World15-3「希望を謳え」
二色の羽を舞わせながら、一対の女王が空中で剣を交えている。お互いに小細工はない、ぶつかり合っては離れ、再び激突する……そんなやり取りを繰り返していた。
そんな二人のやり取りを、由愛は遠巻きに固唾を呑んで見守っている。もう由愛が介在出来る余地などその戦いにはない。この戦いは永久と刹那だけの戦いであり、レイナの、レイナ自身との戦いでもある。由愛は永久に何度も一人で戦わないで欲しい、と伝えてきたが、この戦いだけは永久だけが、永久自身の手で決着をつけなければならないだろう。
由愛から見た感じ、二人の力は互角だ。以前のように、刹那が圧倒的な力で永久をねじ伏せるような一方的展開にはなっていない。
永久の意志が、覚悟が、今まで以上にハッキリと伝わってくる。これまでの永久だって決して弱くはなかったが、どこか儚げな瞬間がいくつもあった。それが由愛にとっては不安だったし、事実一度その不安は現実の悪夢となって由愛に襲いかかったこともある。けれど、それを経たからこそ今の永久はきっと強いのだろう。刹那を止める、世界を守りたい、そんな力強い意志が、ショートソードのかち合う金属音と共に由愛に伝わってくるような気がした。
固唾を呑んで見守ることしか出来ないのが歯がゆくも感じたが、由愛が割って入る余裕など微塵もない。ただここで、静かに最後まで見届けることが由愛が今出来る精一杯だった。
「ねえどうして……どうしてわからないの!? 私とあなたは同じハズ……どうしてあなたは私じゃないの……っ!」
「違う、違うよ……。私も刹那も、分かれた以上は違うんだよ……!」
アンリミテッドクイーン、レイナ。永久と刹那は元々一体のアンリミテッドで、互いに同一の存在だった。しかしそれはあくまで過去形で、今はもう違ってしまっている。永久は永久で、刹那は刹那でしかない。レイナとしてではなく、永久と刹那として分かれてしまった以上、違ってしまうのは当然だったのかも知れない。
「忘れたわけじゃないでしょう? 私が、私達がどんな目に遭ってきたのか……!」
刹那の言葉で、永久は思わず過去を思い返してしまう。父、ヨハンのためにアンリミテッドと戦い続けた過去を。
キング、ビショップ、ナイト、ルーク、ポーン。五体のアンリミテッドとの激闘の末、レイナはアンリミテッド達を封印出来る状態まで追い込むことが出来た。無限破七刀で完全に破壊せず、封印するにとどめてしまったのはレイナの甘さか実力不足か……今となっては思い出せもしない。
レイナのいた世界にとってあまりにも脅威だったアンリミテッドを封じたことで、レイナは一時的に英雄として扱われることになる。同じアンリミテッドでありながら他のアンリミテッドを封じ、世界を守った英雄……。聞こえだけは良かったが、レイナはヨハンに認めて欲しかっただけで、英雄になろうだなんて思いは少しもなかった。そんなレイナを勝手に祭り上げ、称賛し、やがて人間達はレイナを恐れるようになった。
他のアンリミテッドがいない今、人智を超えた戦力を持つのは最早レイナのみだ。人間達のレイナに対する恐怖心は徐々にエスカレートしていき、永久があまり抵抗しないのを良いことに、レイナは人間達にその命を狙われるようになる。
レイナは人間に危害を加えるつもりなどない。しかしそれでも、強過ぎる力はそこに存在るだけで恐怖の対象になり得るものだ。何度口でレイナが訴えてもエスカレートした人間達は止まらない。やがて十字架に磔にされたレイナはそのまま火炙りにされることになった。当然どれだけ焼かれようともアンリミテッドは死なない。ひたすら苦痛を伴うだけである。そんなレイナを、あのヨハンが助けてくれるハズもなく……。
やがてレイナを殺そうとしても不可能だと気付いた人間達は、レイナを真っ暗な地下牢に閉じ込めて周囲に強力な結界を張った。
結界は強力で牢は厳重だったがアンリミテッドの力で突破出来ないわけではない。しかしレイナは最後まで人間と戦うことを、ヨハンを傷つけることを望まなかった。あまりにも優し過ぎたレイナ自身がレイナをその地下牢に縛り続けていた。
出して欲しい、助けて欲しい、何度叫んでも地下牢の壁に吸い込まれるばかりでどこにも届きはしない。永久に続くかのような闇の中で、レイナが思考を止めるのは至極当然だったのかも知れない。
やがてレイナは、自身を消滅させてコアのみの存在となった。
「覚えてる。思い出してるよ、全部」
出来れば思い出したくもない過去だ。今でもあの暗闇を思い出せば気が狂いそうになる。強過ぎる力が全てを遠ざけ、全てに疎まれてレイナは闇の中に閉じ込められた。
「だったらどうして!」
永久は、刹那は――――レイナは闇の中で全てを恨み続けていた。運命を、生まれを、人を、父を。いっそのこと何もかも壊してしまえたら、ずっとそう思いながらも誰かを傷つけたくないという良心の一欠片がレイナをずっと踏み止まらせていた。
あの時どうすれば良かったかもわからない、何かを変えればうまくいったのかと言われればそうではないようにも感じる。もしかすると、どう足掻いたってああなる運命だったのかも知れない。
何もかも意味がない。そう思えば思う程楽になる気がした。意味がないから壊してしまっても構わない、むしろ壊してしまえば無意味な悲しみは最初から生まれなくたってすむ。
けれど、それだけじゃない。
「私は、それだけじゃないから」
今までの旅の中で、数え切れない程の出会いがあった。何度も救われ、何度も救ってきた。沢山の想いや絆をずっとずっと繋いできて、長い長い旅路の果てに今日がある。刹那の言う通り世界には悲しいことが溢れているけれど、決してそれだけではない。
人に触れれば楽しくて、パンを食べればおいしい。辛いことや悲しいこと以外にも、世界には沢山のものが溢れていた。
「ねえ知ってる? パンを食べるとおいしいんだよ」
「はぁ? それに何の意味があるっていうの? パンがおいしかったら何? それが何だって言うの」
一度攻撃の手を止め、永久と刹那は距離を取って地面に降り立つと真っ直ぐに対峙する。
「世界は悲しいだけなんかじゃない。刹那だって本当はわかってるハズだよ」
「黙りなさい……」
「……ごめんね。きっと刹那は、私の分までレイナの辛さを、悲しい気持ちを背負っちゃったんだと思う……。刹那に押し付けて、ごめん」
永久と刹那は、均等に分かれたようでいて決してそうではなかったのだろう。コア自体は均等だったとしても、レイナの負の感情は刹那にばかり引き継がれていたのかも知れない。そう考えると、刹那が事を起こすまでのほほんと生きていたことが申し訳ないとさえ永久には思えた。
「黙れぇ……!」
「だけど、過去が全部じゃない。私達には“今”があって、“未来”がある。だから……」
旅の中で出会った大切な人達が、永久にそれを教えてくれた。例え過去がどんなに辛かったとしても、今と未来がそうとは限らない。
記憶という時間は不変だとしても、今と未来は変えていける。前へ進んでいける。
永久がそう思っているのがわかるからこそ、刹那はそれが許せない。
沸々と湧き上がる怒りを、憎悪を、刹那はもう止められない。漏れ出した感情が、真っ黒なオーラとなって刹那を包み込んだ。
「ざ」
憎かった。
「れ」
許せなかった。
「ご」
刹那にもそんな旅が欲しかった。
「と」
嫉妬で気が狂いそうになりながら、刹那は絶叫を吐き出した。
「をォォォォォォォォォッ!」
顕現するは漆黒の刃。七つの刃を持つ破壊の剣……世界破七刀。
「刹那ぁっ!」
それに応じて、永久の右腕で腕輪が輝く。今日まで繋いできた永久の絆、七つの刃を持つ希望の剣……無限破七刀。
急接近するやいなや振り下ろされた刹那の世界破七刀を、永久は無限破七刀で受け止める。刹那が世界破七刀を出現させたことに驚愕は隠せなかったが、動揺しているような余裕や隙はない。
顔がぶつからんばかりの鍔迫り合いの中、永久は刹那の顔面に塗りたくられた憎悪を見る。刹那は、刹那であって刹那ではない。もうその感情はレイナのものだ。
父に疎まれ、人に恐れられ、孤独の中で自分を消したレイナそのものだ。刹那はあの日からずっと、刹那としての今を、未来を、生きたことなんてきっとなかった。
永久だって一歩間違えばレイナの感情に引きずられていたことだろう。そうならなくてもすんだのは、皆が手を差し伸べてくれたからだ。
鏡子が、美奈子が、英輔が、由愛が……いくつもの手が永久を引きずり上げてくれた。
だから、だからこそ。永久の手は、今は刹那へ伸ばすためにあった。
「聞きたくない……! アンタの綺麗事なんて反吐が出る! 二度と口にするなっ!」
――――うるさい……うるさいうるさいうるさいっ! もう何も聞きたくない!
刹那の言葉が、かつての自分と重なって見える。あの時英輔が、皆が手を差し伸べてくれたから永久はここにいる。
――――だから今度は、私が助けたい。刹那を……!
「ううん、やめない。私は何度だって口にするよ……未来を、希望を!」
力強く振り抜かれた無限破七刀が、世界破七刀を刹那ごと弾き飛ばす。数メートル先で着地する刹那に視線を据えながら、永久は無限破七刀のレバーを操作する。
『Charge one.』
電子音声が鳴り響くと同時に、白い光のラインが一つ目の刃へ到達する。グッと力を込めて柄を握り、永久は全てを無限破七刀へ託した。
「だって、信じてるから!」
そして刹那の世界破七刀もまた、既にチャージを始めていた。




