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World×World  作者: シクル
The end of journey

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World15-5「一人じゃないから」

 何だか聞き覚えのある音楽が耳の中に溢れている。耳にはちょっとした圧迫感があり、まだ思考のぼやけた脳ではそれが何なのかすぐには理解出来なかった。

 そっと右手で耳に触ると、プラスチックのような質感が伝わってくる。イヤホンだな、と気付いて永久はそれをそっと外した。

 何だか頭がぼんやりしている。どうやら机に突っ伏したまま眠ってしまっていたらしい。キョロキョロと辺りを見回してそこが自室だと気がつくと同時に、部屋のドアが小さくノックされる。

「あ、えっと、開けていいよー」

 ガチャリとドアが開いて、中に入ってきたのは着流し姿の初老の男性だ。

「十郎さん……」

「……もしかして寝てたんじゃないのか? 夕飯出来たぞって、さっきから何度も呼んでるだろう」

 少し呆れたようにそう言う男性……十郎に、永久は困ったような笑顔を向ける。何だか長い夢を見ていたようで、まだ少しぼんやりしたままだ。

「ふふ、ほらね、やっぱり寝てたじゃない」

 続いて部屋に入ってきたのは、永久そっくりな顔をした少女だった。紺色のセーラー服も、長い黒髪も、白いカチューシャも含めて全て同じで、まるで鏡を見ているかのようだった。

「……刹那」

 少女の名を呟いた瞬間、永久の頬を一筋の雫が流れる。自分でもよくわからないまま、永久はその場でポロポロと涙を流し始めた。

「永久?」

「ちょっと、大丈夫!?」

 怪訝そうな顔の十郎を押しのけるようにして刹那は永久へ駆け寄ると、心配そうにその顔を覗き込む。

「どうしたの!? 泣いてるじゃない、何か悲しい夢でも見てたの?」

「あ、うん……よくわからないんだけど、多分」

 言いつつ、刹那に説明しようとして永久は夢の内容を反芻する。本当に、長い長い夢だったように思う。夢の中で全く別の人生を歩んできたかのような、そんな夢だ。

「夢で……私ね、刹那と沢山喧嘩して……それで、十郎さんも、死んじゃって……」

 話している内にまた悲しくなってきて、永久の涙は勢いを増していく。そんな永久の目を、刹那はそっとセーラー服の袖で拭った。

「ただの悪い夢よ。私と永久が喧嘩するなんて、今までほとんどなかったじゃない」

「あ、でもこないだ私が刹那のプリン間違えて食べちゃった時は怒った癖に……」

 気持ちも落ち着いてきたのか、永久が茶化すようにそう言うと、刹那は恥ずかしそうに頬を赤らめて顔をそむける。

「わ、悪かったわね……。楽しみにしてたから……つい」

「ハハ、プリンくらい今度いくらでも買って来るって! あんなスーパーのプリンじゃなくて、今度は駅前の菓子屋に買いに行こう」

「「ほんとに!?」」

 目に見えてテンションを上げる二人に、十郎は勿論、と優しく答える。そんなやり取りをしている内に、すっかり永久の気持ちも落ち着いていた。

「あ、そういえば夕飯なんだよね、冷めない内に食べちゃおうよ」

 立ち上がった永久に、十郎はそうだな、と頷いて見せる。

「十郎さん、さっき面白かったのよ? ミンチで手なんかぐちゃぐちゃになってて、ハンバーグ何個も落としちゃって……」

「あ、おいこら刹那! 言うなって言ったろ!」

 十郎の妻は既に亡くなっており、子供もいない。同居している孝明にはそもそも妻子がいないため、家の家事は基本的にお手伝いさんを雇ってやってもらっているのだが、どうも今日は珍しく十郎自ら台所に立ったらしい。

「珍しいね、十郎さんが料理なんて」

「……最近、二人共少し元気がなかっただろ。何かしてやりたいと思ってな……」

 照れくさそうに答える十郎を見つめて、永久と刹那は目を細める。何だかこの空間が、時間が、全てが愛おしく思えてくる。ずっとこのままでいられたらどんなに幸せだろうか。

 けれど永久はふと気付いてしまう。こんなことはあり得ないと。

「そっか……そうだよね……」 

 永久は夢を見ていたのではない。夢を見ているのだ。

 何となくわかってしまう。こんなに幸せで、平和なハズがないことを知っているから。十郎はもうどこにもいないし、刹那の髪はもうこんなに長くはない。何もかもが変わって、終わってしまっている。

 もうどこか見える世界が揺らめいている。このままここにいたかったけど、きっとそれは叶わない。それに、そうしているわけにはいかない。

「どうしたの? はやく行きましょう?」

 永久から離れ、ドアの向こうで十郎と共に刹那が手招きする。それに対して、永久はゆっくりと首を左右に振った。

「私、食べたかったなぁ……十郎さんの、ハンバーグ……」

 また涙が溢れ出してしまう。もう遠くなってしまった思い出が、幸せが、まるで手の届くある場所に存在するかのようだ。

 どれだけ手を伸ばしたって、本当はもう叶わない。

「私……行かなきゃ……」

 そんな永久に、十郎は何か察したかのような表情を見せた後ゆっくりと永久へ歩み寄る。そして静かにその右手を永久の頭に乗せると、優しく撫で始めた。

「ずっと見てたよ。頑張ったな」

「うん……だから、最後まで……頑張るね……」

「見守ってるぞ」

「うんっ……」

 涙で表情がぐちゃぐちゃになっていく永久の胸に、今度は刹那が飛び込んでくる。それをそっと受け止めて、永久は下から見上げてくる刹那の顔を真っ直ぐに見つめた。

 今にも泣き出しそうなその顔で、刹那は目を潤ませながら永久を見つめる。まるで、救いを求めるかのように。

「お願い……永久っ……助けて……!」

「うん、きっと、きっと大丈夫……だからもう、泣かなくて良いよ」

 刹那を安心させるように肩へ手を回し、永久はそっと抱きしめる。刹那の身体は、こんなにも華奢だっただろうか。

「レイナ」

 いつの間にか永久の背後には一組の男女が立っていた。仏頂面で永久から顔を背けたままでいる男、父であるヨハンと……長い白髪の女性――――母マリアだった。

「お母さん……お父さんも……?」

 母も父も、何も言おうとはしない。マリアは優しく微笑むだけで、ヨハンは仏頂面のままだった。ヨハンからは、もう敵意も憎悪も感じない。これが永久の夢だから都合良くそう感じられるようになっているのかも知れなかったが、今はそんなことはどうでも良かった。

 ただ会えて、良かった。最後に見送ってくれるのがただ嬉しかった。

「行ってらっしゃい」

 優しく手を振る母に強く頷いて、永久は背を向ける。

「うん……行って来ます」

 静かに歩き出した永久の進む先には、光が溢れていた。









 岸壁に叩きつけられ、倒れ伏す永久を見て、由愛は唖然とする。こんな光景はあり得ないと信じていたが、現実はそうではない。永久は世界破七刀の圧倒的な力の前に敗れ、そこに倒れて気を失っている。コアを失ってない以上死んではいないだろうが、由愛にとってこの状況は絶望的に見えた。

「嘘……嘘でしょ……ねえ永久!」

 永久は応えない。返って来るのは、刹那の狂ったような笑い声だけだった。

「希望だの未来だの、子供みたいな綺麗事なんて並べるからよ。ざまあないわね永久」

 歩み寄る刹那の右手で、世界破七刀はチャージを続ける。先程五段階目で撃ったばかりだというのに、もう三段階目までチャージが完了している。

「すごいわ、どんどんチャージが早くなるの。あなたがムカついてムカついてしょうがないから、どんどんどんどん私の気持ちが高ぶっていくってワケ」

 このまま刹那は、永久のコアを奪うつもりだ。恐怖と絶望感で全身が震えるのが由愛にはわかる。

 永久はまだ負けてなんかいない、終わっていない。そう信じたくて、由愛は泣きながら唇を震わせた。

「嫌だ……ダメ……負けないで! 永久っ!」

 瞬間、ゆっくりと立ち上がる姿があった。

 たまらずに泣き出した由愛を見、驚愕する刹那を見、その少女は――――坂崎永久はその双眸に強い意志を湛えた。

『Charge six.』

「刹那ぁっ!」

 無限破七刀の電子音声と、永久の声が重なる。それをキッと睨みつけ、刹那は既に六段階目までチャージの進んだ世界破七刀を構えた。

「このっ……死に損ないがァァァァッ!」

「終わらせよう……刹那!」

『Sixth burst!』

 レバーを二回続けて操作したことで、無限破七刀を解放する準備が整う。刹那の方も既に、世界破七刀を放つ寸前だ。

無限破アンリミテッド――――」

世界破ワールド――――」

 白き女王と黒き女王。最大限までチャージされたものではなかったが、互いがもうこれで決着キメる覚悟だった。

「「七刀ブレイカァァァァァァァァァァァァッ!」」

 白い衝撃波と黒い衝撃波がぶつかり合う。等しいその力は、永久と刹那の間で拮抗していた。

「何も意味がないならっ!」

「例え意味がないとしてもっ!」

 しばらく力は拮抗し続けていたが、やがて刹那の力が増していく。そのまま推し負けそうになる永久だったが、必死に柄を握りしめて持ちこたえる。

 鏡子が、英輔が、美奈子が、美奈が、月乃が、チリーが、家綱が、篝が、ダンが、管理局の人達が、繋いでくれた。そして由愛が見届けようとしてくれている。全てはこの一撃のためにあったのだと思えば、絶対に押し負けるわけにはいかない。皆で繋いだこの一撃で、全てを終わらせなければならない。

「ハッ! アンタは口だけなのよ永久ぁ! 私には……レイナには勝てない!」

 勝ち誇ったように声を上げる刹那だったが、不意に永久の力がどんどん増していくのを感じる。顔をしかめて永久を見つめると、その後ろに何十人もの人々がいるように見えた。

「何よそれ……何なのよそれは!」

 永久の後ろにいるのは、永久の勝利を願う者達の想いだ。今まで永久の繋いできた絆が、想いが、永久に力を与える。気がつけば、押し負けているのは刹那の方だった。

「どうしてっ……」

 チラリと見た自分の背後には、誰もいない。誰一人として。それがなんだかひどく悲しいことのように思えて、刹那は目を潤ませた。

「私は……ううん、私達は一人じゃない、だからっ!」

 全部全部、諦めたりしないで。

 そんな永久の言葉が唇から紡がれる頃にはもう、永久の衝撃波は刹那の身体を包み込んでいた。世界破七刀は粉々に砕け散り、衝撃波の中に刹那は呑まれていく。

「永……久……っ」

 白に包まれながら、刹那は必死で手を伸ばす。その手をどうしても掴みたくて、永久は無限破七刀を投げ捨てて刹那へ駆け寄る。

「刹那ぁっ!」

 永久の伸ばした手は、刹那に届かない。白い光に包まれながら、刹那の姿が消えて行く。そして轟音と共に地面が抉れ、粉々に砕けたガラス片のような欠片が周囲に飛び散って行く。


 最後に刹那が、微笑んだような気がした。


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