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World×World  作者: シクル
一切れのパン

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World13-7「過去からの呪縛」

 由愛達が物置きで話をしている頃、刹那はリビングで静かに読書にふけっていた。本は廃屋の中にあったもので、特別興味があったわけではない。ただ暇つぶしくらいにはなるだろうと読んでいるだけだった。

 そんな刹那の元に、静かに歩み寄って来たのはナイトだ。ナイトは刹那の数歩手前で膝をついて頭を垂れると、刹那様、と短く呼びかけた。

「何」

「永久様の行方がわかりました」

「……そう」

 短く応えた後、刹那はうっすらと笑みを浮かべる。

「なら、すぐにでも連れてきてもらえるかしら」

「……はい、では今すぐにでも」

「それと伝言、お願い出来るかしら?」

「伝言、ですか」

 その後、刹那の言う”永久への伝言”に、ナイトは眉をひそめた。









 一晩経っても、永久は何も決められないまま呆然とベッドに横たわっていた。サラやアンナが用意してくれるものを食べもせず、寝ているのか起きているのか自分でもわからないまま無為に時間を過ごしている。そんな永久を心配して、アンナは何度も永久の元を訪れては話しかけていた。

「トワ、食べないの?」

 パンと、もうすっかり冷めてしまったスープ。アンナの用意してくれた昼食を、永久は一口も口にしなかった。

「ごめんね、食欲ないから」

 永久は目に見えて弱っており、何かしら食事を取らなければならないのはアンナから見ても明白だったが、永久は頑なに食事を拒否している。

「食べないと元気出ないよ? 大丈夫?」

 不安げにそう問うてくるアンナには申し訳がなかったが、今の永久は何かを食べるような気分になれなかった。出来れば何もしたくない。このまま眠り込んで、そのまま目覚めないでいられた方が幸せなような気さえしている。

「もっとちゃんとお料理出せたら良いのにね、ごめんねトワ……」

 アンナの家があまり裕福でないのは見ればわかる。出される食事も質素なものばかりだし、サラもアンナもやせ細ってしまっている。そんな二人に気を遣わせるのは本当に申し訳ない。もう少し回復したら、この家を出る必要があるだろう。そう考えるとやはり早く回復するためにも何か食事を摂るべきだったが、どうしても食べる気になれなくて永久は結局食事には手を出さなかった。

 パンを見るとアリエルを思い出すし、アリエルを思い出せばヨハンを思い出す。厭なことばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡り、これでもかという程永久を苛むのだ。

「ううん、違うよ。そうじゃない、ごめんね……ありがとう」

 そう答える永久の声はあまりにもか細くて、今にも消え入りそうだった。



 アンナとそんなやり取りをしている間に、仕事を終えたサラが帰宅する。窓から外を覗いて見ると、すっかり夕暮れ時になっていることに永久は驚く。もう時間の感覚も麻痺してしまっているのだろうか。結局何もしないまま時間を過ごしていたことに気づいて永久は嘆息する。

 聞こえる足音はサラだけのものではなく、二人分だ。耳を澄ませばドアの向こうから男性の声が聞こえてくるのがわかる。

「……パパだ」

 そう呟いたアンナの表情は、決して嬉しそうではない。父の帰宅を喜ぶ娘とは到底思えない沈んだ表情で、アンナはうつむいた。

 そのまましばしの沈黙があって、先に口を開いたのは意外にも永久だった。

「行かないの?」

 永久の言葉に、アンナはかぶりを振る。

「パパは私のこと、好きじゃないもん」

「……そっか」

 短く答えて、永久は目を伏せる。ヨハンも、レイナのことは嫌いだった。

「私が悪いのかな。パパの子供じゃないから……」

 いつもの天真爛漫な様子からは打って変わって、アンナはひどく沈んだ表情でそうこぼす。うつむくアンナの姿に、かつての永久レイナの姿がどうしようもなく重なって見えた。

「……悪くないよ。何にも」

 励ますつもりで言った言葉のハズが、その声音はどこか自嘲気味だ。やっぱり世界は、こんなことで溢れている。何の意味もないのに寂しくて、悲しくて、辛いばかりだ。

 父親に受け入れてもらえないアンナの気持ちが痛い程伝わってきて、永久の目頭が熱くなる。何とかしてあげたいと思っても、自分のことさえ何ともならないのにアンナを救うことなんて永久には出来ない。そもそも、アンナの求める救いはきっと父親だけだ。永久がどんなに手を差し伸べたって、それは救いにはならない。

 どれだけ救われたくても、ヨハンに救われない限り永久が救われなかったように。



 アンナの父親はどうやら家に一度寄っただけのようで、しばらくするとまた出かけて行ってしまう。そのタイミングを見計らったかのようにアンナが永久のいる部屋を出た後、入れ替わりにサラが永久の部屋を訪れた。

「具合、まだあまり良くなさそうですね」

「ううん、おかげ様で少し楽になったよ」

 すぐに嘘だと気づいたのだろう。サラは悲しげに目を細めた後、静かに永久の傍の机に夕飯を置いた。

「お願いですから、少しは食べて――――」

「……あの」

 サラの言葉を遮るかのようにそう言って、永久はそのままサラの反応を待たずに言葉を続ける。

「アンナとアンナのお父さんって……」

 言葉はひどく曖昧で、サラはしばらく何のことだかわかっていないようだった。しかし少しだけ考えるような仕草を見せた後、察したかのように小さく頷いた。

「……アンナと血は繋がっていないんです」

 そう言って、サラはそのまま言葉を続ける。

「あの子の本当の父親はもう随分前に病で亡くなったんです」

 この環境で、アンナを女手一つで育てるのは無理があったのだろう。話によると、サラは前の旦那が亡くなった数年後に再婚したそうだった。しかし今の父親は自分と血の繋がっていないアンナとどう接すれば良いのかわからないらしく、今日までまともに親子らしいことはしていないとのことだった。

「そう、あの子、そんな風に思ってたんですね……」

 ――――パパは私のこと、好きじゃないもん。

 先程アンナと話したことをサラへ伝えると、サラは寂しそうに小さく溜息を吐いた。

「あの人も、どうすれば良いのかわからないみたいなんです。不器用だから」

 ――――レイナ。あの人のこと、許してあげてね。不器用なだけだから。

「……っ」

 不意に思い出したのは母の、マリアの言葉だ。母もまた、今のサラと同じように、同じような表情でそんな風に語っていたのを思い出す。

「例え……例えそうだとしても……」

 それでも、親に拒絶される子供がどんな気持ちでいるのか。例えただ不器用なだけだったとしても、その時拒絶された子供の方こそどうすれば良いというのか。淀んだ感情が吹き出し始めて止められなくなりそうになる。アンナを思ってのことではない、自身の過去を思い出してだ。

 サラは様子が少し変わってしまった永久を見つめてキョトンとした表情をしている。永久に彼女へ気概を加えるつもりは少しもなかったが、今は一人にして欲しかった。

 そんな中不意に、ある気配を察知して永久は眉をピクリと動かす。

「これって……!」

 その気配は、紛れも無くアンリミテッドのものだ。微かではあるもののアンリミテッドの気配を感じられるということは、永久の身体が多少は回復している証拠だろう。

 位置はかなり近い。そう理解してすぐに永久は身体を起こした。

「トワさん?」

「すいません、少し動けそうなので……外の風にあたってきます」

 やや早口でそう伝えると、永久は急いでベッドから降りると足早に家の外へと向かって行った。



 外へ出ると、そこにいたのはアンリミテッドナイトだった。彼は永久の姿を見つけるとすぐさまその場に膝をついて見せる。

「お待ちしておりました永久様」

「……迎えに来たの?」

 永久の言葉に、ナイトは頭を下げたまま静かに首肯する。

「刹那様がお呼びです」

 やはり刹那か。あの刹那が、このまま永久を放置しておくわけがないのは永久自身わかっていた。それでも考えないようにしていたのは、もう何もかも忘れて遠ざけてしまいたかったからだ。

 どれだけ逃げようとしたって、必ず追いかけてくる。どれだけ過去に蓋をしても、何かの拍子に吹き出してしまう。逃げる場所なんてどこにもない、どこまで行っても変わらなかった。例え世界が、無限に広がっているのだとしても。

「ご安心ください。あなたの友人方は全員無事です」

「えっ……!」

 その言葉を聞いた途端、暗かった永久の表情に少しだけ光が差す。

「刹那様によって囚えられてはおりますが、全員今は・・無事でございます」

「今はって、どういうこと?」

 今は。その言葉をあえて強調して見せるナイトへ永久がそう問うと、ナイトは顔を上げないまま口惜しげに表情を歪めた。

「明日、正午までに永久様が現れなければ、刹那様は彼らを殺すと、そう仰っております」

「――――待って! どうしてそんなこと……! そもそも、刹那が皆を生かしておく理由なんて……!」

「……刹那様は、永久様をお試しになるおつもりです。明日の正午までに永久様が現れれば、けじめとして永久様に彼らを殺させ……現れなかった場合は、自らの手で……」

 そう語るナイトの表情は苦々しい。いくら刹那の言うこととは言え、そんなことはナイトの本意ではないのだろう。

「そん……な、こと……」

 永久が行けば皆を殺さなければならない。行かなければ刹那が殺してしまう。あまりにも残酷な仕打ちに、永久はその場で打ちひしがれた。


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