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World×World  作者: シクル
ぐらとぐら

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World4-5「世界の害」

 ゴクリと。生唾を飲み下す。

 じっとりとした気持ちの悪い汗が首筋を流れるのを感じて、永久は表情を強張らせた。

 今確かにこの女は、永久に対して死んでもらいます、と、そう告げた。淡々と、驚くほど平坦な調子で紡がれるその言葉は、まるで少しも感情がこもっていないかのようで、機械から発せられる合成音声のようにすら感じられた。

 本当に何も感じていないのか、それともうまく押し殺しているのか。

 どちらにせよ、永久にはその女のそう言った淡々とした口調や、何の表情も映さないのっぺりとした表情が気味悪く感じられた。殺されるかも知れないことよりも、恐らく、何の感情もないかのように振る舞うその女の薄気味悪い態度のせいで、嫌な汗をかいたんじゃないかと感じてしまう程に。

 それに、殺意を向けられるのは慣れている。

 ――――あれ……私、いつ慣れたんだっけ……?

 デジャヴじみたその感覚を、訝しんでいる時間は永久にはない。銃口はしっかりと永久へ向けられ、既にその指先は引き金へとかけられている。

「貴女……次元調停官ね」

「桧山鏡子、やはり関わっていましたか」

 やはり平坦な調子で、女はプチ鏡子の言葉に答えた後、語をそのまま継ぐ。

「やはり境界は我々の手によって管理するべきだということが証明されましたね。まさかアンリミテッドに加担しているとは」

「境界の管理なんて、別に好きでやっているわけじゃないわ。やりたければ勝手にやってくれれば良いじゃない」

 アレがどうにか出来るならね、とプチ鏡子はそう付け足し、薄く笑みを浮かべた。

「我々次元調停官の目的はただ一つ、異なる次元と次元の調和を保ち、次元間で起きる問題を未然に解決、処理すること。境界やアンリミテッドの力によって次元間を移動されるのは我々にとっては迷惑以外の何物でもありません。よって――」

 一息ついて、ついに女は感情のこもっていなかった瞳に少しだけ怒りの色を宿し、永久とプチ鏡子を睨みつける。

「桧山鏡子、アンリミテッドクイーン坂崎永久、私には貴女方を抹殺する権利と義務があります」

 女がそこまで言ったところで、今まで唖然としていた永久はやっとのことで口を開いた。

「ちょっと待ってよ! 抹殺だなんていくらなんでも急過ぎる!」

「アンリミテッドの存在は次元を歪めます」

 ピシャリとそう言い放ち、女は更に鋭く永久を睨みつける。


「貴女の存在そのものが世界にとって害だという自覚が、貴女にはありませんか?」


 そんなことは、と言いかけて、永久は口ごもり、その顔を俯かせた。

 自分が飛び散らせてしまった欠片が、様々な世界に害を及ぼしている。強い感情に反応した欠片が、その世界には存在しなかった力を与え、暴走し、世界のバランスを崩していく。死を、悲しみを、絶望を撒き散らすコアの欠片を飛び散らせてしまった張本人である自分が、世界の害ではないと断言出来る理由がどこに存在するだろうか。

 浅木優の手を汚させてしまったのも、戦いの中で英輔の父親が死んでしまったのも、神宮羅生が今のような状態にあることも全て――

「欠片の……せい……?」

「理解、出来ましたか」

 そう言うやいなや、放たれた弾丸を、永久は咄嗟に回避する。すかさず永久は身構えるが、その頭目掛けてすぐに次の弾丸が放たれる。

「だったら……っ!」

 身を屈め、紙一重で弾丸を避けると同時に、永久の身体が眩い光を発し始める。

「目眩まし……」

 目を右腕で覆いつつ女はそう言い、光が収まると同時に両目を晒す。するとそこには、先程までとは違った姿をした永久が身構えていた。

 いつの間にか服装は剣道の道着のようなものに変わっており、どこから取り出したのか日本刀を両手で握りしめて構えている。それがアンリミテッドクイーンの能力の一つであると女が気づくのには数秒とかからなかった。

「ある程度は力を使えるようですね」

 淡々とそう告げ、まるで所作の一つでもあるかのように平然と、女は永久に銃口を向けて引き金を引いた。

「――見えたっ!」

 高速で迫る弾丸目掛けて――一閃。永久の薙いだ刀は、見事に弾丸を切り裂き、その残骸を無残に地面へと転がらせた。

「…………」

 それに対して女は驚くような素振りも見せず、まるで試すようにして二回、三回と引き金を引くが、放たれた弾丸は全て永久の刀によって防がれていく。

「ねえ、少し話し合おうよ! 抹殺なんてしなくたって、もっと平和に――」

「では」

 永久の言葉を遮るようにして女はそう言うと、腕に装着されている機器を操作し始める。特撮ヒーローの変身アイテムにどこか似ているが、そのデザインはとても簡素なもので、見た目よりも機能性やコンパクトさを追求しているようにも見える。女が操作を始めてから数秒と経たない内に、女の背後に空間の裂け目が出現し、女は素早くその裂け目の中に両手を突っ込んだ。

「何を――」

 言いかけ、永久は女が裂け目の中から取り出したソレを見て絶句する。

「これならどうでしょう」

 永久は、銃火器には詳しくない。

 そもそも興味なんてなかったし、先程女が持っていた銃もただの銃、としか永久の目には映らず、詳しい名前だとか性能だとかは全くわからない。しかしそんな永久でも、今女が両手で持っている銃が、「ただの銃」としか永久の目に映らなかった先程までの銃より数段危険なものである、ということくらいはわかる。

 いくら今の姿の動体視力がズバ抜けていたって、あんなものはきっと防げない。

「嘘でしょ……!?」

 身震いしながら永久が見つめたソレは――アサルトライフルだった。

「避けられますか?」

 冷たい声で紡がれた言葉が、銃口と共に永久に向けられる。永久が寒気を感じる暇もなく、その引き金はいとも容易く引かれた。

「――――っ!」

 次の瞬間、再び辺りを眩い光が包み込んでいく。それに対して、女は目を閉じたが引き金は変わらず引いたままで、フルオートで発射されるいくつもの弾丸が辺りに硝煙を立ち込ませた。



 やがて光は収まり、女のライフルが弾丸の射出を止めた。

 辺りに立ち込めていた硝煙は徐々に消えていったが、クリアになった女の視界に目標ターゲットは存在せず、女は小さく息を吐いた。

「逃げましたか……」

 そう言って、女は能面のように無表情だった顔をほんの少しだけ訝しげに歪めた。

 次元調停官は、次元管理局によって開発された次元歪曲システムを用いて次元間を移動する。今、女は――下美奈子くだりみなこは永久の前に姿を現す前、次元歪曲システムを使って周囲に一種の隔離フィールドを展開することで、美奈子と永久の周囲の空間だけをこの世界と隔離していた。

 それ故に、美奈子は辺りの住民に構わず銃を使うことが出来たし、アサルトライフルのような周囲に被害を及ぼしかねない武装を使用することが出来た。が、坂崎永久はその隔離フィールドの中を、難無く抜け出して見せたのだ。

「アンリミテッドの力、ですか」

 アンリミテッドは、美奈子のようにシステムを利用しなくても単体で次元間を移動することが可能だ。坂崎永久はアンリミテッドクイーンとしての力を、コアの欠片の喪失によって失っており、まだ次元間の移動は不可能だろうと美奈子は高をくくっていたのだが、どうやらそれは違うようで、まだ世界を移動することこそ出来ないにしても隔離フィールドのような疑似的な世界なら容易く抜け出せるくらいには、坂崎永久のアンリミテッドクイーンとしての力は戻っている、ということらしい。

「やはり、早く抹殺しなければ」









 黒いツインテールを揺らしながら、永久は白凪旅館の前で息を切らしていた。

 一日に二度もこの姿による高速移動を使うことは、永久が思っている以上に身体へ負担をかけてしまうらしく、塀にすがっていなければ今にもその場へ座り込んでしまいそうな程に、永久の身体は疲労していた。

「永久、貴女大丈夫なの……?」

 肩に乗ったプチ鏡子の問いに、永久は小さく頷いて答える。

「何とか……逃げ切れたみたいだけどっ……!」

 ――――貴女の存在そのものが世界にとって害だという自覚が、貴女にはありませんか?

 存在そのものが、害。

 胸に重くのしかかったその言葉が、どこか懐かしかった理由が、まだ永久にはわからなかった。





 数時間後、永久達と詩織は再び白凪旅館の一室に集まっていた。

 まだ、永久に襲い掛かった謎の女性については由愛達に話しておらず、彼女のことを知っているのは永久とプチ鏡子だけだ。彼女についてはいずれ話さなければならないのだが、今優先するべきは欠片を持っている神宮羅生のことである。

「やっぱり私、羅生君に直接会うべきだと思う」

 改めて永久がそう言うと、英輔がコクリと頷いた。

「アイツと、やっぱり戦うのか?」

 英輔の問いに頷いて、永久はそのまま口を開く。

「羅生君は欠片を持っているから、どっちにしたって私はそれを回収しないといけない。それに今は……」

 ――――消えろ……消えろッ!

 ――――アンタが……っ! アンタさえいなければ山木君はっ!!

 脳裏を過ったのは、前の世界で出会った欠片の力に飲み込まれてしまった二人のことだった。

「何を言ったって、ダメだと思う」

 欠片の力は、感情を暴走させる。届かない言葉なんてないと思いたいけれど、欠片の力による暴走は、他者の言葉を、想いを、拒絶してしまう。

 悲しいことだが、今永久が羅生に出来るのは、刃を向けることだけだった。









 暗い室内に、その少女は立っていた。

 黒いショートボブも、紺色のセーラー服も、その闇の中に溶け込んでいるかのように見える。

 そんな少女に――坂崎刹那に背後から迫るものがあった。

「ハッ……ハッ……」

 ソレは息を荒く吐き漏らしながら、ゆっくりと刹那へと迫っていく。刹那はそれに気づいてはいたが、あえて何の対応もせずにその場へ悠然と立っていた。

「永久、気づいてくれたかしら……」

 クスリと刹那が笑みをこぼしたのと、その手にショートソードが握られたのはほぼ同時だった。

「アァァァァァッ!」

 刹那の背後にいたソレは、長い髪を振り乱しながら永久へと掴みかかったが、刹那は身を屈めてそれをかわし、素早く振り返ってショートソードをソレへ躊躇なく突き刺す。

「カッ……アッ……」

 叫びにならない断末魔を漏らしながらソレは――女はその場へドサリと倒れ込む、と同時にその身体を薄らと輝かせ、やがて小さな欠片を身体の中から弾き出す。

「気づいてくれてると良いな……」

 刹那は弾き出された欠片を拾い上げ、満足げに笑みをこぼした。

「あ……あぁ……」

 欠片を弾き出した女は、刹那の足元でピクピクと震えている。刹那はそれを大して興味もなさそうにチラリと見た後、静かにショートソードを女に対して突き刺した。

 命が、消える。

 その瞬間の刹那は、随分と愉悦に満ちた表情を見せていた。

「私からの……欠片のプレゼント♪」

 そう呟いて、刹那はゆっくりとした歩調でその場を後にした。


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