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World×World  作者: シクル
七式探偵七重家綱

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World9-1「豹変する人達」

 すっかり夜も更け込んで、人通りのなくなった住宅街を、スーツ姿の小柄な男が歩いていた。

 その様子は明らかにくたびれており、一日の仕事が終わって、やっとの思いで帰路に着いている、といった様子だ。年齢は見た所四十歳くらいだろうか。やっと家に帰れるというのにその足取りはどこか重く、歩幅も狭い。何か帰りたくない理由でもあるのか、とうとう男は溜め息まで吐き始める始末だった。

 どうせ帰ったってロクに出迎えてもらえるわけでもない、というのが男の本音で、妻も娘も最近はどうにも彼を汚物か何かのように扱うことが多い。年頃の娘と段々関係の冷え始めた妻に手を組まれては彼もどうしようもなく、ただストレスを溜め込むことしか出来なかった。

 彼が幼い頃読んでいた漫画の中に、コピーロボットというのがある。コピーロボットは持ち主そっくりの姿に変身し、持ち主の代わりに日常生活をこなしてくれるという優れたロボットなのだが、正に今彼が望んでいるのはそんなロボットだ。妻や娘との会話も、疲れるばかりのサービス残業も全てコピーロボットがこなしてくれれば良いと思ってしまう程、彼の心は疲れ果てていた。

 超能力者であるならば、そんな分身を生み出すことも出来るのかも知れないが、生憎彼は普通の人間だったし、超能力を開発出来る程お金があるわけでもない。科学の進歩によって超能力が解明され、どんな人間でも手術で超能力を開発出来るようにはなったものの、実際そんなことが出来るのは一部の裕福な人間だけだった。

 また一つ、重い溜め息を吐きながら歩いていると、ふと電柱の影に人影があるのが見える。怪訝そうに男が目を凝らすと、その人影はゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

「な、なんだァ……?」

 暗くてよく見えないが、その人影はまるでマネキンか何かのように真っ白で、顔らしきものがまったく見受けられない。恐ろしさよりも好奇心が勝り、男は更にそのマネキンへ近づいていく。

「ほ、ホントにマネキンみてぇな……」

 そう言いながら男がそのマネキンに触れた途端、真っ白だったマネキンの肌が人肌そっくりな色に染まっていく。

 突然の変化に腰を抜かした男の前で、マネキンはどんどん変貌を遂げていき、一分と立たない内に全裸の男性の姿へと変化していた。

「お、お……俺ェ~~~ッ!?」

 更に驚いたことに、そのマネキンの顔も、背丈も、ホクロの位置でさえも、男そっくりだった。





「おいっしいぃ~~~~!!」

 公園のベンチでそんな声を上げながら饅頭を頬張る永久を見ながら、由愛は呆れた様子で溜め息を吐いてた。

「あのね永久、私達は観光に来たわけじゃないんだから少しは緊張感を……」

「でもこれおいしいし!」

「いやだからそうじゃな……もがっ」

 言葉もまともに言い終わらない内に饅頭を口に突っ込まれ、最初は吐き出そうとしていた由愛だったが、普通においしかったらしく咀嚼する内に表情が緩んでいき、ある程度口の中が落ち着いた頃には少し満足そうな笑顔を浮かべていた。

「まあまあ良いじゃねえか。うまかったろ罷波饅頭」

 そう言って由愛を諭す英輔もまた、おいしそうに饅頭を頬張っているのだった。

 罷波饅頭。永久達が訪れたこの世界の町、罷波町のお土産屋で購入したその饅頭は一応この町の名物ということになっているらしく、店員によれば毎日よく売れているんだとか。定期的に十ケース以上買おうとする客が一人いるらしく、大抵は本人の資金不足で買えずじまいらしいのだが、そのくらい気に入る客がいる程度には人気な商品なようだった。ちなみにその客は女性でしかもスレンダーな美人というのだから凄まじい話である。

「ここ最近少しピリピリしてたくらいだから、こうして羽根を伸ばすのも良いんじゃないかしら」

 永久の肩に座ってそう言ったプチ鏡子に、由愛はやや納得いかなげではあるものの小さく頷いて見せた。

「まあ、このくらいの方が永久らしいといえばそうなんだけど」

 満足そうに饅頭を咀嚼する永久を見つつ、由愛は小さく息を吐いた。

 他のアンリミテッドの復活によって、確かに事態は緊迫していたが、だからと言って常にピリピリしているのも精神衛生上よろしくない。こうして休める時にはゆっくり休んでおいた方が良い、というのは由愛も同感と言えば同感だった。

 ただ、隣で緩い表情を浮かべる少女が、ついこの間までアンリミテッドと熾烈な戦いを繰り広げていたと言われればにわかには信じ難いのだが。

「ちょっと、トイレ行ってくるね」

「あ、うん、行ってらっしゃーい」

 席を立ちトイレへ向かおうと由愛が歩き出すと、それについていくようにして英輔が俺も俺もとその後ろを歩き始める。

「何よついてこないでよ」

「うるせえな、仕方ないだろタイミング被ったんだから」

 そんな些細な言い合いを続けながらも結局一緒にトイレへ向かう二人を見ながら、永久は小さく微笑んだ。

「仲良いね、あの二人」

「そうね。だいぶ打ち解けたんじゃないかしら」

 プチ鏡子とそんな会話を交わしながら、永久は出会ったばかりの二人のことを思い出す。今思えば、由愛と英輔は最初からそりが合わず、口喧嘩ばかりしていたように思う。それは今も全然変わらないが、由愛の拒絶するような態度は感じられなくなったし、英輔の方も由愛の罵倒に対して本気で怒っているようには見えなかった。

「仲が良いって良いなぁ……。うん、おいしい」

 かれこれ四つ目になる罷波饅頭を口に入れながら、永久は別々のトイレに入っていく二人の背中を満足気に見送った。



 トイレから最初に出てきたのは、英輔の方だった。トイレから出てすぐ、まるでどこに行けば良いのかわからない、とでも言わんばかりに辺りを見回し始めた英輔に怪訝そうな顔をしながらも、永久はおーいと手を振りながら声をかける。

「どうしたんだろ」

 永久はキョトンとした時には既に、英輔は凄まじいスピードで永久の元へ駆け寄ってきていた。

「え、あ……えっ……?」

 そして素早く永久の隣に座って綺麗に足を組むと、英輔は爽やかな笑みを浮かべて永久の頬にそっと右手で触れた。

「まさかこんな公園に貴女のような美しい花が咲いているだなんて……僕は、僕は今まで君を見落としていたことをとても悲しく思う」

「は、はぁ……?」

 突然の英輔の言動には流石の永久も引き気味で、肩の上ではプチ鏡子が口をあんぐりと開けて英輔を凝視していた。

「君に気付かなかった僕をどうか……どうか許して欲しい。そして君を、僕の手で摘んでしまっても……良いかな?」

「いや、ごめん、意味わかんないんだけど……」

「さあ手を取って。僕と共に歩こう」

 英輔に手を取られ、言われるがままにベンチから立って歩き始めてしまう永久の表情は唖然としていた。もう罷波饅頭のことなど頭から完全に消えており、開けたままの罷波饅頭の箱がベンチの上に置き去りのままだった。

「ねえ英輔一体……」

「オーーーーーーイエーーーーーーース!」

 困惑しながら歩く永久の耳に、突如として少女の奇声が入り込む。

「えっ何……!?」

 見れば、そこにいたのはトイレの入り口で自分の身体をペタペタと触る由愛の姿があった。

「コンナ感動生マレテ初メテデース! アンビリーバボー! ファンタスィック! アメイジング! コレハ日頃ノ行イガ良イ私ヘノ、神様カラノゴ褒美デース!」

「よく知らないけど多分それは違うと思う!」

 思わず永久がツッコミを入れるくらいには不可解な状況だった。

「幼女デス! 最早私ソノモノガ幼女デース! 奇跡デース! 私ハ今奇跡ノ体現者トナッタノデース!」

 何でカタコトなのか全然わからないしとにかく意味がわからなくなってきて、永久は段々考えるのをやめつつあった。

「おやおや、あそこにはかわいらしい小さな花が――」

 不意に、英輔がビクンと肩をびくつかせたかと思うと、今度は右手を頬に当てながらしなを作り始め、永久の肩の上でプチ鏡子をドン引きさせた。

「あら、おいしそうなお饅頭……」

 今まで永久に釘付けだったというのに、今度はベンチに置き去りにされた罷波饅頭へ目を向けて目をキラキラさせた後、素早くベンチに座り込んで饅頭を頬張り始める。

「あらおいしい……。これ罷波饅頭じゃない!」

「あ、あの……英輔……?」

 何故かオネエ言葉で内股な英輔に困惑する永久を、更なる混乱が襲いかかったのは次の瞬間だった。

「あら綺麗な子……。好きよ、貴女みたいに清楚な子……」

 今度は艶かしい仕草で由愛が永久に擦り寄ってきていた。

「ど、どちら様でしょうか……?」

 どう見ても由愛なのだが、明らかに様子が違ってしまっているせいでとうとう永久もそんな質問を投げかけてしまう。

「……全くバカ共が……どうしてこういうことになる」

 ふと目を離している間に、先程まで饅頭を頬張っていたハズの英輔が不機嫌そうな表情でそんな言葉を吐き捨てている。

「一体何がどうなって……」

 永久がそう呟いたのと同時に今度は由愛が肩をびくつかせる。

「由愛、大丈夫!?」

 そう言って永久が由愛へ手を伸ばすと、今度はその手を冷たく振り払われてしまう。

「下民が! 気安くわたくしに触れないでくださいまし!」

「誰……」

 もうついていけなくなったのか、永久はつっこむ気力もなくうんざりした表情でそう呟いた。

「や、やっと見つけたぞお前らー!」

 不意に、こちらへ駆け寄ってきた一人の少女が英輔達を指さしながらそう叫び、その場にいた全員の視線が一気に少女へ集中する。

「何でこんなめんどくさいことになってるんだよもう……!」

 そう言ってうんざりした表情を浮かべた、ショートカットの似合うボーイッシュなその少女の言葉に頷きながら、永久は全くだと言わんばかりに深く溜め息を吐いた。


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