scene:14 旅立ちの準備
医療院を出たソウヤたちは近くの軽食店に入り、汎用メニューの中からシチューとパン、栄養補助ドリンクを選んで注文した。地球人にとっても毒にならない素材だけを使ったものらしい。
ソウヤたちの遺伝子は解析され分類されたコードが判明している。そのコードを入力すると、どんな食べ物が大丈夫か自動的に判断され、メニューに従って注文すれば食べられるものが出てくるシステムになっている。
出てきた料理を夢中で食べた。あまり美味しいとは言えないが、あの不味いチューブ入り保存食よりは何十倍もマシだ。
「これで自分たちは下級民ではなくなったんですね」
イチがホッとしたように言う。
「それはそうなんだけど、下級民から身元不明の放浪者になっただけなのよ。一般市民となるには、どこかの星で市民権を取得しなければならないの」
教授の答えを聞いてソウヤたちはがっかりした。
「そんなにがっかりしない。市民権を取得する方法は幾つかあるから」
「それはどうすればええんや?」
ソウヤが身を乗り出して尋ねた。
教授の話によると、新しい市民を募集している開拓惑星やスペースコロニーで一定期間働けば、市民権が取得可能な制度が存在するらしい。
「一定期間……て、どれくらい?」
モウやんが訊くと教授が難しい顔をして応える。
「三年以上となっているわ」
ソウヤたちの間から不満の声が上がった。
「そんなにかかるんじゃダメだ。市民にならなくていいから地球を探そうよ」
モウやんが文句を言う。イチも賛成する。
「そうだね。自分も両親に早く会いたい」
「俺だって同じや」
教授が細長い耳を左右にピコピコ動かす。それは苛立っている時の癖だった。
「地球を探して帰りたいというあんたたちの気持ちは分かる。だけど、宇宙は広いのよ。見付ける手掛かりが恒星の色と惑星の数くらいじゃ、候補は数百になる。その中には跳躍リングがない恒星系もあるから、遷時空跳躍装置を備えた遷時空跳躍船が必要になるわ」
レ・ミナス号は元々遷時空跳躍装置を装備していない船である。この船を修理しても地球に行くことはできない。
最初にイチが声を上げた。
「それって、もう一隻宇宙船が必要だってこと?」
「ええ。それに遷時空跳躍船を借りるにしろ、買うにしろ免許が必要なの」
その言葉を聞いてモウやんが驚いた。
「……じゃあ、今までイチは無免許運転していたの?」
小さな声でモウやんが尋ねる。教授は大きく頷く。
イチの顔が青くなるのがソウヤたちにも分かった。
「大丈夫、こんな辺境では取り締まる者などいないわ」
イチがホッとした表情を浮かべる。
「でも、故郷の星を探しに行くのなら、航宙船操縦士1級の免許は絶対必要よ」
ソウヤたちは涙目になった。車の免許さえ持っていないのに……。
「アリアーヌは持っていないの?」
モウやんが尋ねた。アリアーヌの顔がこわばる。
「航宙船操縦士4級なら持っています」
4級は宇宙空間を少し移動するだけの超小型船の免許で、学校の授業の中で取得したものだ。
「凄え、持ってるんだ」
モウやんは素直に尊敬の眼差しをアリアーヌに向けた。その視線から、アリアーヌは顔を背ける。4級は誰にでも取れるという代物だったからだ。
「教授、遷時空跳躍船と免許が必要なんは分かったけど、どうすればええんや?」
ソウヤが暗い顔をして質問する。子供の自分たちには無理そうだと思っているのだ。
「まずは、免許を目標に勉強を頑張るしかないわ。それに市民権が要る」
「そんなあー、三年も働かないとダメなんやろ」
「市民権を取る方法は一つだけじゃないわ。宙域同盟に所属する星系国家の法人企業に正式に雇用され、半年間ちゃんと働けば準市民権がもらえる」
「ふーん、そうなんや。でも、必要なのは準市民権やなくて市民権やないの?」
「準市民権を持つ者は、宙域同盟の宙域市民権を取得できる試験が受けられるわ」
イチが気になった点を尋ねる。
「宙域市民権というのは何ですか?」
「どの星系国家にも属さない者が取得する市民権よ。宇宙に生きる者の中には、故郷の星を災害や戦争で失くした者もいるから、そういう制度も必要なの」
「なるほど、分かりました。そうすると問題は、星系国家の法人企業に正式に雇用されるにはどうするかですね」
「それは問題ない。あたしらにはアリアーヌがいる。彼女に企業を設立してもらい雇わせればいい」
それを聞いてアリアーヌが驚く。
「なんですってぇー。そ、それは本気で言っているのですか?」
「もちろん。あたしらは命の恩人だよ。それくらいの便宜を図ってもいいんじゃない」
「そ、それはそうですが、それにはケビスダール星に戻らねばならないのでは?」
企業を設立する場合、市民権のある恒星系で設立するのが簡単である。だから、アリアーヌはケビスダール星へ戻らねばならないのかと尋ねたのだ。
モウやんが首を傾げる。
「アリアーヌは帰りたくないの?」
アリアーヌが俯向きながら。
「私、家出をしている時、海賊に捕まったのです」
アリアーヌは父親と何かあり家を飛び出したらしい。詳しい事情までは話してくれなかったが、家には帰りたくないそうだ。
ケビスダール星系の中で人が住めるのは惑星ロイドだけで、後は宇宙コロニーが多数あるらしい。因みにアリアーヌの家はロイドの首都に存在する。
「ふむ、だったら方法は一つね。宙域同盟に所属する星系国家へ行って、屠龍猟兵になり特別法人企業を設立するしかない」
「屠龍猟兵……私がですか?」
アリアーヌは渋ったが、教授に説得され承知する。
「アリアーヌが承知ならば、その前準備として、アリアーヌの星間金融口座を使えるようにしないとね」
アリアーヌは家出する時に星間金融口座の口座チップ───メモリーチップの一種を持ち出したが、海賊に捕まった時に自分で破壊している。
口座チップを再発行してもらうには、身元の確認が必要でアリアーヌの生体情報を惑星ロイドの銀行本社に送って照合しなければならない。そのためには一五日ほどの期間と五二万クレビットの費用が必要だった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
サリュビス号の生き残りがいると、宇宙ステーションの管理者ベルザオールが知ったのは、ソウヤたちがグラトニーワームの死骸を売った後の頃だった。
「グラトニーワームが退治されたのは喜ばしいが、バリアス号が相打ちで破壊されるとは……」
防衛担当部長のコウベルが溜息を吐いた。
「本当に残念です。バリアス号が無事なら、海賊退治を依頼できたのに」
ベルザオールとコウベルが不運を嘆いた後、ソウヤたちの件が話題に上る。
「ところで、グラトニーワームを売ったのは、サリュビス号の生き残りだと聞いたが本当か?」
コウベルがベルザオールの質問に頷いた。
「はい。下級民だった者たちが生き残り、自由と船を手に入れたようです」
ベルザオールが首を傾げた。同時にその尻尾も斜めになる。
「自由はいいとして、船はどこで手に入れたのだ?」
「分かりません。調査しますか?」
「ああ、そうだな」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ソウヤたちはアリアーヌの口座チップが再発行されるまで、宇宙クリオネ狩りと船の修理をして過ごした。その間に整備用ロボットのバウは自分を修理し、ちゃんとした姿に戻っている。
バウは人の姿をしたロボットである。アンドロイド型のシンプルなデザインだが、顔だけは猫のような顔である。
船の重要なパーツには、航宙船用制御脳、メイン動力炉・補助動力炉・メインエンジン・サブエンジン・軌道制御用スラスター・ルオンドライブ・操縦システム・探査システム・船内環境維持装置・重力制御装置等がある。
この中で修理不可能だったのが、メイン動力炉とメインエンジンだ。この二つだけは完全に壊れていて、買い換える必要があった。
レ・ミナス号の船室に全員が集まり、この二つについて話し合う。教授が皆の顔を見渡す。
「メイン動力炉の中型核融合炉は、中古でも八〇〇〇万クレビット。中古エンジンは四〇〇万クレビットはするようなの」
この星系で宇宙クリオネを狩り、購入資金を貯めようと思ったら何年かかるか分からない。もっと稼げる星系に移動しないとダメだという話になる。
それには跳躍リングを使わなければならない。ところが跳躍リングを使うには光速の〇.一パーセントであるパーチ1の速度を出す必要がある。その速度を出すにはメインエンジンが必要だ。
「メインエンジンは購入は必須です。でも、メイン動力炉は無理」
イチの意見に、モウやんが肩を落とす。
「だめじゃん」
イチが首を傾げてから、何か思い付いたように教授に視線を向けた。
「補助動力炉とサリュビス号からサルベージした超小型核融合炉、バリアス号からサルベージした小型核融合炉をメインエンジンにつなげてエネルギーを供給すれば、パーチ1の速度を出せるかも」
教授がよく気が付いたという顔をして頷く。端末で計算を始めた。
「全部の動力炉を限界まで稼働させ、長い距離を助走すれば、ぎりぎりパーチ1に達するわ」
教授は宇宙ステーションの航宙船整備工場に行き、中古エンジンの出物を探し購入した。
但し、整備が必要であり、その整備が終わるまで精力的に宇宙クリオネ狩りを行う。跳躍リングを使用するには、多額のクレビットも必要だからだ。
アリアーヌの口座チップが再発行された頃、中古エンジンの整備が終わった。
中古エンジンをレ・ミナス号のメインエンジンとして取り付け、補助動力炉やサルベージした核融合炉をつなげる作業を行う。この頃になるとソウヤたちの手際も良くなっており、バウからの指示があれば、修理作業を手伝えるようになっていた。
取り付けた中古エンジンの試運転をしようと、教授が提案する。
宇宙ステーションを離れたレ・ミナス号は、船首をアステロイドベルトに向けメインエンジンを起動する。力強いエンジン音がソウヤたちの耳に届き、強い加速を感じる。
レ・ミナス号は順調の増速。パーチ1に近付くと増速が穏やかになり中々パーチ1を超えられない。
「補助動力炉を限界まで」
教授の指示が聞こえた。ソウヤは補助動力炉の出力を最大にまで上げる。
「小型核融合炉と超小型核融合炉も出力全開へ」
アリアーヌとモウやんが操作し全動力炉が出力全開となる。
「もう少しだ」
イチが呟くように言う。船は加速しとうとうパーチ1に達した。
「成功だ」
教授の言葉に全員が歓声を上げる。
ソウヤたちは宙域同盟に所属する星系国家へ行くのかと思ったが、教授は別の星系に行くと言い出した。何をするにもレ・ミナス号の大掛かりな修理が必要で、資金が足りないと言うのだ。
まずは、資金を稼がねばならない。ソウヤたちは資金を稼ぐ方法を二つしか知らなかった。サルベージと星害龍狩りである。
「そこでコルネル星系へ行こうと思う」
教授の提案にアリアーヌが真っ先に疑問を投げた。
「聞き覚えがありません。そこはどんな星なのです?」
「第七次ボルゲル戦役の舞台となった星系よ」
第七次ボルゲル戦役とは、第三階梯種族のカエル人間であるロドレス種族とトカゲ人間であるケネロル種族がボルゲル星系にあるブラックホールの所有権を巡って争った宇宙戦争である。
コルネル星系はボルゲル星系へ行く一つ手前の中継星系だったが、第七次ボルゲル戦役で惑星の一つが崩壊し星系全体に、その破片を撒き散らかした。
しかも星害龍が現れ、中継星系としての使用が難しくなり放棄された。
「そんな星系に何故?」
イチが理由を問い質す。
「戦役の時に難破した軍艦が残っているの。それをサルベージする」
「そうなんだ、教授は頭いいな」
モウやんは感心していたが、ソウヤには不審に思った点がある。
「なあ、教授。サリュビス号の他にもサルベージ船はあるんやろ。何で他のサルベージ船の奴らがサルベージせんのや。何か理由があるんやないのか?」
教授はニヤッと笑う。
「サルベージ船が続けて三隻行方不明となった。星害龍にやられたと思われる」
モウやんが血の気が引いた顔をして言う。
「そんな危険な場所に行くのは反対だ」
「そうです。お金よりも命の方が大切よ」
アリアーヌもモウやんの意見に賛成のようだ。
ソウヤは金になりそうなものと考え、情報ブロックのことを思い出す。
「なあ、ペンティマル星の情報ブロックを売ればええんやないか?」
教授が難しい顔をする。
「そうね。売れれば一番なんだけど……その場合だと情報ブロックの出処を確認されるわ」
「宇宙樹で手に入れたって、言えばいいんやないの?」
「アバター具現化装置を使用したのは、あんたたちだけど……情報ブロックの持ち主はゲロール船長になっているはずよ。盗んだんじゃないかと疑われるわ」
教授によれば、情報ブロックを売るのは諦めた方が良いらしい。
「分かった……そやけど、コルネル星系は危険なんやろ。何か星害龍を退ける方法を知っとるんか?」
教授が妖艶な笑みを浮かべる。
「コルネル星系にいるのはグラトニーワームなの。そして、あたしらにはグラトニー管がある。あれに天震力を流すと特殊な力場を生み出す。それがグラトニーワームが仲間を識別する合図となるのよ」
「それじゃあ……グラトニー管があれば、グラトニーワームには襲われないということ?」
アリアーヌが確認する。
「そういうこと。但し、宇宙クリオネや別の弱い星害龍はいるらしいから、用心しなければならないわ」
ソウヤたちはバウに協力しグラトニー管をグラトニー加速投射砲に改装した。投射弾を装填しない状態で、グラトニー加速投射砲のエネルギー源である天震力を少量だけ流すと、特殊力場が形成されグラトニーワーム避けとなる。
他にもバリアス号からサルベージしたレーザーキャノンも設置し、レ・ミナス号の武装を強化する。
氷塊を集め水を作り、宇宙クリオネ狩りをする生活が二ヶ月続いた。跳躍リングの資金が漸く溜まったので宇宙樹のミクナイル星系を出発しようと跳躍リングに向け飛ぶ。
宇宙ステーションと跳躍リングの中間点に差しかかった時、レ・ミナス号の探査システムが不審船の接近を探知。
教授はアリアーヌに調べるように指示する。アリアーヌは調査し顔色を変えた。




