scene:19 クラーケンとの決戦
一六口径荷電粒子砲が発射された。
反動が船体を揺さぶるが、今回は航宙船用制御脳がスラスターを噴かし姿勢制御したので、前回より揺れが少ない。航宙船用制御脳には学習能力があるのだ。
発射された荷電粒子ビームはクラーケンの胴に命中した。少しだけダメージが入ったようで、クラーケンが身をよじって苦しげな反応を見せる。
だが、すぐに追撃を再開した。
「ダメじゃん。どうすんの?」
モウやんが怯え声を上げた。
「いえ、ダメージは入ってるわ。頭を狙うのよ」
教授の指示が飛ぶ。
「頭……あの化け物の頭ってどこや?」
「足と胴の間に眼が付いてる部分が見える。そこが頭よ」
ソウヤは慎重に狙いを付けると発射ボタンを押した。
荷電粒子ビームはクラーケンの足に命中し、宇宙空間に火花を散らす。クラーケンの足は特に頑丈なようだ。
「ソウヤ、しっかり狙ってくれよ」
モウやんの文句にソウヤは唇を噛み締める。
深呼吸をするともう一度慎重に狙いを付け、発射ボタンを押した。
一六口径荷電粒子砲から発射された荷電粒子ビームがクラーケンの眼と眼の間に命中。
「おっしゃー」
ソウヤは喜んだ。
クラーケンは身悶えしていたが、それも一分ほど。
「ダメだわ、まだ追ってくる」
教授が難しい顔をする。そんな顔でも美しく、ソウヤたちの視線を惹き付ける。
「イチ、逃げ切れそう?」
「いや、このままじゃ後三分ほどで追い付かれます」
「仕方ないわね。五六口径荷電粒子砲の準備をして」
ソウヤたちはトートから五六口径荷電粒子砲には問題があると聞いていた。駆逐艦の船体に装備するには、五六口径荷電粒子砲の反動が強過ぎるのだ。
トートの設計で衝撃吸収装置を取り付けたので、船体を破壊するほどの衝撃は発生しないようになっている。だが、完全な衝撃吸収は無理だった。
戦艦クラスの船体なら、その巨大な質量で反動の大部分を吸収可能なのだが、小型戦艦の一〇分の一しかない船体では不可能だ。
「いい、五六口径荷電粒子砲の反動を考えるとチャンスは一度きり。慎重に狙うのよ」
「ええーっ、責任重大やん」
ソウヤは責任の大きさにビビる。
「荷電粒子砲を撃った経験があるのは、ソウヤだけ。度胸を据えてやるのよ」
「そうだ、頑張れ」
「きっと命中する」
教授の言葉やモウやんたちの励ましを受け、ソウヤは五六口径荷電粒子砲の照準装置を立ち上げた。
ユピテル号の上部中央に設置された五六口径荷電粒子砲を覆っていた装甲が開き、特大の砲塔が姿を現した。その砲塔が旋回し後方に砲口を向ける。
クラーケンはもう少しでユピテル号に足が届くという距離まで迫っていた。ユピテル号の進路に直径一〇〇メートルほどの小惑星が浮かんでいた。
ユピテル号は回り込むように軌道修正したが、クラーケンは体当りして小惑星を砕く。
モウやんが震える声で。
「こ、こいつはやばいよ」
イチが三次元レーダーをチラリと見た。レーダー関係はクラーケンが出す妨害電波のようなもので全く使えない状態になっている。
ソウヤはレーダーを無視しクラーケンの動きに集中、目を見開き照準装置を覗き込む。クラーケンの動きに集中している間に、ソウヤの意識が活性化した。
極度の集中で、屠龍機動アーマーを装備している時のように意識が制御可能となる。ソウヤの意識は身体の感覚器官とつながったまま、精神の奥深くに沈み始め、時間が引き伸ばされるような感覚を覚える。
クラーケンの動きに関する情報が高速で処理され、最適な砲撃タイミングを導き出す。
「今や!」
ソウヤは叫びながら発射ボタンを押した。
五六口径荷電粒子砲から荷電粒子ビームが発射された反動で、ユピテル号に激震が走り船体が回転を始める。
「ぎゃああああーー!」
モウやんが叫び、イチが必死でユピテル号の姿勢制御を行う。
ソウヤは衝撃で目を離した照準装置に視線を向ける。
荷電粒子ビームはクラーケンの眼に命中していた。片眼の部分に大きな穴が開いている。
数分後、漸くユピテル号の姿勢が安定した時、クラーケンの息の根が止まる。
「信じられない。脅威レベル5の星害龍を仕留めた」
「あたしも同じよ。クラーケンの唯一の弱点である眼に命中させるなんて」
アリアーヌと教授が奇跡の一撃に驚いている。戦艦に搭載されている五六口径荷電粒子砲でも、一撃でクラーケンを倒すなど奇跡に近かったからだ。
「うおおおおっ、やったー!」
「やったな、ソウヤ」
皆が喜んでいる中、ソウヤは緊張から開放され呆然となっていた。
「よし、引き返すぞ」
イチが操縦桿を操作し方向転換する。クラーケンの死骸まで辿り着くのに一〇分ほどが必要だった。
ソウヤは死んでもなお宇宙空間を飛翔しているクラーケンを見ながら、
「教授、クラーケンの部位で一番高く売れそうなんは、どこなんや?」
「龍珠に決まってるわ。次が口の部分。口はエンジンの素材となるらしいの」
「全部売れば、どれくらいになるんや?」
「そうね……一億八〇〇〇万クレビットほどか」
「すげえ、僕ら大金持ちじゃん」
モウやんが喜んだ。
教授がやれやれというように首を振る。
「分かっていないようね。あんたたちが地球に戻るために必要な搭載型遷時空跳躍装置は、最低でも七〇〇〇億クレビットはするはずだわ」
「クラーケンを何匹倒せば買えるんだ?」
モウやんが計算を始めた。
「三八八九匹よ」
アリアーヌが素早く計算して教える。
モウやんがガクリと肩を落とした。
「一匹倒すだけでも大変だったのに……無理」
イチが慎重に操船し、クラーケンの近くまで近付け、カワズロボを船外に放出する。カワズロボはクラーケンに何本ものワイヤーロープをかけユピテル号に固定する。
その状態で減速したユピテル号は、跳躍リング近くの宇宙空間に停止。教授はカワズロボに細かな指示を伝える。
「異層ストレージに収納する前に、龍珠と口の部分を回収する」
「何故ですか。そのまま収納して、丸ごと売ればいいのに?」
イチが質問した。
「一番高い部位は、自分たちの手で回収し状態を確かめるのが、基本なの。全部を買う側に任せれば、損傷がひどかったとかケチを付けられる可能性があるから」
ソウヤたちはカワズロボに手伝わせ、クラーケンから龍珠と口の部分を回収。龍珠は青色をしたバレーボール大の金属球のようなものだ。
「傷はないようね。これなら高く売れる」
クラーケンを異層ストレージに収納した後、ソウヤたちはコルネル星系を離れることにした。
五六口径荷電粒子砲を発射した影響がないか点検した後、ユピテル号を跳躍リングへ向け加速させる。
強力なエンジンは、簡単にパーチ1まで船体を加速させた。
教授は跳躍リングに通信回線をつなぎ、跳躍リングの使用許可を購入する。
「イチ、進路を跳躍リングにセットし、操縦を航宙船用制御脳へ渡して」
「ラジャー、操縦を航宙船用制御脳へ移譲」
教授とアリアーヌが首を傾げる。
「ラジャーって、何?」
アリアーヌがイチに問う。
「了解って意味だよ」
「へえー」
しょうもないことを言っている間に、ユピテル号が跳躍リングに飛び込んだ。全長一七〇メートルの船体が通常空間から消える。
遷時空スペースに入ったことを、ソウヤたちは身体の不調で知った。
「何度経験しても、変な感じや」
ソウヤが文句を言うと、イチとモウやんが同意する。
「一〇〇回くらい経験すれば、慣れる」
教授の言葉に、三人は変な顔で応えた。こんな体験を一〇〇回もしなければ改善されないという情報が、ショックだったのだ。
「そんな顔をしてないで。ルオンドライブを起動するわよ」
イチがルオンドライブを起動すると、教授が進路設定を行う。
行き先は最も近い有人星系で、ナゼル星と呼ばれる恒星である。
基本的にルオンドライブでの航行は、航宙船用制御脳が行う。遷時空スペースに入った宙域位置と突入速度・進行方向から計算し、航宙船用制御脳は目的の星への最短ルートを選んで進む。
通常、遷時空スペースを使って移動する時は、進行方向にある最も近い跳躍リングが存在する星系を選んで通常空間に戻り、一気に遠方にある星系へは移動しないものだ。
何故なら、遠くの宙域に移動するほど通常空間へ戻る時に誤差が大きくなり、目的位置より離れた場所に出現する可能性が高くなるからだ。
ユピテル号は三時間ほどで通常空間へ戻った。
戻った場所は、猫人間のナゼル種族が支配するナゼル星系である。ナゼル星人は第三階梯種族で温和な性格をしている者が多いと教授が教えてくれた。
ナゼル星系には五つの惑星がある。ソウヤたちが出現したポイントはナゼル星系の外縁部近くで、中継ステーションから五〇〇万キロほど離れた場所だった。
出現宙域がここなのは、ナゼル星系政府が指定した出現位置が、この宙域だからである。
ほとんどの星系では、遷時空スペースからの出現宙域に外縁部を指定している。万が一に事故が発生した場合、自分たちが住む惑星に被害が及ばないようにするためである。
その結果、星系内に到着してから目的の惑星に辿り着くまで、数日から十数日かかるという状況が発生する。
現にナゼル種族が住んでいるのは第二惑星ミュークであるが、出現宙域からミュークへ行くのにユピテル号の巡航速度で一二日が必要となる。
「教授、中継ステーションへ向かいますか。それともミュークへ?」
イチが目的地を確認する。
「この星系でクラーケンの素材を売却する予定なの。ミュークへ進路を向けて」
教授は異層ストレージからリビングベースを取り出し、ユピテル号に連結する。
「少し休みます」
アリアーヌがリビングベースの自室へ向かった。
進路をミュークに設定し、後は航宙船用制御脳に任せるとソウヤたちは暇になる。
モウやんは久しぶりの休暇気分だ。
「到着まで一二日かかるのか。何をするかな。のんびりするのもいいな」
イチは緩みきった友人の顔を見ながら、
「こういう時こそ、勉強すべきですよ」
モウやんはイヤイヤと身体を揺する。
「そんなあー、僕たちの頭の中には凄い知識が入っているんだから、勉強なんていいじゃん」
モウやんは宇宙樹で手に入れた情報ブロックがあるので、勉強の必要はないと言っているらしい。
「情報ブロックは百科事典や教科書のようなものです。中身を読んで勉強しなければ、身につきませんよ」
「あんなの見ても分かるわけないじゃん」
「それを分かるようにするのが、勉強じゃありませんか」
幸いにもモウやんが児童用教育情報ブロックを手に入れていた。
イチはそれを使って勉強しようと考えていたのだ。児童用教育情報ブロックには、初歩の物理学・化学・生物学・数学・天文学などの自然科学を中心とした一般教養を学ぶための教材として纏められた情報が詰まっている。
ソウヤは勉強が好きではなかった。だが、こういう状況なんだから勉強も仕方ないかと考える。
「せやけど、誰かが教えてくれんと、読むだけじゃ分からんのやないか?」
イチが教授の方へ視線を向けた。
「あたしも情報ブロックで勉強するつもりなの。トートに頼んで」
「トートはまだ情報ブロックの知識データベース化の処理をしてるんやけど」
「あんたたちに教えるくらいなら、片手間で十分よ」
ソウヤがトートに児童用教育情報ブロックの内容を教えられるか尋ねてみると、トートは即座に可能だと答える。
「あたしがブリッジで当直をしているから、三人はリビングベースへ行って勉強しなさい」
ブリッジを追い出された三人は、リビングベースに向う。
リビングベースは二層に分かれており、各個人の部屋は一階に在った。三人はソウヤの部屋に入る。
二〇畳ほどの部屋にトイレ・シャワー室・クローゼット・カプセル型寝台があるだけのガランとした部屋だ。
「寂しい部屋だね」
「仕方ないやろ。細々したもんを作る暇がなかったんやから」
モウやんの感想に、ソウヤが言い訳するように返事をする。
椅子もないので床に座った三人は、耳の接続端子に小さな真珠型の送受信ピアスを填めた。
この送受信ピアスはトートに設計してもらいカワズロボに作ってもらったもので、高度なセキュリティが組み込まれた通信機である。
ソウヤたちの頭の中に、送受信装置がセットされたという音声連絡が響く。
「よし、二人とも接続や」
その日から、トートによる自然科学の授業が始まった。
三人は頭の中に児童用教育情報ブロックの中身を展開し、その状態でトートの授業を受ける。トートは意外なほど巧みな話術とシミュレーションの映像を使って教えた。
驚いたことに、トートは勉強の嫌いなソウヤとモウやんにも飽きさせない授業を続け、驚くほどの速さで知識を吸収させる。




