誤解陸上
「昔、私はオリンピックの一万メートル競争で優勝したんだよ!」
高齢者介護施設ゆうなぎ。
世界陸上の番組が食堂のテレビを占拠するこの時期になると、94歳の金城さんはスタッフをつかまえては武勇伝を語ってる。
普段話しかけてもあいまいな相槌ばかりなのに、まるで別人だ。
一方我々スタッフは、正直その話には辟易してる。
業務用スマイルで応じつつ、『また始まった、金城さんの妄想話』とそっと目配せしあう。
病態を鑑みれば、妄想もしかたない。
「でもトレーニングやレース戦略の話を聞いてると、本当の気がしてならないんですよ。実際、選手だったとか……?」
僕が常々思っていたことを口にすると、同僚はまさかと笑った。それがなんだか悔しくてググってみると――
70年程前、日本選手権で同レースを優勝し、オリンピックの切符をつかんだ若かりし金城さんの画像入り記事を見つけたのだ!
「金城さんすごい!」
英雄の登場にゆうなぎは沸きたち、金城さんは時の人になった。
おかげで世界陸上が閉幕してもまだなお、金城さんは笑顔で絶好調だ。
僕はもっと詳細が知りたくてオリンピックでの活躍を調べたが、どこにも彼の名前はなく。
代わりに、やっと見つけた記事の、ショッキングな文字が飛び込んできた。
『金城、オリンピック直前に膝の故障、選手生命絶たれる……!』
――だからといって、彼が英雄であることに変わりないではないか。
そっとブラウザを閉じて、僕は金城さんを囲む華やかな話の輪に加わった。
(了)
お読みくださり、どうもありがとうございました。
私が本シリーズで参加している別サイトの個人企画、たらはかにさんによる毎週ショートショートnoteを、企画者ご本人がアンソロジーとしてまとめてくださいました。
ご興味ありましたら、のぞいてみてくださいね。 ฅ^•ﻌ•^ฅ♡
https://note.com/tarahakani/n/n1afa3a9f298d
「【初恋】毎週ショートショートnoteアンソロジー vol.0」
私は、骨折祈願「ハートを射抜かれて」で参加しています!













