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World×World  作者: シクル
The Legend Of Red Stone

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54/123

World7-3「Man of the slums」

「……寒い」

 肩を小さく震わせながら、薄い毛布にくるまって由愛はそう呟く。今まで客室ゲストルームのふかふかしたベッドに慣れてしまったせいもあり、チリーの小屋にある薄い毛布ではどうしても心もとなく感じてしまい、床についてから体感時間でかれこれ三十分程経っているハズなのだがどうにも寝付けない。それにまだ、チリーに対しての警戒は解いておらず、緊張感を保ったままでいるせいで余計寝苦しい。

 永久や鏡子や、今となっては英輔でさえもが恋しい。あの時カッとなって英輔から離れてしまったことをあれから何度も悔やんだが、今更どうしようもない。独りがこれ程心細いのだということを、もう随分長いこと忘れてしまっていたような気がした。

 暗いのも、寂しいのも、いつも通りだったハズなのに。

「……火、つけるか?」

 どうやらまだ起きていたらしく、ややぶっきらぼうにチリーは由愛の方へ顔を向けずに言ったが、由愛はいい、と短く答えた。

「……ねえ」

「ンだよ」

「この小屋、アンタが作ったの?」

 由愛のその問いに、チリーはしばらく答えなかった。ゆっくりと静寂が広がっていき、やがて小屋いっぱいに静寂が充満した頃になってやっと、チリーは口を開いた。

「親父だ」

「お父さん?」

「いや、親父って呼べって言われててそう呼んでるだけで、赤の他人だ」

 そう言って、すぐにチリーは言葉を続ける。

「アイツ、『俺達の隠れ家だ!』とか抜かしながら、半年くらいかけてわざわざ町から材料運び込みながらここにこんなモン建てやがったんだ」

 建てやがった、と言いながらもその表情は懐かしげに緩んでいたが、仰向けになっているチリーの表情は由愛には見えない。

「アイツ狩猟が趣味でさ、たまにこの小屋に二人で来て数日泊まって連日狩りに明け暮れてた。ここにあるモンは皆、親父が用意したモンだ」

「その人、今はココにいないの?」

 その由愛の問いにチリーが答えるまで、数瞬の間があった。

「死んだよ」

 そう答えて、チリーはゴロリと寝返りをうって由愛へ背を向けた。

「……ごめん」

 いつもの様子からは想像もつかないようなしおらしさで由愛はそう言ったが、チリーは背を向けたまま気にすんな、と答える。

「流れ着いた他所モンの俺を拾って育てるような物好きは、多分この島じゃアイツだけだろー……な……」

 眠そうにあくびをしてそう言った後、チリーはもう一度由愛にもあくびをしたことがわかるくらいに大きくあくびをした。

「流れ着いた他所モンって、アンタ元々この島の人じゃないの?」

 由愛はそう問うたが、チリーは答えない。もしかすると触れてはいけない質問だったのかも知れない、と思ったが、すぐに寝息が聞こえ始めて由愛は小さく溜息を吐いた。

「……寝ちゃうし」

 ぼやくようにそう言って、由愛はそっと目を閉じる。今度は、すぐに眠りにつけそうな気がした。





 自分達がどれだけ客室ゲストルームで恵まれた寝泊まりをしていたのか、ということをここ数時間で永久は嫌という程思い知った。ゲートを開くのに、鏡子はかなりのエネルギーを消費するためそう何度も開閉出来るわけではないため、寝食だけ客室で、というわけにはいかず、また、鏡子はプチ鏡子と一度リンクすると、負荷をかけずにリンクを切断するのにある程度時間がかかってしまうらしく、プチ鏡子として活動している間は門を開くことが出来ない。結果、永久も英輔も旅立った先の世界でその日の宿を探さざるを得なかった。

 結局あれから由愛も、チリーという少年も見つけることが出来ず、永久はミラルの家へ、英輔はニシルの家へ泊めてもらうことになった。どうやらこの世界は永久や英輔が思っていた以上に古い時代のようで、その上ミラルの家の生活(恐らくニシルの家も)は決して裕福とは言えなかった。商人として小商売をしているらしいミラルの母親、シルフィアは永久をミラルの友人として快く迎え入れてくれ、パンとスープを振舞ってくれたが、商売の方はうまくいっていないのかどこか疲れた顔をしているように見えた。主人を早くに亡くしたシルフィアは、女手一つでミラルを育てているらしく、相当な苦労をしているのだろうことは永久にもすぐ察することが出来た。

 家に風呂はなく、シルフィアの話によればシルフィアの所属している商人ギルドに風呂屋はあるらしいのだが、毎日風呂屋へ行くような習慣はないようで(そもそもお金に余裕がないらしい)、風呂もシャワーもないまま永久はミラルの父親が使っていたらしいベッドで眠りにつくことになった。

 隣のベッドでは既にシルフィアがすぅすぅと寝息を立てており、その向こうのミラルもぐっすりと眠り込んでいる。

 身体がべたついて気持ち悪いと言えば気持ち悪いのだが、贅沢も言えない。

「由愛、大丈夫かな……」

 小声で永久がそう言うと、いつの間にポケットから出てきていたのか、永久の目の前で座り込んでいるプチ鏡子がそうね……と不安げに答えた。

「一応あの子も戦えなくはないし、死ぬようなことはないと思うのだけど……」

「でも万が一ってこともあるし……」

 そう言って、永久は小さく溜息を吐いた。

「とにかく、今は寝て明日に備えなさい」

「うん、そうする……」

 おやすみ、と小さくそう言って永久は目を閉じたが、どうにもまだ眠れそうにない。枕が変わると眠れないわけではないが、由愛に対する心配や今までの世界とは違い過ぎる環境が永久の睡眠を妨害する。だが、あれこれ考え込んでいる間に思考は薄ぼんやりとし始め、気がつけばまどろみ始め、いつの間にかぐっすりと眠り込んでしまっていた。









 スラム出の成り上がり貴族であるヴラドレンは、最初こそこんな辺境の地へ飛ばされたことを不服に思っていたが、こうして座り心地の悪い玉座に座ってスラムにいた頃の自分より上にいた人間を跪かせることの心地良さに気がついて、この島の領主も悪くないと思いつつあった。だが、まだ足りない。まだこの程度ではヴラドレンの欲望を叶えるには至らない。スラムでの生活とは真逆の生活を送るためには、まだまだこの程度では足りない。地位も、名誉も、金も、生まれた時から何も持たなかったヴラドレンにとって、それらに対する渇望は絶えることを知らない。ヴラドレンの頭の中を駆け巡るのは、こんな島で終わらずに更なる出世を遂げ、行く行くは大陸全土の人間を自分の目の前で跪かせる手段のことばかりだった。そのためなら、いずれ討たねばならないゲルビアの王へ一時的に媚び諂うことも厭わない。

 このテイテスの領主をヴラドレンが任せられる際、二つの命が与えられた。当然ヴラドレンはソレを完遂するつもりだったし、どんな手段を使ってでも手柄を立てたいと心底思っている。一つは領主としてテイテスを治めること、そしてもう一つは―― 

「ヴラドレン様、五年前にこの島へ白髪の少年が流れ着いた、という記録がございました」

 玉座の前で跪き、そう告げるアグライを見下ろし、ヴラドレンは不敵な笑みを浮かべる。

「白髪……そうか、白髪か……」

 ヴラドレンの脳裏に浮かんだのは、母国ゲルビアの国王、ハーデン・クライネルトの長い白髪だった。

「これは間違いない、な……」


 もう一つの命は、ゲルビア帝国から逃げ出したハーデンの息子、チリー・クライネルトを見つけ出し、帝国へ連れ帰ることだった。









 朝方、町の中を散歩するのはニシルの日課であり、趣味でもあった。まだ薄っすらと暗い町並みはいつもと違って少し物寂しくて趣があるように思えたし、特にメインの市場になっている町の中央にあたる国王像跡地(元々テイテス国の国王の像が設置されていたが、ゲルビアの領土になった際に取り壊された)は露店の準備をする商人以外にほとんど人がおらず、せっせと朝早くから店の準備をしている商人達を見るのもニシルは好きだった。

 ミラルの母親であるシルフィアは商人で、露店で服屋を営んでおり、彼女もまたこの時間帯には場所取りと準備のためにいち早く国王像跡地へと訪れている。

 いつも通りシルフィアに挨拶でもしようとシルフィアの姿を捜していると、不意にニシルは後ろから声をかけられる。その声の主は捜していたシルフィアその人だったのだが、どうもその様子はいつもと違っていて、何やら焦っているようだった。

「どうかしたんです?」

「ニシル君、これ……」

 そう言って、シルフィアがニシルへ差し出したのは一枚の大きめの紙で、ニシルはその紙の内容に目を通した途端息を呑んだ。

「な、何だよ……これ……」

「ギルドからの伝言で回ってきたんだけど、この子って……」

 大きく描かれている似顔絵は、白髪でボサボサの長髪をした少年で、ニシルのよく見知っている……それもここ数ヶ月ずっと捜し続けていた顔だった。

「ち、チリーじゃないか……何で……!」

「この子を見つけ次第、城まで連絡するようにって伝言があったんだけど……この子ってニシル君やうちのミラルの友達じゃない……?」

 細部が多少違ってはいるが、この島の中でこのような風貌をしているのはニシルとシルフィアの知る限りでは恐らくチリーだけだ。そもそも白髪の少年、というのが珍しいのだから、白髪で描かれている時点でもうチリーのことを描かれているようなものだと言ってもニシルとしては過言ではない。

「ごめんね、ちょっとこれ次の人に回してくるから……」

 そう言って去って行ったシルフィアの背をしばらく見つめた後、ニシルはこうしちゃいられないとでも言わんばかりに走りだした――が、正面に現れた男に正面からドスンとぶつかり、ニシルはその場に尻餅をついた。

「……ってて、ごめんなさ――」

 言いかけ、ニシルは言葉を失う。

 目の前に仏頂面で立ちはだかっていたのは、テイテス城で領主に仕えている、プレートアーマーを身に纏った兵士の一人らしき男だった。

「どこへ行くつもりだ」

「ちょ、ちょっとそろそろ帰ろうかなーなーんて……」

 場を和ませようとややおどけた様子をニシルは見せたが、兵士の方は依然として仏頂面のままで、ニシルの作り笑顔をわかりやすく引き攣らせた。

「今あの女が見せた絵の少年の居所に、心当たりがあるのだな?」

「いやーどーだったかなー……見たことあるよーなないよーな……」

 事実、ニシルはチリーの居場所など知らない。そもそも今から森へ向かって捜し出そうといきり立っていたくらいなので、知るはずもない。しかし、兵士の方はニシルがチリーの居場所を知っているのだと思い込んでいるようで、今にも掴みかからんばかりの表情で尻餅をついたままのニシルを見つめている。

「は、ははは……」

 笑って誤魔化そうとするが引きつった表情は緩まない。今逃げ出そうとしてしまえば、兵士の方は間違いなくニシルがチリーの居場所を知っている、と判断するだろうし、そもそも逃げ出そうとしなくたって、向こうがそう思い込んでいるようなのだからどうしようもない。

 万事休すか、とニシルが心の中で呟いたその時、カツンという音と共に兵士の兜に石ころが直撃した。

「誰だ石を投げたのはッ!?」

 兵士が振り返った先にいたのは、キッと兵士を睨みつけるシルフィアだった。

「ニシル君逃げて!」

「あ、ありがとうシルフィアさん!」

 言いつつ、慌ててニシルは兵士の止める声も聞かずにその場から一目散に逃げ出した。

 薄情に見えるかも知れないが、今はこうするのが一番だったし、何よりシルフィアが無理矢理作ってくれたチャンスを逃して二人共が捕まってしまえば元も子もない。シルフィアの気持ちを汲むなら、心苦しくともここで逃げ出すのが最善だとニシルは判断した。

 ――――ごめん、シルフィアさん……ッ!


 ニシルがその場から逃げ出し、兵士の手から逃れて数十分後、シルフィアは反逆罪で兵士達によって捕らえられた。


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