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World×World  作者: シクル
幕間

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117/123

「世界破七刀」

「……それで、そのコアの存在する世界の座標は特定出来るのですか? 局の技術では最後までその世界を見つけ出すことは出来ませんでしたが……」

 やや口惜しそうに言う美奈子に、永久は小さく頷いて見せる。

「大体、ね。多分鏡子さんにゲートを開いてもらうよりも私が案内する方が早いと思う」

 今の永久なら、世界を移動するのに鏡子の力は必要ない。アンリミテッドとしての本来の力は完全に取り戻しているため、単独での移動はそれ程困難なことではないのだ。

「刹那はきっと、世界のコアを破壊するために私の持ってるコアも必要としてると思う」

「……ってことは、刹那は永久のコアを手に入れるまでは世界を壊さないってこと?」

「確証はないけど、多分ね。でも、急いだ方が良いと思う」

 由愛の問いに答えた後、グッと拳を握りしめて永久は刹那を思う。刹那はまだ、囚われている。孤独に、無力感に、世界の無意味さに、悲しみに、憎しみに。こうして分かれているとはいえ、刹那は永久レイナで、永久は刹那レイナだ。刹那の方が強く負の感情を引き継ぎ、永久より早く記憶を取り戻してしまったからこそこうなっただけで、一歩間違えばああなっていたのは永久の方だったかも知れない。

 最悪の場合無限破七刀によって刹那のコアを破壊しなければならない可能性は勿論考慮しているが、永久は出来る限り刹那を救いたかった。そもそもどうすれば刹那を救えるのか、刹那にとっての救いとは何なのか、それすら判然としなかったけれど。

「けどよ、刹那もそーだけどあのビショップって奴もまだ生きてンだろ? アイツもいるなら、こないだの蝿のバケモンのこともどうにかしねえとな……」

 英輔が言っているのは、前にビショップが使役した大量の蝿の軍勢のことだ。そもそもまだ刹那以外にビショップが残っているなら、そう簡単に刹那と戦わせてはくれないだろう。一体一体は大したことないものの、またあの数を相手するのかと思うと頭が痛くなる程だ。

「……それについては考えがあります。桧山鏡子、後で一度管理局に足を運びたいのですが、ゲートを開いていただけませんか?」

「ええ、構わないわ。だけど何を?」

「すぐに分かります」

 鏡子の問いにそう答え、美奈子は不敵に笑って見せた。





 完全に姿を変化させたビショップが指を鳴らすと、ビショップの周囲に無数の魔法陣が出現する。刹那がそれに視線を向けると同時に、魔法陣からは大量の蝿型の怪人が姿を現した。

 前に永久達へ放ったものとは種類が違うのか、今回の怪人達は一回り大きく見える。数はあの時に比べれば随分と少ないが、恐らく一筋縄ではいかないのだろう。

 ビショップは何が何でも正面から対決するまでの間に刹那を消耗させたいらしい。それは恐れとも取れるし、ただビショップが慎重なだけとも取れる。もっとも、今のビショップに慎重に物事を考えられるような知性が残っているのかどうか、刹那からすればかなり疑問ではあったが。

 刹那にとって、ビショップの呼び出した蝿など大した問題ではない。もしこの軍勢に意味があるとすれば、刹那にダメージを与えることよりも力を使わせて消耗させることにあるだろう。

 先程の海中での戦闘も、突破すること自体は簡単ではあったが消耗は決して軽いわけではない。ビショップの思惑通り長期戦をするのは癪だったし、何よりこれ以上ビショップなどに付き合ってやろうと思える程刹那は優しくない。

「ほんと厭になるわ。雑魚ばかりが雁首揃えて」

 言いつつ、刹那は武器をショートソードから大剣へ切り替えると、向かってくる怪人達へ思い切り衝撃波を放つ。特にバラけるわけでもなく、隊列を組んでいるわけでもなく、ただ刹那の方へ一直線に向かってきていた怪人達は、それだけで一掃されてしまう。そのまま一気にビショップへの接近を試みる刹那だったが、その時には既にビショップは視界から消えていた。

「っ!」

「後ろから這いよりましてッ!」

 這っていない、飛んでいる。そんなことにつっこんでいる余裕は当然なく、刹那の身体はビショップの六本の腕によって捕らえられ、そのまま一気に崖に背中から叩きつけられてしまう。

 鋭利な岩盤に後頭部から叩きつけられ、生温い血液が頭部を伝う。ビショップの移動速度は刹那の予測を遥かに越えており、瞬間的とは言え怪人達の方へ意識を取られていたことで対応し切れなかったのだ。刹那は口惜しそうに表情を歪めるが、ビショップの六本の腕は刹那の両手両足を捕らえて離さない。その尋常ならざる腕力は、今にも刹那の手足をへし折らんばかりだった。

「アッ……ヒヒッ……ヒ、世界は陛下のものでも、貴様のものでもない……このッ私のものだァァァァァ!」

 奇声じみた声を上げながら、ビショップは腕を一本だけ刹那から離す。その時点で、刹那は次にビショップがどのような行動に出るのかすぐに理解した。

 狙いは、刹那の中にあるコアだ。

「舐めんじゃないわよ糞蝿……汚い手でいつまでも触らないで頂戴……!」

 ケタケタと笑うビショップを睨みつけながら、刹那は掴まれている腕へ強引に力を入れる。ビショップの腕に抗うようにして動き始めた刹那の右腕に気がついたビショップは、笑うのをやめてその表情に驚愕の色を映した。

「不快害虫が……っ!」

 驚いて若干緩んだビショップの腕から、刹那の右腕が解放される。そしてすぐさま刹那は自由になった右腕でビショップの顔を正面から掴むと、その親指でビショップの左目を眼鏡ごと貫く。

「イッ……ギィ……アアガガガガガッ!」

 目を潰されて怯んだビショップから逃れた刹那は、そのまま乱暴にビショップを蹴り飛ばして海の中へと叩き込む。巨体が一度海中へ沈んだのを眺めながら、刹那はそこで一度一息吐いて見せた。

「そうね、折角だから試し打ちでもしてみようかしらねぇ」

 そう言ってかざした刹那の手に、一本の巨大な武器が形成されていく。七つに枝分かれした刃を持つ巨大な刀――――七支刀だ。黒く、禍々しきフォルムを持つその七支刀は永久の持つ無限破七刀とは明らかに違うもののように見えるが、恐らく本質的な部分はほとんど変わらないだろう。無限破七刀のようなレバーはついておらず、刹那の意思に応じてチャージが行われるようで、既に紫色の光のラインが一つ目の刃先へ到達していた。

「小娘ェェッェェェッ!」

 濡れた羽をばたつかせつつ、ビショップが凄まじい勢いで海中から飛び出して刹那へと向かってくる。

「とりあえずこんなもんで良いかしら」

 紫色のラインが二つ目の刃へ到達したのを確認すると、刹那は七支刀を構えて正面からビショップへと向かうと、その刃を容赦なくビショップの右肩へと突き刺した。

「ガッ……」

世界破ワールド……七刀ブレイカー……ッ!」

 その瞬間七支刀――――世界破七刀ワールドブレイカーは淀んだ紫色の輝きを放つ。そしてゼロ距離で放たれる漆黒の衝撃波が、ビショップの身体を粉砕せんとして容赦なく炸裂する。

「ガッ……ギッ……ヤメ……ッ」

「るわけねーでしょ。落ちろゴミ虫っ!」

 炸裂した世界破七刀が、ビショップの肩より上を派手に破裂させる。血肉をまき散らせながら落ちていくビショップの身体を、刹那は猛スピードで追いかけて胸部に左手を突っ込むと、そこから強引にビショップのコアを取り出し、残った身体をそのまま振り落とす。落下しながら文字通り”海の藻屑”と化していくビショップに見向きもせず、刹那はビショップから抜き取ったコアを愛おしげに見つめていた。

「うんうん、これで対等ね……永久」

 刹那の手の中にあるコアが、刹那の身体に溶けるようにして消えていった。









 いつもの路地裏に、永久、由愛、英輔、鏡子の四人は集まっていた。美奈子は昨日管理局で空間歪曲システムの予備を回収し、永久の協力で世界のコアの座標を確認した後は現地で合流しましょう、とだけ言い残してどこかへ行ってしまっていた。

 間違いなくこれが最後の戦いになるであろうことを、四人全員が理解していた。いくつもの世界を巡り、様々な出会いと戦いを経て、四人はついに最後の戦いへ身を投じることになる。

 あえて誰も、この後どうするかなんて話は一度もしなかった。今までで一番激しい戦いになるだろうし、この先に待つ戦い以外に意識を向ける余裕なんて誰にもなかった。

「あ、あの……皆」

 不意に永久が沈黙を破ると、三人は少しキョトンとした表情で永久へ視線を向ける。

「……今までありがとう。ここまでこれたのって皆の――――」

「そんなの終わってからで良いわよ。それに今更改まってお礼なんていらないわ。私は私の意思で永久を助けたいと思った、一緒にいたいって。それで良いんだから」

 普段気丈に振る舞いたがる由愛にしては珍しい、屈託のない笑みだった。それに釣られて永久が笑うと、そのまま連鎖するようにして英輔や鏡子も微笑んだ。

 きっとこうしていられるのはこれが最後なのだろう。戦いが終われば、それぞれがそれぞれの場所へ帰らなければならない。この最後の瞬間を、忘れないように永久は噛み締めた。

「母さん」

「……何?」

 英輔の言葉に鏡子が短く答えると、英輔は不意に傍にいる鏡子を強く抱き寄せる。突然のことに頬を赤らめながら戸惑う鏡子を更に強く抱きしめ、英輔は鏡子の耳元で言葉を紡ぐ。

「帰ろう。一緒に、生きて。麗華もきっと待ってる。だから……」

「ええ……。本当にあなたは……」

 どこか泣き出しそうな表情で、鏡子は英輔の背に手を回す。しばらくそんな二人だけの時間が続いた後、四人はもう一度真っ直ぐに前を向いた。

「……準備は良い? 行くよ?」

 永久の言葉に、三人が一斉に頷く。それを確認して、永久は右手を前にかざした。現れた空間の歪みの向こうには、荒れ果てた大地が広がっている。そしてその向こうに――――

「行くよ、刹那」

 意を決してそう呟くと同時に、永久は空間の歪みの向こうへと一歩踏み出した。


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