World14-5「まるで子供の夢だな」
地下への扉を開けた永久とダンは、薄暗い一本道をひたすら進んでいた。うっすらと明かりはあるものの決して明るいとは言えず、道も狭いせいでどこか窮屈だ。
そのまましばらく進んでいると、二人は鉄製のドアの前にたどり着く。永久はすぐにドアを開けようとしたが、ダンはそれを制止するとドアに耳をあてた。
「……中から話し声が聞こえる」
「聞こえるの?」
ダンはコクリと頷いた後、そのままドアの前で耳をすませ続ける。
「気づかれたな。向こうにはイスタ達がいる。そしてスカーレットもな」
ダンはドアの向こうから聞こえる足音を待たず、すぐにドアを開く。ドアの向こうには石造りの空間が広がっており、最奥にある牢屋には一人の少女が閉じ込められていた。
「ダン!」
「スカーレット!」
すぐにスカーレットの元へ駆け寄ろうとするダンだったが、その眼前に屈強な男が立ちはだかる。
「どけ、イスタ・レスタ。お前の相手をしている暇はない」
「ダン、貴様には失望したぞ」
イスタの後方にはマシモフが控えており、更にその後方……牢の前には小柄な男が余裕のある笑みを浮かべて立っていた。
「そちらの方から来てくれて助かったよダン・ウリア。状況はわかるかな?」
「……黙ってスカーレットを放せ。死んだ部下の元へ送られたくなければな」
ギロリと男を――――プルケーを睨んでそう言い放つダンだったが、当のプルケーはどこ吹く風と言った様子で特に気に留める様子もない。
「はやくどけ、イスタ」
「それ程あの少女が大切か? 所詮戦の中でしか生きられぬお前ではあの少女は――――」
「……イスタ、戦争は終わったぞ」
静かに、ダンがそう告げた途端、今まで冷静に見えていたイスタが眼の色を変える。腰のサーベルを即座に抜刀するやいなやダンへ振り下ろす。すんでのところで回避したダンだったが、刃先に触れたダンの前髪がハラリと地面へ落ちていった。
「俺と来い、ダン。お前は俺と同じハズだ!」
「違う……俺は!」
対峙するダンとイスタ。それに対して背後から加勢しようとするマシモフの動きを、永久は見逃さなかった。サーベルを抜刀してダンへ切りかかろうとするマシモフへ素早く接近すると、永久はマシモフのサーベルをショートソードで受け止めた。
「邪魔はさせない」
「今度はお嬢さんから誘うってかい? 女の方から誘われるってぇのは格好がつかねぇなぁ!」
軽口を叩きながらも、マシモフはサーベルへ力を込めていく。最初に戦った時は状況が状況だったせいで気にする暇がなかったが、マシモフの腕力はかなり強い。永久だからこそこうして平然と受け止められているだけで、普通の人間ならまともに受け止めることはかなわないだろう。
「お嬢さん、何者だい?」
普通の人間よりも遥かに強化された改造兵士の一撃を受け止める少女。その違和感に気づいたマシモフは、これまでのおどけた様子の一切を消して真剣な声音で問う。
「そうだね……通りすがりの女子高生……ってのは?」
「そりゃ良い、ユニークだッ!」
その言葉をゴングに、永久とマシモフの激しい剣戟が始まった。
高速で繰り出されるイスタのサーベルを、それに勝るとも劣らない速度で回避するダン。既にプルケーやスカーレットには何が起こっているのかまともに視認出来ていないだろう。
ショーテルを装備している時の永久程の速度ではないものの、やはり常人からすれば視認不可能なレベルの動きだ。
サーベルがある分イスタの方が有利ではあるものの、その切っ先はダンへかすりもしない。かと言ってダンも反撃出来る程余裕があるわけではなく、どちらかと言うと回避するばかりで防戦一方の状態だった。
「ダン、貴様は戦争が終わったと言ったな!?」
攻撃の手を一切緩めないまま、イスタは不意に語りかける。ダンが黙ったままサーベルを回避し続けていたが、イスタはそのまま言葉を続ける。
「お前はそうかも知れん。だが俺は、俺の戦争はまだ終わっていない!」
「違う、もう終わったんだ。もう必要のないものだ!」
「ならば……ならばッ!」
ここに来て急激に速度を上げたイスタのサーベルがダンの頬をかすめる。慌ててダンはイスタから一度距離を取ったが、その頬には一筋の血が流れていた。
「俺はまだ戦っている……! そうでなければ俺に、俺達に意味などない……そうだろうダン!?」
改造兵士は、戦うために生まれた存在だ。国のために人の身体を捨て、文字通り全てを戦に捧げている。元々改造兵士になった兵士は身寄りがない人間や返しきれない程の借金を抱えている人間ばかりで、改造兵士になる以外に選択権のなかった者もいる。
「俺達は国を救った……救ったハズだ! 英雄になったハズではないのか!」
その問いをダンに投げかけたところで、何の意味もないことはイスタ自身にもわかっている。黙したままイスタに目を向けるダンの言葉を待たず、イスタは歯を軋ませながら更に語を継ぐ。
「だが今の俺達はどうだ……? 民に疎まれ、挙句の果てにはかつての敵国の手下に成り下がる……! お前のようにまともに住む場所も持たない奴だっている……! それが英雄か!? 英雄になったハズの人間の姿か!? 戦いがなければ俺達は……用済みになった俺達はッ……!」
涙こそ流してはいなかったが、イスタの声はもうどこか嗚咽混じりだ。
「俺達に未来はない、このままでは未来などない……ダン、お前も同じだろう!?」
それだけの言葉を投げかけられても、ダンは沈黙したままだった。黙ったままでいるダンへ苛立ちを覚えたのか、それとも単に返答が待てずに痺れを切らしたのか、イスタはサーベルを構えてダンへ駆け出す。
ダンはイスタを見据えたまま、避ける素振りも見せない。ダンのこの様子には、遠巻きに黙っていたプルケーも驚いたのか表情を少し動かす。
「ダンっ!」
スカーレットの悲鳴が聞こえると同時に鮮血が舞う。返り血を浴びたイスタは、驚愕に表情を歪めたまま震える腕でサーベルを握りしめていた。
「そうだ。イスタ・レスタ……俺達には未来がない。いや、約束された未来なんて誰にもないんだ」
サーベルを握る手に、ダンは強く力を込める。それに気づいたイスタは慌ててサーベルを引こうとするが、ダンはサーベルを力強く握りしめたまま放そうとしない。
「だから俺は、俺の手で未来を切り開く! そのための一歩を踏み出すために、俺の手を引いてくれた奴がいるからな」
チラリとマシモフと戦う永久へ視線を向けた後、ダンはそのまま強引に片手でサーベルをへし折って見せる。ダンのその行動に、声を上げて驚くイスタ目掛けて、ダンは血だらけの右拳を振りかぶる。
「俺と来い、イスタ! 俺達の未来は、俺達で切り開くんだッ!」
そのまま繰り出されたダンの右ストレートを、イスタは避けられなかった。否、避けようとしなかったのかも知れない。顔面に右拳を叩きこまれたイスタはそのまま倒れ込み、呻きながら一度のたうった。
「未来など……ありは、しない……俺達に先は、ない……」
ゆっくりと。ダンは倒れたイスタの元へ歩み寄る。そして目の前でピタリと立ち止まると、ダンは静かに口を開いた。
「イスタ、俺には小さな夢が出来た」
「……夢?」
「花だ。俺は、花売りになりたい」
どこか微笑んだ様子でダンがそう答えると、イスタはキョトンとした表情を見せる。
「花を見るとな、人は少しだけ優しくなる……らしい」
――――綺麗な花を見ると優しい気持ちになるでしょ?
かつて少女が語った言葉を、大切に、糸を紡ぐようにダンは口にし始める。イスタはそんなダンの話を、ただ黙ったまま聞き続けた。
「だから、世界中が花でいっぱいになれば世界中が優しくなる……かも知れない」
そっと腰をおろし、ダンは倒れているイスタへ手を差し伸べる。
「俺は花売りになりたい。そうやって世界中を少しずつ花でいっぱいにすれば、いつか世界が優しくなる……かもな」
気恥ずかしそうにそう言ったダンをしばらく見つめた後、イスタは今までの表情からは想像もつかないような穏やかな笑みを浮かべる。そして我慢出来なくなったのか声を上げて笑い始めると、ダンの差し伸べた手を力強く握った。
甘くて、青い夢だ。大の男が語るような夢ではない、そう言って否定することは簡単だったが、イスタはあえてそれをしなかった、
「まるで子供の夢だな。それも少女の」
「ああ、それでも良い。今はそれがきっと、俺の切り開きたい未来だ」
「…………ふざけるなッ!」
そうして穏やかに微笑み合う二人に対して、激怒の声を上げたのは他でもないプルケーだった。わなわなと震えながら二人を睨みつけるプルケーに、二人は一瞥くれるとすぐに立ち上がる。
「花だァ? 夢だァ? 何を戯けたことを! イスタ、貴様はさっさとそいつらを捕らえろ! マシモフも何をもたもた――――」
プルケーが言葉を言い終わらない内に、プルケーのすぐそばで鈍い音が上がる。見れば、そこには吹っ飛ばされて鉄格子に叩きつけられて呻くマシモフ・アシモフの姿があった。
「はっ……? あ、ああァ……!?」
困惑したまま言葉にならない声を漏らすプルケーの視界に映ったのは、汗一つかいていないように見える少女――坂崎永久の姿だ。永久にとってマシモフはまるで相手にならなかったようで、彼女は悠然とした態度でプルケーの元へ歩み寄って来る。
「どうする? 全部終わったみたいだけど」
「ひ、ひぃ……!」
その場に尻もちをついて後退するプルケーだったが、すかさず接近したダンの右腕がプルケーを逃さない。ダンはプルケーの胸ぐらを勢い良く掴み上げると、ギロリとプルケーを睨みつけた。
「スカーレットを解放しろ」
「は、は、はひぃ……」
情けない声をと共にポケットから鍵束をプルケーが取り出すと、永久とダンは顔を見合わせて微笑み合った。




