第十三話:地下の研究者
ザッカーワイムの次の動きは早かった。両手をヤエヤマ達にかざして、衝撃波で壁に打ち付けられる。非能力者であるヤエヤマはセプトと同じように地面に突っ伏してしまった。しかし、能力者であるシュヴェーカとラムノイはかろうじてその場で立ち上がった。シュヴェーカは服の砂埃を払ってから、ザッカーワイムをにらみつける。ラムノイは静かにアンニュイな視線を彼に向け、次の動きを観察していた。
ザッカーワイムはそんな彼女らを余裕の表情で眺めていた。
「ほう、立ち上がるか。能力者でも気絶するくらいの衝撃を与えたはずだが」
「特殊な訓練を受けてるのよッ――」
シュヴェーカは地面を蹴って、一瞬でザッカーワイムとの距離を詰めた。その瞬間、ザッカーワイムはどこからかナイフを取り出して切りつけようとする。しかし、シュヴェーカの反応速度はそれよりも早かった。瞬時にナイフを持っている方の手首を掴み、そのまま押し倒して揉み合いに持ち込む。ザッカーワイムは焦って、上手くシュヴェーカの絡みを解けずに居た。無駄に体力を消費する状況での取っ組み合いは上に伸し掛かっているシュヴェーカの方が有利だった。
「クソが、退け!」
重低音が部屋の床に鳴り響く。刹那、シュヴェーカは天井へと目にも留まらぬ速度で叩きつけられた。ザッカーワイムは固有能力である衝撃波を至近距離で彼女に放ったのである。
落ちてくる気絶した彼女を避けて、ザッカーワイムは立ち上がる。次の標的はラムノイだった。
「次はお前だ……って、あれ」
ザッカーワイムは部屋を見渡しても、フードの少女捜査官がどこにも居ないことに気づく。彼女を打ち付けた壁の周辺にも、天井にも居ない。視界の中に彼女の姿はなかった。
「一体どこへ――」
「後ろだよ」
ザッカーワイムに振り返る時間は与えられなかった。彼の視界の端には閃光と可愛く振れるアホ毛の一部が入っていた。
「いつの間に……ッ!?」
バチン! 耳を劈くスパークの音とともにブレーカーが落ちるかのごとく、ザッカーワイムの意識は闇へと落ちていった。パーカー少女の目の前で銀髪の白衣男は為す術もなく崩れ落ちた。
「23時26分、身元不明遺体の殺人容疑で逮捕……だっけ、よく覚えてないけど」
ラムノイはフードを被り直して意識を失った犯人に能力者専用の無力化手錠を掛ける。そんななか、ヤエヤマが頭を擦りながら起きてきた。地面で白目を剥いているザッカーワイムを一瞥して、彼は「痛ってえ」と呟いたのであった。
* * *
彼らがFMFの本部に戻ってくるときには、既に空は白け始めていた。出迎えたレーシュネの顔は事後報告で気を病んだのか酷く疲れた様子だった。
「結局あのナイフが被害者の傷に適合して、付着していた血液も検出されたようだね。指紋とかの傍証する証拠もあるし、これで立件出来るだろう」
「本当に大変でしたよ。あれで証拠見つからなかったらどうするつもりだったんでしょうね……」
レーシュネはセプトの愚痴を聞いて、首を振った。
「彼は一度を除いて犯人を逃したことがない。最短経路で近づこうとするからね」
「相当信用されてるんですね」
「ああ、一緒にやっているうちに分かってくるさ」
レーシュネは感慨深そうに二人を見つめる。シュヴェーカは捜査資料をまとめて、報告書を付してレーシュネに渡した。
「そういえば、ヤエヤマさんはどこに?」
「報告書作りも僕たちに任せて、本部にも帰って来ないし一体何処へ行ったんでしょうね」
疑問を呟くセプトに対して、いつものように足をぶらぶらさせながらデスクの上に座っていたラムノイが視線を向けた。
「多分、エルト市警に行ってると思う」
その場の三人は一体ヤエヤマがエルト市警に何の用があるのか、全く思い出せないでいた。
一方、場所は変わってエルト市警察署の一室。ヤエヤマとクレサイヤはスマホの小さな画面を食い入るように覗き込んでいた。ヤエヤマは約束通りクレサイヤの元に訪れて、「ライ★マス」をプレイしていたのであった。
「な、なんて指さばきだ……しかも、初手無償石で引いた10連で最高レアリティのフィアちゃんとシラージャさんを引くなんて……ありえねえ……」
クレサイヤは画面を覗き込みながら、消え入るような声でそう呟く。一方、ヤエヤマは高速で画面をタップして最高難易度のステージをクリアしていく。ミスもない捜査にクレサイヤの顔は驚きから怪奇現象でも見ているかのような顔へと変わっていく。
「あまりスマホゲームってのはやらない人間だったが、やってみると面白いもんだな」
「あ、ああ、気に入ってもらえたなら何よりだ……」
クレサイヤは少し引いていた。長期プレイヤーなりに目の前の殆ど経験の無いプレイヤーの「怪物さ」に驚いていたのであった。
そんなとき、いきなり部屋のドアが開いた。制服姿の巡査達がぞろぞろとクレサイヤの前に現れる。
「やっと見つけましたよ、巡査部長。今度こそ逃しません!!」
「やっべ、こうなったら逃げるが勝ちだぜ」
「あっ、待てぇええええええっ!!」
窓から飛び降りて逃げるクレサイヤを追って、巡査達がぼとぼと窓から下へと落ちてゆく。おそらく全員訓練された能力者なのであれだけの高さから落ちても無傷なのだろう。ヤエヤマは心配していなかったが、これからも追われることになるだろうクレサイヤを少し憐れみながらくすっと笑みをこぼした。




