scene:13 棚からぼた餅
ソウヤとモウやんは急いでコクピットに戻った。コクピットに入った瞬間、アリアーヌの悲鳴のような声を聞く。モニターを見ると化け物が大口を開けている。
アイアンシェルが放たれようとした瞬間、グラトニーワームの側面に何かが衝突し爆発。その衝撃で星害龍の強靭な肉体に穴が刻まれる。イチたちは気付かなかったが、別の屠龍戦闘艦が近付き攻撃を放っていたようだ。攻撃したのは、係留ポートの素材買取ショップエリアで見た屠龍戦闘艦である。
レ・ミナス号とは違い、ちゃんと武装した戦闘艦だ。フリゲート航宙艦並みの船体と戦闘力を持っていた。
その屠龍戦闘艦がグラトニーワームへ近付いていく。
レ・ミナス号は宇宙樹が出す特殊ガス雲の中に突入した。モニターに映る映像が白一色になる。
「助かったの?」
モウやんが呟くように言う。
「ふうぅ……そうみたいです」
イチが背中を座席の背もたれに押し付けぐったりする。
ソウヤとモウやんは床に座り込み、アリアーヌと教授は座席に座って放心状態になった。
しばらくの間、静かな時が経過する。
船体に浮遊物が当たった音が響いた。宇宙空間で漂流物に当たる確率は低いが、この宇宙樹の周りには多くの漂流物が漂っており、その一つが船体に当たったらしい。
一応レ・ミナス号も屠龍戦闘艦なので、漂流物くらいでダメージを受けることはない。
「これから……どうするの?」
モウやんが声を上げた。その声にイチが応える。
「このまま特殊ガスの流れに捕まらなければ、五日後ぐらいにガス雲の中から抜け出せるはずです」
「流れに捕まったらどうなるんや?」
「ガスの中から抜け出せなくなります」
「またもピンチやないか」
アリアーヌが不安そうな表情を浮かべた。それを見て、ソウヤは対策を考えねばと真剣な顔になる。
「そうや、最初に特殊ガスから抜け出した時は、残ってた天震力をつこうたんやろ。補充できんのやろか?」
教授がパンと手を叩いた。
「バウに確かめてみましょうか」
整備用ロボットのバウを呼んで確認してみた。
バウの答えは、船の天震力補充システムは故障していてダメだが、屠龍機動アーマーとつなげれば補充可能だというものだ。
レ・ミナス号の天震力貯蔵タンクと屠龍機動アーマーを特殊な導線でつなげる作業をバウに任せた。
天震力貯蔵タンクは船尾のエンジン付近にあり、透明なドーム状の構造物にソフトボールほどの龍珠が入ったもので、龍珠は魚類星害龍1型と呼ばれる鮫に似た星害龍から採取されたものだ。
遷時空跳躍の能力を持つ星害龍は龍珠を持っており、天震力を貯蔵する器として利用されている。
バウの作業が五時間ほどかかるようなので、食事をして休息を取ろうと決まった。
サリュビス号内での探索と星害龍との戦いで、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっている。
「あっ、そう言えば、モフィツはどうしてるんだろ?」
モウやんが首を傾げる。
「サリュビス号が破壊されなければ三日、四日放っておいても大丈夫ですよ。なにせ食料倉庫にいるんですから」
イチが軽い調子で答えた。モフィツのことはあまり心配していないようだ。
食料庫には食料はもちろん水もある。船内には気密が保たれている部屋も残っていたので、数日なら楽に生き延びられるだろう。
不味いチューブ入り保存食で食事を済ませると交代で睡眠を取る。最初に教授とアリアーヌがコクピットで待機し異常がないかを見張り、ソウヤたちは五時間ほど眠る。
サリュビス号から持ってきた端末のアラーム音が響き、三人は起きた。身支度をするとコクピットに行き教授たちと交代する。
バウの作業が終わったので、ソウヤは屠龍機動アーマーを装着し船尾に向かった。天震力貯蔵タンクから特殊な導線が伸びている。
バウは屠龍機動アーマーの背中にある天震力ボトルと導線をつなぐ。それで準備が整ったらしい。
ソウヤは精神の深層部に存在する高次元ボーダーフィールドを通してつながる高次元空間から、ボソル粒子と天震力を汲み上げ始める。ソウヤの精神を通し身体に流れ込んだ天震力は背中の天震力ボトルに流れ込まず、特殊な導線を経由し船の天震力貯蔵タンクへと流れ込む。
練習用屠龍機動アーマーが扱える天震力は高が知れているので、天震力貯蔵タンクを満タンにするには相当な時間がかかると思われる。
ソウヤは精神力が続く限り天震力を集めたが、タンクの一割ほどを満たした頃、ギブアップした。仕方なく、この作業をモウやんと交代する。
天震力貯蔵タンクが一杯になったのは、次の日の午後だった。
コクピットに全員が集まり、特殊ガス雲を抜ける準備を始める。バウからの報告で船に装備されている加速力場ジェネレーターの点検が終わったらしい。
教授が端末を操作し船の状態を調べている。バウの働きにより修理が進んでいたが、メイン動力は稼働不可、武装は全損という状態は変わらない。
「このまま引き返したら、あの化け物と鉢合わせするんじゃないの?」
モウやんが心配そうに尋ねる。
「一日も経ってるんや、いなくなっとるやろ。それに化け物を攻撃した戦闘艦がおったやろ。あいつが片付けてくれてると思うで」
ソウヤが応えると納得したようにモウやんが頷く。
「それじゃあ、戻るぞ」
イチが声を上げ、満タンとなった天震力を使い加速力場ジェネレーターを稼働させた。レ・ミナス号は進路を変えガス雲の外へ向かう。
間もなく、船はガス雲の外へ出た。三次元レーダーを作動させると、レ・ミナス号の標準速度で二〇分ほどの空間にグラトニーワームの死骸と屠龍戦闘艦バリアス号が漂っている。
そこはサリュビス号が漂っていた場所で、戦いに巻き込まれたサリュビス号は粉々になり、船としての姿を留めていない。
「モフィツの奴は、どうなったの?」
アリアーヌが暗い顔をして尋ねた。ソウヤたちは黙って首を振る。この状況で生きているとは思えない。
サリュビス号が漂っていた場所まで行き、通信機でモフィツに呼びかける。予想通り返事は返ってこなかった。
気に入らない奴だった。それでも同じ船で旅をしてきた者なので、全員が感傷的な気分になった。
イチはレ・ミナス号をバリアス号の方へ向ける。
「何故、バリアス号は動かないんだ?」
教授が不思議そうに声を上げる。その疑問はもう少しバリアス号に近付いた時に解けた。バリアス号の後部が爆発で吹き飛んでいたからだ。
教授はバリアス号に通信機の回線をつなごうとしたがダメだった。バリアス号の通信システムが故障しているとしか思えない。
「ソウヤ、屠龍機動アーマーでバリアス号まで行って、中を調査して頂戴」
教授がソウヤに頼んだ。
「ええけど、放射線とか大丈夫なん?」
「屠龍機動アーマーなら、大丈夫」
屠龍機動アーマーには放射線を遮断する効果があるらしい。ソウヤは屠龍機動アーマーを装着しバリアス号へ向かう。
暗い宇宙空間を大きな戦闘艦まで進むと、グラトニーワームとの激戦の様子が見て取れた。船体のあちこちがグラトニーワームの攻撃で破損し、装甲が削り取られている。
後部に開いた大きな穴から中に入ろうと思ったが、近付くとアラームが鳴る。放射線を感知したのだ。
ソウヤは船首の方に軌道を変え、コクピット近くに開いた穴から中に入った。船首付近には放射性物質の漏れはないようだ。船内に入り中を見渡す。照明は消え非常灯だけが点いており、人工重力も切れている。
照明が消えているのは動力源が破壊されたからだろう。船首に向かうとコクピットがあったと思われる場所がグシャリと潰れていた。
グラトニーワームが放ったアイアンシェルが命中したようだ。通信機で呼びかけても返事がないので、生き残りはいないのだろう。
そのことを教授たちに伝える。教授の返事が通信機から聞こえる。
「偶に起きることなのよ。グラトニーワームが放った攻撃がコクピットを破壊し、止めを刺そうと船体に巻き付いたグラトニーワームも、動力炉の爆発に巻き込まれて死んでしまったのよ」
結果は相打ちだが、勝負はグラトニーワームが勝っていたらしい。
教授に言われ放射性物質除去装置を探した。戦闘艦には通常積まれている装置らしい。
船首近くの倉庫で発見。それは球型ロボットで、放射性物質と除去や掃除を表すマークが書かれていたので判別可能だった。因みに宙域同盟で標準的に使われているマークは学習済みである。
スイッチを入れ放射性物質除去ロボットを稼働させると、自動的に強い放射線を感知して除去するために飛んで行く。
倉庫の中には放射性物質除去ロボットの他に、予備のレーザーキャノンや予備の小型核融合炉などがあった。それらを運搬用の網に入れ、レ・ミナス号へと運んだ。
放射線の有無をチェックした後、船内に運び込む。イチとモウやんにも手伝ってもらい荷物を固定する。
船の部品についてはバウに渡し、修理に使うように指示する。これで少しは船の修理も進むだろう。
教授やアリアーヌと相談し、グラトニーワームを素材買取ショップへ持ち込むことにした。所有者のいない星害龍の死骸は、第一発見者の所有になるらしい。
グラトニーワームの死骸を曳航し宇宙ステーションへ向かった。
素材買取ショップに到着し船を出て店の中に入る。カウンターに行って髭面のオッさんにグラトニーワームの買取を頼んだ。
「まさか……お前たちが仕留めたのか?」
教授が笑い声を上げる。
「アハハ……そんな訳ないでしょ。あんなボロ船じゃグラトニーワームが倒せないわ。バリアス号と相打ちになったのを運んできたのよ」
「な、なんだと。バリアス号がやられたのか?」
この情報にはオッさんも驚いたようだ。バリアス号とグラトニーワームの戦いは、小惑星に邪魔をされ観測できなかったらしい。
オッさんは球形の運搬用ロボットを派遣した。死骸は素材買取ショップ内にある解体ルームに運ばれ、素材毎に切り分けられた。グラトニーワームの素材の中で一番高価なものは、龍珠である。
その次がアイアンシェルを射出する器官であるグラトニー管。内部に加速力場を発生させるグラトニー管は、直径五〇センチほどの土管のような形をした象牙質の器官で武器に改造することが可能だ。
他に皮や骨は色々なものの素材になり、肉は高級食材として売れる。
「全部売ってくれるのか?」
おっさんが確認してきたので、ソウヤたちは話し合いグラトニー管と皮と肉の一部を売らずに取って置くことにした。但し、皮は素材買取ショップの施設で鞣してもらう。
皮はお揃いの船員服を作るつもりだ。驚いたことに、高級な船員服は星害龍の革で作られた物が多いらしい。耐久性や衝撃吸収性能に優れた革に汎用型環境調整システムとエマージェンシーパックを付け加え、非常時には簡易宇宙服となるようにするそうだ。裏地には肌触りのいい高機能膜を使うので着心地もいい。
肉は二〇〇キロほど切り分けてもらい、冷凍庫で保存する。三ヶ月くらいは肉に困らないだろう。
その他の素材を売って八二五万クレビットが手に入った。さすが脅威レベル4の星害龍だと、教授は感心する。クレビットを船の口座に振り込んでもらい、ソウヤたちは宇宙ステーションの中に入る許可証を買う。
ここを離れる前に絶対にやっておかなければならないことが二つあった。一つは星間金融口座を作る、もう一つは首に埋まっている調教端子を取り出すことだ。
宇宙ステーションの内部には優秀な医療マシンが備えられている医療施設があり、そこでなら取り出せるのだ。
第一四区に行きシェルビ医療院を訪ねた。シェルビ医療院はホビットのようなケルダー星人が院長をしている医療施設だ。
上等な服を着た小人は、ソウヤたちを見ると鼻を鳴らし少し傲慢な態度で尋ねる。
「誰が患者なのかな?」
「全員です」
シェルビは肩眉を上げ、怪訝そうにソウヤたちを見る。
教授が代表して告げる。
「我々の首に埋まっている装置を取り出して欲しい」
「ちょっと待て。お前たちは下級民なのか。主人に無断で調教端子を取り出すのは違法だ」
教授が代表して返事をする。
「違法ではないのよ。我々の主人であるカエルどもは死んだわ。海賊に殺されてね」
小人が何か思い当たるのか、コクリと頷く。
「サルベージ船に乗っていたのか。ニュースで見た。エジュマ宇宙海賊団に襲われたそうだな」
シェルビが値踏みするようにソウヤたちを見た。
「金ならあるぞ」
モウやんが声を上げる。
「サルベージ船の口座から引き落とすのは無理だぞ。すぐに閉鎖されたはずだ」
「違う。我々は別の口座を持っているの」
教授が地方口座のカードを見せる。
「分かった。一人二〇万クレビットで引き受けよう」
専用の医療マシンがあるなら簡単な手術だ。相場は五万クレビットほどだったはず。弱みに付け込んだボッタクリだったが、他の医療施設を探すのも面倒である。
教授はその値段で了承し、最初に自分が医療マシンに横たわる。教授の身体が自動的に精密検査され、その情報がシェルビのかけているゴーグル型端末に送られ、モニターガラスに表示される。
「よし、手術開始」
医療マシンから麻酔ガスが流され教授が意識を失う。マシンから複数のロボットアームが伸び電気メスで首を切開し、大きな血管近くに埋め込まれている小さな調教端子を取り出した。
小さなボタン型電池のようなものだが、人を殺せるだけのエネルギーが蓄えられている。
調教端子を取り出した傷口は縫い合わされ綺麗に閉じられた。
しばらくすると教授は目を覚まし起き上がる。治癒を促進する薬が注射されているようで治りが早いようだ。
次にアリアーヌが手術を受け調教端子を取り出した。三時間後には全員の調教端子が取り出され、教授がクレビットを支払う。




