scene:21 屠龍猟兵登録試験
教授は駆龍艇の設計を始め、どういう駆龍艇にするかで悩み始める。
悩んだ末に、皆を集め意見を聞くことにした。
「イチはどんな駆龍艇がいいと思う?」
聞かれたイチは、ちょっと首を傾げる。
「その前に、駆龍艇というのは、どんなものなのか教えてください」
教授は惑星ネットワークから売られている駆龍艇の情報を引っ張り出し、モニターに映し出す。
売られている駆龍艇は、一人乗り用のものが多く。球型・弾丸型・大気圏内戦闘機型など形は様々で、大きさは全長が四メートルから一〇メートルほどの駆龍艇が標準的なようだ。
推進装置はテルジン動力炉とプラズマエンジンの組み合わせが多い。そして、武装は最低でも八口径レーザーキャノンや中型以上のスペース機関砲が装備されている。
スペース機関砲は、地上で使われていた火器を宇宙空間で撃てるように改造した武器である。星害龍を相手にする屠龍猟兵は爆裂弾を使うのが普通だ。
それらの情報を見たイチたちは、活発に意見を出し始めた。
「推進装置は、テルジン動力炉とプラズマエンジンでいいんやないの」
ソウヤは小型戦艦の中で発見した小型脱出艇のテルジン動力炉とプラズマエンジンが使えるんじゃないかと考え提案した。
「なるほど、あの小型脱出艇を解体して使うという訳か」
「だったら、サリュビス号で見付けた一〇口径荷電粒子砲が使えるじゃない」
珍しくモウやんがアイデアを出す。
「でも、荷電粒子砲は、もの凄いエネルギーを必要とすると聞いているけど、テルジン動力炉で大丈夫なの?」
アリアーヌの反論を聞いた教授が褒める。
「よく気が付いたわ。テルジン動力炉では出力不足ね」
「何だ、ダメなのか」
モウやんはガッカリする。
「そうなるとレーザーキャノンか、スペース機関砲ということになる」
イチが言うと、教授も同意する。
「レーザーキャノンもかなりのエネルギーが必要だから、スペース機関砲がいいわね」
ソウヤは首を傾げた。サルベージした物の中にスペース機関砲はなかったからだ。
「そうか、スペース機関砲を買うんやな」
「違う、作るのよ。スペース機関砲の構造は簡単。カワズロボたちに作らせればいいわ」
材料や工作機械は、大型工作艦の中にあったものを持ってきているので可能らしい。スペース機関砲の設計図は教授が持っていた。かなり以前にサルベージした実物から、設計図を作ったらしい。
教授の持つ設計図は、ゲロール船長の故郷である星系で開発されたもので『ゲルゲレ型』と呼ばれる中型スペース機関砲である。
その威力は地球の戦闘機に搭載されているガトリング砲を軽く凌駕すると後で知る。砲口初速がガトリング砲の何倍も上らしい。
教授は使える部品を調べ、それで製作可能な駆龍艇を作ろうと考えたようだ。この開発法だと完成する駆龍艇は、一級品とは成り得ない。
教授は使える部品をデータ化し、立体映像設計支援ツールを使って空中に映像投射した。このツールは、大型工作艦で発見したもので、一部破損していたものを修理して使っている。
皆で意見を出しながら駆龍艇の構造を決めていく。ややこしい構造計算は立体映像設計支援ツールがやってくれるので、思ったほど難しくはない。
ああでもないこうでもないと言い合いながら設計するのは楽しかった。
出来上がった設計図は、巨大なダチョウの卵を横にしたような船体に、象の足のような二つのエンジンを取り付けた駆龍艇である。全長は五メートルほどだろうか。
前面は装甲ガラスを使って視界を確保し、船体上部には中型スペース機関砲を装備。操縦席が一つしかない狭い挺内には、人間一人を三日間ほど生かし続けられる環境維持装置と操縦システムが組み込まれている。
装甲ガラス部分以外の船体は、二層装甲鈑で形成されており戦闘艇として十分な強度を持っていた。
二層装甲鈑は宇宙建造物用積層装甲鈑の中で最も製造が簡単なものである。二種の高機能合金を密着接合して板状にしたもので、宇宙線などの有害なものを撥ね返す機能を備えている。
強度は航宙艦に使用するには十分。但し、戦闘艦に用いるほどの強度はなく、例外的に小型戦闘艇に使われる程度だ。
因みにユピテル号の船体は五層装甲鈑である。四層装甲鈑以上は装甲表面にバリアを形成する機能があるので、威力の小さな兵器では傷付かない仕組みになっている。
教授は出来上がった設計図を元にカワズロボに駆龍艇の製作を命じる。カワズロボは短期間で駆龍艇を完成させた。
アリアーヌは完成した駆龍艇を見て複雑な表情を浮かべた。自分が使う駆龍艇が完成したのは嬉しいのだが、デザインがダサいのだ。設計図の段階で薄々感じていたのだが、完成した実物を見ると強く感じる。
駆龍艇の歴史は古い。無重力の宇宙空間で使用される機体なので、頑丈に作りやすい球形の駆龍艇が流行った時期が五〇〇年ほど前にあった。
だが、最近の駆龍艇は惑星上でも使えるように、流体力学に基づいた空力特性を考慮して設計されている。宇宙空間を移動する星害龍が地上に降りることはほとんどないのだが、地上に向けて卵を産み落とす星害龍が存在する。
その卵が地上で孵化し、成長して宇宙へ戻ることがあるのだ。
また、アウレバス天神族により作り出された星害龍の中には、惑星上での活動を得意とするものも存在する。
そういう奴らを狩るためにも空力特性は重要だった。
惑星ミュークから少し離れた宙域に移動したアリアーヌは、標的ロボットを的にして戦闘訓練を開始した。標的ロボットはトートが設計開発したものだ。と言っても一番安上がりな方法で開発している。調査用メカであるブルーアイを五倍ほどに大きくし、外装を装甲化したのが、標的ロボットである。
速度は機雷星害龍3型、通称『突撃機雷ウニ』より少し速い程度だが、小回りがきくように設計されている。
標的ロボットが飛び回るのを、駆龍艇が追いかけ始めた。
アリアーヌが出力レバーを押し上げた。瞬時に大きな加速度が生じ、身体が操縦席に押し付けられる。操縦席は加速度による重圧を包み込むようして軽減する機能が組み込まれているが、全てを吸収してくれる訳ではないので、アリアーヌは内臓が潰れるような感覚を味わい耐える。
駆龍艇が標的ロボットに追い付き、アリアーヌは標的ロボットを射撃管制装置の照準に捉えようと操縦する。もう少しのところで標的ロボットが進行方向を急激に変え、振り切ろうとする。
「もう少しだったのに」
アリアーヌは悔しがりながら、標的ロボットを追って操縦桿を倒す。
アリアーヌは一〇分ほど標的ロボットを追いかけ回し、苦労して照準に捉えるとスペース機関砲の発射ボタンを押す。駆龍艇の内部にくぐもったドゥンという発射音が響く。駆龍艇の機体を伝わった音がコクピットに響いてくるのだ。スペース機関砲から発射された模擬弾は、標的ロボットの横を通り抜ける。
「外した」
アリアーヌが呟き、何度か発射ボタンを押す。五射目で模擬弾が標的ロボットに命中しペチッと潰れた。
中身の入っていない殻だけの機関砲弾なので、標的ロボットの装甲を貫けなかったのだ。だが、命中した標的ロボットは黄色い光を放ち、命中したことを知らせる。
ユピテル号のブリッジでは、その様子をソウヤたちが見ていた。
「アリアーヌは苦戦しとるようやな」
ソウヤが批評するように言う。それを聞いてモウやんが、
「でも、面白そうだよ。僕も乗ってみたい」
「そうですね。自分も試してみたいな」
慎重なイチも言い出した。
「ダメ。アリアーヌには時間がないのよ。訓練に集中させてあげなさい」
教授が珍しく強く主張した。
その後、アリアーヌは懸命に駆龍艇の訓練を続け、駆龍艇をある程度自由に操れるようになり、標的ロボットに九割の確率で命中させられるようになる。
自信を付けたアリアーヌは、屠龍猟兵組合の試験を受けることにした。
ナゼル星系の屠龍猟兵組合に受験の申請を行い、受験日が一〇日後と決まる。
ナゼル星系は唯一の居住可能惑星がミュークだけなので、スペースコロニーでの時間単位はミュークの時間に合わせている。
屠龍猟兵組合の支部は素材買取ショップの一画にあり、組合職員は二人だけという典型的な地方支部だ。
今回、試験を受けるのはナゼル星人三人とアリアーヌだけらしい。筆記試験は努力が実り、合格点を取れたとアリアーヌは手応えを感じていた。
残りは実技試験である。実技試験を行う前に、試験官の前で武装の確認が行われた。
「あにゃたの武器は?」
宙域同盟の一員となったナゼル星人は、公用語であるガパン語を話す。だが、口の構造の関係で一部発音が難しい言葉があるようだ。
ナゼル星人の若い男が、ミュークで有名な企業から発売されている最新型駆龍艇の名前を上げる。
「最新型ですか。いいでしょう」
次のナゼル星人は同じ企業の古い型だった。
「ああ、二〇年ほど前に開発された型だね」
アリアーヌの番になって、自作の駆龍艇だと伝えると、試験官に変な顔をされた。自作機で試験に望む者は全くないとは言わないが、試験官の経験で片手の指で数えられるほどらしい。
「その駆龍艇は本当に大丈夫にゃんですか?」
「はい。試運転もしていますので、大丈夫です」
「まあ、いいでしょう」
他の受験者であるナゼル星人を見ると、馬鹿にしたような笑いを浮かべている。アリアーヌはムッとするが、ちょっと引け目を感じてしまう。
中古でもいいから、企業が開発したものを買った方が良かったかなと思ったのだ。
デザインは別にして、教授が作った駆龍艇に不満がある訳ではない。性能は駆龍艇の標準レベルに達していると思っている。
「自作の駆龍艇だってよ。屠龍猟兵を舐めてるんじゃにゃいだろうにゃ」
「よせよ。金がにゃいんだろ」
同じ試験を受けているナゼル星人のひそひそ声が聞こえ、アリアーヌは赤面する。
試験官の合図で、アリアーヌたちは駆龍艇に乗り込み宇宙に飛び出す。屠龍猟兵組合が指定した試験ポイントは、多数の小惑星が浮遊する宙域である。
試験官も駆龍艇に乗って追ってきた。すぐに追い越し誘導を始める。試験ポイントに到着、試験官が受験生たちに待機を命じる。
『試験を実施します。まずは、一番から』
受験番号一番のナゼル星人と試験官が、無数の小惑星が漂う宙域の奥へと消える。少し時間が経った頃、突撃機雷ウニの死骸を牽いた駆龍艇が戻ってきた。
二番の奴が試験を終えて戻ると、アリアーヌの番となる。
アリアーヌは試験官の合図で駆龍艇を発進させた。漂っている小惑星を避けながら、獲物を探し始める。因みにアリアーヌの駆龍艇には『試作一号艇』という仮名称が付けられている。教授が名付け親だ。面倒になって適当に名付けたようだ。
アリアーヌが突撃機雷ウニを発見。試験官に見付けたと報告する。
『よろしい。あいつを仕留めてください』
通信機から試験官の声が聞こえ、アリアーヌは駆龍艇のスピードを上げる。試作一号艇のエンジンは、駆龍艇より大型である小型脱出艇のエンジンが使われているので割と強力だ。そのエンジンの出力を上げ、突撃機雷ウニに急激に迫る。
途中で突撃機雷ウニが気付いて逃げ始めた。意外なほどのスピードで突撃機雷ウニは逃げる。アリアーヌはもう一段エンジン出力を上げる。ここから気を付けなければならない突撃機雷ウニの習性がある。
突撃機雷ウニは逃げ切れないと分かると、逆襲するのだ。体当りしての自爆である。その習性に気を付けながら追い詰めた。
スペース機関砲の射程圏内に入った。慎重に狙いを付け発射ボタンを押す。駆龍艇内部に連続した衝撃が走り、三発の爆裂弾が音速の何倍もの速さで撃ち出された。
一発が外れ、二発が命中。その二発が突撃機雷ウニの棘を吹き飛ばした。ダメージを受けた突撃機雷ウニが急停止。突撃機雷ウニはガスのようなものを噴射し移動しているようだが、透明なガスのようなので見えない。
「逆襲……させないわよ」
アリアーヌは棘を吹き飛ばした箇所を狙って発射ボタンを押した。爆裂弾が突撃機雷ウニの殻に命中し、殻を破壊。宇宙空間に突撃機雷ウニの殻と体組織が撒き散らされた。
『そこまで、試験は終了です』
試験官の声で、アリアーヌはスペース機関砲の発射ボタンから指を離す。その後、突撃機雷ウニの死骸を曳航し、他の者たちが待っているポイントまで戻った。
全員の実技試験が終わり、スペースコロニーに帰還した。屠龍猟兵組合の事務室前で少し待つと結果が発表された。アリアーヌは合格である。
屠龍猟兵組合の職員から、身分証明書にもなる屠龍猟兵カードを受け取った。このカードの中にはアリアーヌの個人情報が記録されているので、絶対に失くさないようにと注意された。
その後、屠龍猟兵となったアリアーヌたちは組合に関する説明を受け解散。
アリアーヌはユピテル号に戻ると、ソウヤたちに報告した。
「よくやった」
「おめでとう」
ソウヤたちが次々にアリアーヌにお祝いの言葉を贈る。アリアーヌは照れくさそうな表情を浮かべるが、嬉しかったようで笑顔が絶えない。
教授が試作一号艇について尋ねた。
「はい。期待通りの性能でした。ですが……」
アリアーヌがナゼル星人たちに馬鹿にされたと教授に伝える。
「ふん、名のある企業が製造したとしても、性能がいいとは限らないじゃない」
教授はなんだか悔しそうな顔をしている。自分が製造した駆龍艇を馬鹿にされたのは、面白くないのだろう。
「そうですよ。性能は問題なかったです」
「性能は? 他に何かあるのか?」
言い難そうにしていたアリアーヌが、デザインについて指摘する。
「こ、これはこれで、丸くて可愛いと思うのだが……」
聞いていたモウやんが笑い出す。ソウヤもニヤッと笑い。
「教授、武器に可愛らしさを求めて、どうするんや。それに、スペース機関砲を組み込んだ時点で、可愛いとは言えんようになっとる」
「無骨なだけの武器より、少しくらい可愛らしさがある方がマシだと思うんだけどね」
アリアーヌが呆れたような顔をして。
「無骨から、いきなり可愛いに変化する設計思想が理解できません」
イチも同意する。この場合は、格好いい設計にするのが順当ではないかと教授に告げる。教授は格好いいという言葉に首を傾げる。
「格好いい……どういう形が格好いいデザインになるというの?」
惑星上なら、流体力学や空気力学を考慮した設計が、格好いいデザインに繋がる。しかし、真空の宇宙空間では、そういう設計は意味がない。
アリアーヌは以前に見た駆龍艇の画像を惑星ネットワークから引っ張り出し、これとあれが格好いいと教授に告げる。
「ふん、こんなデザインにした理由が分からないわ。この機種は惑星上での活動はできないんでしょ。こんな空気力学を考慮したデザインは必要ないはずよ」
教授の言葉にアリアーヌが反論する。
「でも、こういう優美な曲線が格好いいんじゃないですか」
「むむっ、分かった。次は格好いい駆龍艇を作ってやるわ」
教授は駆龍艇の開発にハマったようだ。




