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World×World  作者: シクル
The Legend Of Red Stone

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World7-6「Not alone」

 大剣の切っ先を真っ直ぐに向けるチリーだったが、ヴラドレンの方は余裕綽々と言った様子で、うっすらと笑みさえ浮かべていた。

「聞こえるか、民衆の声が」

「あァ? 何わけわかんねーこと……」

 瞬間、チリーの頭部にぶつけられたのは小石だった。一瞬何をされたのか理解出来ず、キョトンとした顔を浮かべてしまったが、すぐにその表情は怒りに歪む。

「何しやがんだッ!?」

 ギロリとチリーが小石の投げられた方向を睨みつけると、そこにいたのは口元に髭を蓄えた農夫らしき中年男性だった。彼はブルブルと小刻みに震えながら、怯えた表情でチリーを見据えている。

「で、出てってくれ……頼む……」

「な、何を……」

 困惑するチリーへ次々と投げつけられたのは、その場にいた民衆からの罵倒の声だった。

「何もないところから剣を出しやがった! やっぱり悪魔か何かだ!」

「化け物よ……やっぱり化け物だったんだわ……」

「頼むからワシらの島から出てってくれ!」

 罵倒に混じって投げつけられた小石の痛みが、まるで鈍器で殴られでもしたかのようにチリーの中へズシンと落とされていく。そうしてジワリジワリと毒のように全身を駆け巡り、気がつけばチリーの額には厭な汗がジットリと滲んでいた。

 これだ。これを恐れていた。

 力を、異能を、人は恐れる。人を越えた力を、人は常に恐れ、排斥する。

「わかるか。ここは君のいるべき場所ではないということが!」

 チリーは、答えない。

 あんなにもまっすぐだった瞳は地面に落とされ、突きつけていたハズの切っ先はゆっくりと降ろされている。

「さぁ、私と来たまえ。祖国ゲルビアへ戻り、父ハーデン・クライネルトの元へ帰るのだ」

 ゆっくりと。チリーの足がヴラドレンの方へと進む。

 悪魔だの化け物だのと、次々と罵倒がチリーへ叩きつけられる。チリーがこの場に到着する前にヴラドレンが煽りに煽っていたせいで、民衆は既にチリーを「化け物」として認識してしまっていた。

 元々来るべきではなかったのかも知れない。こうなることは目に見えていたハズだった。

 ニシルや、ミラルや、由愛が許容したから何だというのか。

 島はこんなにも狭くて窮屈で、チリーのような猛獣が放し飼いにされていて良い場所じゃないだなんてことは、ずっと前にわかっていたことだったハズなのに。

「ダメ! チリー行かないで!」

 必死に叫ぶミラルの声も、鼓膜を震わせるだけでチリーには届いていないように見えた。一歩、また一歩とヴラドレンに歩み寄っていく姿は、どこかヴラドレンに対して救いを求めているかのようにも見えてしまう。ゲルビアならもしかすると……そんなハズがないのはわかっていても、この島に否定されてしまってはそこに救いを求めることしか出来ないのかも知れない。

 ニヤリとヴラドレンが勝ち誇ったように笑みを浮かべた――その瞬間だった。

「うるッせェんだよこのボケがッ!」

 チリーの拳が、勢い良くヴラドレンの顔面に叩きつけられた。

「ッ……ッッ……!?」

 困惑しながらその場へ尻もちをついたヴラドレンを、チリーは強く睨みつけた。その瞳に迷いはない。真っ直ぐで直情的な瞳は、もう前しか見えていなかった。

「ピーチクパーチクとどうでも良いことを抜かしやがって……ッ! 化け物だの悪魔だの、人を勝手に枠に収めてンじゃねェ!」

 民衆に受け入れられずとも、島全体が否定しようとも、チリーにはもう関係がない。

 チリーがチリーだと認めてくれる人は他にいて、そこにチリーの居場所があって、だからこそ、こうしていられる。もう、チリーには居場所があるから、他の何に弾かれようと、罵倒されようと、そんなものは関係がなかった。

 揺るがない。もう折れない。

「テメエは絶対ェぶっ飛ばす」

 真っ直ぐな剣が、再びヴラドレンに向けられた。




「永久、無事か!」

 ヴラドレンの意識がチリーへ集中している内に、英輔はザシャ、シルフィア、ミラル、そして永久をどうにか十字架から解放し終えていた。

「う、うん、何とか……」

 立ち上がってから永久がそう言うと、英輔は安堵の溜息を吐いてみせる。どうやら落ち着いてくれたらしく、先程のような怯えた様子を永久は少しも見せなかった。

 アレが何だったのか……気にならないと言えば嘘になるし、永久自身ですら覚えていない彼女の過去に関係しているようにしか思えないが、とにかく今は全員が無事でいることを喜びたかった。

「ったく、急に震え出すから心配したぜ……。大丈夫か?」

「うん、いけるよ。それにあの人、多分欠片を持ってる」

「わかるのか?」

 英輔の問いに、永久は小さく頷く。

「これくらい近づけばもうわかるみたい。私、この間の塊でだいぶ力が戻ったみたいだから……」

 化け物に、近づいている。

 そんな思いが胸に浮かんだのを振り払うように首を振って、永久はヴラドレンとチリーの元へと駈け出した。

「私は行くから、英輔はプチ鏡子さんを助けてあげて!」

「おう!」

 駆けて行く永久の背中を少しだけ見つめた後、英輔はすぐに縛られたままプチ鏡子が放置されている机の方へと駈け出した。



 永久がチリーの傍へ駆けつけた頃には、既にヴラドレンは起き上がってチリーを睨みつけていた。その表情に、既に先程までの余裕はない。憤懣やるかたないとでも言わんばかりの形相で、ヴラドレンはチリー達を睨みつけていた。

「私を殴ったな……それも二度だッ! 二度殴った! これはタダじゃあおけない! おけないなァ! えェ!? そうだろ貴様ッ!」

「だったら二回でも三回でも……何回でもブン殴ってやるぜ! 二度とこんな真似、テメエにはさせねェ!」

 そう言って大剣を構えると、チリーは駈け出してヴラドレンへ切りかかった――が、何も武器を持っていないハズのヴラドレンへ大剣を振り下ろした途端、何か硬いものに対して大剣を叩きつけたかのような振動が、大剣を通じてチリーの両腕に伝わってくる。

「――なッ!?」

 見れば、ヴラドレンは右腕でチリーの大剣を受け止めていた。袖からのぞくその手首が、人の肌ではあり得ない、まるで鉛のような色へと変色していることに気がついて、チリーは表情を歪める。

「そんなものじゃあ私は切れない! 切れないなァ!」

 まるで右腕から侵食していくようにヴラドレンの肌は鉛色へと変わっていき、顔まで鉛色へ変わった頃には既に、チリーは警戒してヴラドレンから距離を取っていた。

「アレ……欠片の力だ……!」

 前のように頭痛こそ起きなかったものの、ヴラドレンが身体を変色させた瞬間、永久の中で何かが共鳴するような感覚があった。物的な確証はないが、間違いなくヴラドレンが欠片を持っていて、今その力を使っているのだという確信が、永久の中には生まれていた。

「さあどうする諸君! 硬質化した今の私と戦うのは得策ではないと思うのだが、どうかね」

「だったら……!」

 次の瞬間、永久の身体が一瞬眩い光に包まれる。光が収まった頃には既に永久の手には刀が握られており、ポニーテールに結われた黒髪を舞わせながら永久はヴラドレンへ斬りかかっていた。

「ほぅ、それは東の武器か」

 着ていた服を脱ぎ、上半身裸になりながらヴラドレンはそう言った後、悠然と両腕を広げて永久の刀を受け止めるような態勢になる。そんなヴラドレンの胸を容赦なく永久は袈裟懸けに斬り裂いたが、その手応えの無さに眉をひそめた。

「良い切れ味だな」

「嘘……っ!?」

 確かに永久の刀はヴラドレンの身体を斬り裂いていた。しかし、斬り裂いたのは鉛色になっている表面だけで、ヴラドレンの胸の斬られた部分からは、本来の肌色が覗いている。

 すぐさまそこへ刀をもう一度振り下ろそうとするが、その頃には既に鉛色の部分は再生し、ヴラドレンの身体は再び全身が鉛色に染まっていた。

「さて、この硬さで殴ればどうなると思う?」

 ヴラドレンが拳を握り込みながらそう言ったのと、永久がヴラドレンから距離を取ったのはほぼ同時だった。

「そんな、再生するなんて……!」

 この刀の切れ味を持ってして初めて破ることの出来る装甲だ。ショーテルでは何度叩き込んでもプリセラの時のようにはいかないだろう。大剣や刹那を退けた時のあの姿では一撃の消耗が激しすぎるし、仮にそれで装甲を破れたとしても、二撃目を放つまでの間にヴラドレンの装甲は再生すると見て良い。チリーに止めを刺してもらっても、欠片の回収は恐らく不可能だし、欠片の回収が出来ないということは、欠片の力でヴラドレンは再び起き上がってくることは容易に想像出来た。

「おい……おい!」

「えっ?」

 思索していると、不意にチリーから声をかけられる。

「アンタ、もっかいアイツのあの変な色、元に戻してくれ。そしたら俺が止めを刺す」

「ダメなの、それじゃあアイツ、復活しちゃう!」

「ハァ!? 意味わかんねェよ! どういうことだそれ!」

「ごめんね、説明してる暇、多分ないから……」

 しばらくチリーは納得いかなさそうにポリポリと後ろ頭をかいていたが、やがて小さく息を吐くと、ゆっくりとその場でヴラドレンに対して身構えた。

「だったら俺がぶち抜く。止め、アンタが刺すんだな」

 歩み寄ってくるヴラドレンに視線を据えたまま、チリーがそう言うと、永久は力強く頷いてみせた。

 永久は、この少年を知らないし、話したのも今が初めてだったが、変な信頼感があった。あの目は、やると言ったらやる目だ。ほぼ初対面のような相手だったが、あの瞳は信用出来る。そんな妙な確信が、何故か永久の中にはあった。

「大人しく降伏しておきたまえ! そうすれば君達二人とあそこにいる白い少女は神力使いのようだから、この件は不問にしてゲルビアへ連れて帰ってやろう。悪いようにはせん」

「誰が降伏なんざするかよ……。ひれ伏して吠え面かくのはテメエの方だッ!」

 チリーの構えは、刺突の構えだった。

 真っ直ぐな切っ先が、真っ直ぐな視線と重なる。しかし捉えるのは目の前のヴラドレンではなく、その先にある――勝利。

 感覚を一つに。

 剣と一体に。

 そこに在るのは、唯一無二の剣。

 既に、大剣からは神力が漏れだしていた。

「見せてやるよ……これが……これがッ!」

「来なさい。受け止めよう」

 余裕に満ち満ちていた表情を、ヴラドレンは次の瞬間歪めることになる。何故なら――

「これが俺のッ! つるぎだァァァァァァァッッッ!!!」

 大剣からチリーの後方へ向けて放たれた神力が、凄まじい勢いで剣を構えたチリーをヴラドレンの方へと押し出したからだ。

「――――ッ!?」

 滂沱たる神力が放出され、チリーの剣は勢い良くヴラドレンへ直撃する。しばらくはその硬質化した身体でチリーの大剣を受け止め続けていたが、止め処なく放出される神力の勢いに次第に押し負けていき、気がつけばヴラドレンの身体には亀裂が走っていた。

「ば、馬鹿な……こんな規格外の神力……本当に化け物かッ!?」

 そんなヴラドレンの言葉に、チリーはフッと笑みを浮かべる。

「違うな! 俺は俺だッ! チリーだ! 文句あるかこの野郎ォォォォォッ!」

 そして次の瞬間には、ヴラドレンの身体中に貼り付いていた鉛色は、音を立てて砕け散っていた。

「今だッ!」

「うんっ!」

 チリーの合図に答え、永久はすぐさま駆け出すとヴラドレンの胸に素早く日本刀を突き刺した。

「がァッ……!」

 呻き声を上げながらヴラドレンが血を吐いた頃には既に、チリーは神力の放出をやめてその場に佇んでいた。

 永久が日本刀を引き抜くと、ヴラドレンはゆっくりとその場へ仰向けに倒れ込む。その身体が薄っすらと光を放ち、やがてその光が一点へ収束するようにして集まると、そこから小さなビー玉の破片に似た、光る欠片が弾き出される。

 永久はそれをキャッチすると、強く握り込んで確かめるように頷いた。

「ありがと」

「おうよ」

 その場でお互い微笑み合った後、まるで最初から申し合わせていたかのように息を合わせてその場でハイタッチをした。

 そんなチリーを、ミラルとニシルは見つめていた。ミラルの方は目に涙を浮かべており、今すぐにでも傍に駆け寄りたいのを必死に耐えているかのように見える。

 きっと、会いたかったのだろう。責任を感じていたのかも知れない。自分のせいでチリーが孤独を選んでしまったのかも知れない、と。

 そんな少女が、チリーはたまらなく愛おしく感じる。ミラルも、ニシルも、ずっと信じていてくれた。ずっと待っていてくれた。信じなかったのは、逃げ出したのは自分の方だったから、それが心から申し訳なくて、どんな顔をすれば良いのかよくわからない。

 そんなチリーの肩を、いつの間にか傍まで歩み寄っていた由愛がそっと叩いた。

「ほら行きなさいよ。アンタの居場所でしょ、あそこ」

「……ああ」

 そう、短く答えて、チリーはミラル達へ視線を向けた後、すぐに二人の傍へ駆け出していった。

「チリー!」

 ある程度距離が縮まった時点で、勢い良く飛びついてきたミラルを、チリーはしっかりと受け止める。

「おかえり……おかえり……チリーっ……!」

「……ただいま」

 胸に顔をうずめて泣きじゃくるミラルの背に、そっとチリーは腕を回した。



 そんな様子を遠目に見ながら、由愛は安堵のため息を小さく吐いて見せる。

「あるのよ、アンタには居場所が」

 そう言ってどこか羨ましそうに微笑んだ由愛の頭に、ポンと優しく永久の手が乗せられた。

「由愛にもね」

「……なわけないでしょ、私は探してる途中なの」

 ぶっきらぼうにそう言った由愛にはいはい、と答えて、永久は屈託ない笑顔を由愛に向けた。

「おかえり、由愛」

「……ただいま」

 そっぽを向いたままそう答えて、由愛は頬を赤らめた。


 おかえり、ただいま。そこにきっと、居場所はある。









 チリーと永久によって撃破されたヴラドレン・アレンスキーは、それから半日眠り続けた後すぐにゲルビアへと逃げ帰った。これから国王であるハーデンにあることないこと吹き込んでテイテスへ何かしら仕掛けてくるであろうことが予想され、テイテス城ではそれらへの対策について日夜議論されている。チリー達には何の罪もないことが証明され、島の人々も少し躊躇う様子ではあったが、チリーを受け入れる形になり、もう彼が森の中で暮らす必要はなくなった。そのため、今はニシルの家でザシャに面倒を見てもらうことになっており、まだ問題こそ残るものの、とりあえずある程度は解決した、と見て良いだろう。

 ヴラドレンを倒した後、事の経過をしばらく見守ってからすぐにこの島を出ようとした永久達だったが、どうしても明日渡したいものがあるからもう少しだけいて欲しい、とミラルとニシルに懇願され、とりあえずもう一泊だけ彼らのお世話になることになった。

 そして翌日、永久達は貿易船にこっそり乗り込んで島から移動する、という口実で路地裏へ戻ることにし、正午には全員が港へと集まっていた。

「探しもの、もう良いの?」

 そう問うたミラルに、永久はうん、と頷いてみせる。

「あの領主から出た光る欠片があったでしょ? アレを探してたんだ」

「そっか……」

 残念そうに肩を落とすニシルとミラルだったが、すぐにあ、そうだ、とミラルは右手に持っていた袋から何やらごそごそと取り出し始めた。

「はい、これ」

 そう言ってミラルが差し出したのは、ミラルやニシルがつけているものと同じ腕飾りだった。

「渡したいものってこれだったのか!」

「そゆこと。これ、僕らの仲間の証みたいなものなんだ。エースケもトワももう仲間じゃん?」

 そう言って笑ったニシルに笑い返した後、英輔とニシルは熱く握手を交わす。

「あら、私のもあるのね」

 ひょっこりと永久のポケットから顔を出し、永久の肩まで登ったプチ鏡子には、プチ鏡子サイズの腕飾りが手渡された。サイズのせいかプチ鏡子用のものが一番作るのが難しかったらしい。

「ありがとう、ミラル、ニシル」

「うん、また会おうね」

 そう言って永久と握手を交わした後、ミラルは後ろで居辛そうにしているチリーの袖を引っ張り、前に出るようへ促す。

「ほら、早くしなさいよ。渡すんでしょ」

「お、おう……」

 照れくさそうにそっぽを向きながらチリーがポケットの中から取り出したのは、ミラルが永久達に渡したものと同じ腕飾りだった。しかし、使われている貝殻こそ同じようなものだったが、永久達のものと違って貝殻の種類がバラバラで(永久達のものはある程度統一されている)、どこか歪な形になっている。

「……ほら」

 ぶっきらぼうに差し出されたその手は、由愛へと向けられていた。

「え、あ……私……?」

「おう。ほら、早く受け取れっつの」

 そっぽをむいたまま頬を赤らめてそんなことを言うチリーの手から、そっと由愛は腕飾りを受け取る。

 その形は歪だったけれど、きっとそこにはチリーなりの感謝の気持ちが込められていた。それがどうしようもなく嬉しくて、そっとそれを握り込んだ後、由愛は自分の右手首に腕飾りをつけて微笑した。

「ありがと……」

「おう」

 そんな二人のやり取りに、一同は頬を綻ばせた。









「いったいわね! ちゃんとやんなさいよちゃんと!」

「ちゃんとやってんだろ!? 大体何で肩もみなんだよ!」

「うっさいわね、良いからちゃんとやんなさいよバカ!」

「お前な、あんま人のことバカバカ言ってんじゃねえ!」

「バカはバカでしょ。ほらさっさともみなさいよ」

 路地裏へ戻り、客室ゲストルームへと戻った由愛が最初に英輔へした要求……つまり例の件の埋め合わせは「肩もみ」だった。

 凝っているのかどうかはわからないが、とにかくちゃんと肩をもめば許してあげるわ、とのことらしく英輔もその程度なら、と意気込んで肩をもみ始めたのだが……

「だっからそこは痛いって言ってるでしょ何回言わせんのよ!」

「うるっせー! そんな些細な違いわかるかっつーの! っつか痛い方が効いてんだよ!」

「ハァ!? あり得ない! 効いてる痛さじゃなくてただ痛いだけの痛さよアンタのは! 下手くそ! だからアンタバカなのよ!」

 この有様である。

「喧嘩も程々にね……」

 呆れ笑いに近い表情を浮かべて永久はそう言って、つけている腕飾りに目を落とす。

 これからきっと、チリー達は様々な困難に遭うことになるだろう。復讐に来るかも知れないヴラドレンのこともそうだし、いつまたチリーのような力を持つ人間が虐げられるかわからない。

 それでも、それでもきっと、あの三人は乗り越えていくのだろう。

 あの真っ直ぐな瞳が見据えるのは、目先の困難よりも、その先にある未来なのだから。

「頑張ってね」

 呟くようにそう言って、永久は目を閉じて三人の顔を思い浮かべた。





 客室で休息を取った後、永久達はすぐに次の世界へ旅立つことに決めた。

 既に鏡子はゲートを開いておいてくれたようで、既に空間の裂け目は出現している。

 その向こうに見えるのは夕暮れの病室で、窓の傍には一輪の花が植えられた花瓶が置いてある。花について永久は詳しくなかったが、その花がローズマリーだということは、あまり花に詳しくない永久にも辛うじてわかった。

「それじゃ、行こっか」

 永久の言葉に二人は頷き、先に一歩踏み出した永久の後に続くようにして裂け目の向こうへと踏み出した。


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