もう一撃加えるわよ」
教授の声を聞いて、ソウヤは投射弾を装填するように命じた。
次弾発射の準備をしている間に、藻掻き苦しんでいた光撃ムカデが、ユピテル号に向かって加速を始めた。ぐんぐんと迫ってくる光撃ムカデに、大急ぎで照準を付けようとするイチの操船技術が素晴らしかった。
数秒でいくつかのスラスターを噴かせて、ユピテル号の向きを微調整し船首の向きを変える。
「照準に捉えました」
イチの声が響いた時、光撃ムカデは危険なほど近くに接近していた。レーザーが効かなかったので、肉弾戦でユピテル号を潰そうと考えたようだ。
「よし、撃……あっ!」
教授が砲撃命令を出そうとした瞬間、もう一隻の屠龍戦闘艦ゼフィン号が光撃ムカデに体当りした。ユピテル号の危機を救おうとしたらしい。
「あちゃー、なんて無茶しやがるんや」
ソウヤは思わず声を上げた。
体当りされた光撃ムカデは、当然怒りゼフィン号に絡みつくと締め上げ始めた。ゼフィン号は全長五〇メートルほどの小型屠龍戦闘艦だ。凄まじい力で締め上げられた船体が、その力に耐えきれず歪み始めた。限界を超えたゼフィン号がねじれ船体にヒビが走る。
「イチ、撃てないの?」
モウやんが助けを求めるようにイチに声をかけた。
「ダメだ。この距離だと光撃ムカデの体を貫通して、ゼフィン号に当たる」
モウやんが通信機に向かって声を上げる。
「ゼフィン号の人、脱出して!」
その通信が届いたのか分からないが、ゼフィン号から小さな救難カプセルが射出された。
その救難カプセルを確認した教授が、砲撃を命じた。
イチが照準を微調整してから、グラトニー加速投射砲の発射ボタンを押す。それと同時に、光撃ムカデがユピテル号の方に口を向け、レーザーを放った。
投射弾とレーザーが近距離ですれ違う。至近距離から発射された投射弾は、正確に光撃ムカデの頭を撃ち抜いた。一方、光撃ムカデのレーザーはグラトニー加速投射砲の砲口に命中。
ユピテル号が激しく揺れた。その後、二度の爆発が起きる。ソウヤたちは座席ベルトをしていたので、投げ出されることはなかった。だが、船体のダメージは大きい。
「グラトニー加速投射砲が破裂した。ソウヤはカワズロボを指揮して応急修理を」
教授の指示で、ソウヤはカワズロボ五体を船首に送った。
「船首の空気を排出する」
イチが冷静な声で言った。真空状態になった船首の火は鎮火。カワズロボたちは破壊されたグラトニー加速投射砲を船体から切り離すよう指示を出す。
「グラトニー加速投射砲は、修理可能?」
教授の質問に、ソウヤが首を振る。カワズロボからの報告で、グラトニー加速投射砲の破損は大きく、修理は不可能だと分かったのだ。
「船体の修理はどう?」
「船首に大きな穴が開いとる。応急修理はバウに任せたいんやけど」
「それでいいわ」
輸送艦と他の屠龍戦闘艦は、鉱山惑星ボルタルへ移動していた。救助活動を優先するという名目で、逃げ出したらしい。
「屠龍猟兵の中にも、臆病な者がおるんやな」
「ソウヤ、考え違いをするな。正しい行動をしたのは彼らよ。敵わないと分かったら逃げる。それが正しい行動なの」
教授の言葉に、ソウヤが不満そうな顔をする。
「しかしやな。男には逃げたらあかん戦いちゅうもんが……」
「死んでもいいの。地球に帰らなくてもいいの」
ソウヤの脳裏に両親と姉たちの顔が浮かんだ。もう一度会いたいという強い思いが込みあげてくる。
「……そうやな。こんなところで死ぬのはごめんや」
アリアーヌが光撃ムカデが死んだことを確認し、救難カプセルを探す。
「見付けた」
教授はモウやんに救難カプセルを引っ張ってくるように頼んだ。
「駆龍艇を使うよ」
モウやんは勇んで宇宙空間に飛び出した。十数分後、救難カプセルがユピテル号の船倉に運び込まれる。イチと教授がブリッジに残り、ソウヤとモウやん、アリアーヌが救難カプセルの中のファレル星人を助けようと向かう。
「ファレル星人は、船内空気でも大丈夫なの?」
モウやんの質問に、アリアーヌが問題ないと答えた。モウやんが救難カプセルのハッチをノックする。
ハッチからギッという音が響き、内側から開けられた。ソウヤたちは中から現れたファレル星人を見て、驚きの声を上げた。




