読書手術
「簡単なんですね、読書手術って。点滴の要領で培養液を注入するだけなんて!」
興奮気味の若い記者に、まさに好々爺といった医師は説明した。
「簡単だから、多くの人が施術を受け易いのです」
「なるほど。待合も親子連れでいっぱいでしたね」
「ええ、夏休みは特に。本嫌いで感想文に苦労するからでしょうなあ。なに心配いりません。本好きな子に早変わりします。あっという間に本の虫ですよ。記者さん、こちらの子どもの様子を見ててくださいよ」
示されたのは、本を胸の上に乗せて横になる子どもだ。術後初めての読書は、効果確認のため院内で行うという。
変化はすぐに起きた。
子どもの体が、虹色に光る蚕のような幼虫へ変化した。
記者は目を見張る。
美しい蚕がページからページへと伝い歩いていく。
「ああやって紙の上を這って、全身で本の世界を味わって読み進めるんですよ」と医師。
七色が時に眩しく、時に陰る。
「物語に感情が揺すぶられています。夢中ですなあ」
そして背表紙の手前までくるとピタリと動かなくなった。
「蛹になって物語を反芻し浸ってるんですよ」
しばらくすると蛹は鮮やかな蝶へと羽化し、その後再び人間の子どもの姿になると嬉々とした声をあげた。
「わあ~、すっごい面白かった! もっと本読みたい!」
「素晴らしいですね!」と感動した記者だったが、率直に質問した。
「……先生、誠に申し上げにくいですが、世の中は紙から電子へ移り変わろうとしていますが……」
「だからこそだ、私は読書手術を続けていくよ。内容だけでなく、手にした本から伝わる重さや風合い、感情と共にめくるページ、思わずなぞった挿絵! 子ども達が本の素晴らしさを心身共に実感したからこそ、無くさず守っていこうとしてくれるかもしれないだろう?」
(了)
お読みくださりありがとうございます!
今回はちょっといい話、になりました。
電子への流れは逆らえませんが、アナログの良さも消えて欲しくないですよね。













