第87話 救った後のこと
前話で終わりと書きましたが、アードルフが戻ってくる部分まで書かないと次が初めにくいので。
前話に追記するには長くなってしまったので、別話に。だから今回は短めです。
内容的には年寄りが若い者に説教するだけの話です。
長かった夜が明け、アードルフが3日ぶりに【風の歌姫亭】へ帰って来た。
実質的に2日半ほど監禁されていたものの、最低限の水や食料は与えられていたということで、彼は意外と元気な姿を見せている。
「皆さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」
「よく帰ってきたな」「ちょっとくれえのコトは気にすんな!」「ロドリーゴの野郎はシメておいてやったからな!」
「あ、いえ、ロドリーゴさんは悪くないんです! 全部自分が……」
新人が帰ってくると聞きつけた【ガルパレリアの海風】のメンバーたちが勢揃いし、歓迎や慰めの言葉をかける。
盛り上がりが一段落したところで、カストがいったん場をまとめた。
「まずは、アードルフが無事に帰って来れて良かった。そんでアードルフよ、オメエはまだ【ガルパレリアの海風】で続けてく気があんのか? 今回のことで嫌になったってんなら、どうにかしないこともねえが」
「いいえ! カストさんたちに許していただけるのであれば、これから先もずっと、こちらで探索者を続けさせていただきたいです!」
「そうか! それなら歓迎する。となると……試験のこともあるからあんまりゆっくりもしてられねえな。さすがに今日は休みにするとして、迷宮に潜るのは明日にするか明後日にするか……」
「明日で! 俺の体は問題ありません。3日も無駄にしてしまったのですから、すぐに取り戻さなければ」
「おう、じゃあ明日の朝だな。と、言うことでオメエら! 騒ぐのは良いが明日に響くような騒ぎ方はすんじゃねえぞ!」
まだ開店する前の【風の歌姫亭】に大きな歓声が響いた。アードルフが捕まったと知ってからは騒ぐのを自粛していたから、復帰のお祝いと称して大騒ぎするのだろう。
「それとロドリーゴ。オメエはこれから先の1ヶ月、酒と女禁止な!」
「えーっ! そりゃねえっすよおやっさん!!」
若干一名、騒ぎたくとも騒げなくなってしまった奴がいるようだが。
男たちが勝手に酒を持ち出して、【風の歌姫亭】の店主に怒鳴りつけられるという騒がしい店内から、カスト、ポール、ケン、アードルフの4人は一時的に脱出し、店の奥にある個室に向かう。
久しぶりにアードルフの顔を見た親友のベイジルが心配そうにしていたが、もう少しだけ待ってもらわなければならない。
4人が部屋に入り、それぞれ椅子に腰掛けた。
「……ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。それと、俺なんかを助けてくださってありがとうございました」
「オレとポールは大した事もできなかったけどな。オメエが助かったのはみんなケンのおかげだよ」
「はい、ありがとうございましたケンイチロウさん。このお礼は、何かの形で必ずさせていただきます」
「お前のためだけじゃなくて俺のためでもあったから、あまり気にしなくて良い。だが、こういうことはこれっきりにしてくれ」
「はい……すみませんでした」
「それで、だ。アードルフよ。オメエはなんだってまた店で暴れたりなんかしたんだよ。娼婦にヒトメボレでもしたか?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。ただ、助けなきゃって思って……」
「はぁん? 助けなきゃってどういうこったよ」
アードルフは話すかどうかしばらく迷う様子を見せたが、助けてもらったのだから話さざるを得ないと判断して、やがて口を開いた。
「……あの日、ロドリーゴさんにお店に連れて行かれて、断りきれなくて中に入りました。それで……犬人族の女の人が部屋に来たんですけれど……恥ずかしいし、そういう気にはなれなかったので座って話をしたんです。人種が似てるってことで懐かしそうにしながら……少しだけ楽しそうに話を聞いてくれました」
アードルフから訥々と語られる内容に、他の3人は黙って耳を傾ける。
「話してる途中で……女の人が不自然なくらい口の中を見せないようにしていたのに、気付いたんです。そしたら気になって仕方が無くなって、女の人も俺が気にしてるのに気付いて、あきらめて見せてくれて……そしたら! 牙が、牙が抜かれてて……!」
怒りを堪えるように膝に置いた拳を握りしめ、強く目をつぶった。
「部屋が暗くて最初は気付かなくて、でもちゃんと女の人の体を見たら色んなところに傷跡があって、爪もなくて! だから助けなきゃって!!」
アードルフは閉じていた目を大きく見開き、腹の底から絞り出すようにして怒鳴り声を上げる。
しかし、アードルフの正当な怒りを知っても、他の3人は冷めたままだった。
「……オレは猿人族だからよ、牙がねえってのがどれだけ酷いことなのかは想像しかできねえ。だがな、仮にその娼婦を上手く連れ出せたとして、それからオメエはどうするつもりだったんだ? 連れだしてほっぽり出すのか」
「そんなことっ!」
「しねえってんだろ? だけどどうすんだよ。この町でどうにか匿ってやんのか? 大金持たせて逃してやんのか? 手に手を取って別の町に逃げ出すのか? 言っちゃ悪いが、世間知らずのオメエじゃすぐにとっ捕まってオシマイだぞ」
「だけど、カストさんたちは……」
「オレたちがオメエを助けたのはな、仲間だからだよ。簡単に仲間を見捨てる奴は、簡単に仲間から見捨てられる。だからオレはできる限り仲間を助けることにしてる……見捨てられたくねえからな」
「仲間じゃない人は、助けちゃいけないって言うんですか?!」
「そんな事は言わねえさ。助けられるなら助けた方が良いに決まってる。でもな、それは自分の力だけで助けられる奴だけに許されてることだ。テメエのケツもテメエで拭けねえ奴には許されてねえんだよ」
「っ!」
そんな考えは間違っている、助けを求めている人がいるのならば助けるべきだとでも言いたかったのだろう。
だが、自分自身すら助けられないアードルフはその言葉を飲み込んだ。今は、飲み込むしかなかった。
「他の人を助けられるようになるには、どうしたら良いんですか……?」
「オメエの倍は生きてっけど、残念ながらオレにも分かんねえよ。とりあえず今は、魔術師としてでも、探索者としてでも、魔法剣士としてでも何でも良いから強くなれ。そしたら見えてくるものもあるかもしれねえぞ」
「はい、絶対に強くなります! 助けを求めてきた人を全員、助けてあげられるくらいに!」
「おう、頑張れよ。もし答えがわかった時は、俺にも教えてくれや」
アードルフの気分が落ち着くまで待ち、今後の展望について少しだけ語り合った後で4人が部屋から出る。すると、扉の少し先でベイジルが待っていた。
親友の彼がアードルフの事をいちばん心配していただろうに、蚊帳の外に置かれっぱなしだったベイジルは、安心したように微笑んでいた。
「アード、おかえり……」
「ただいま、ベイジル。心配かけて悪かったな」
「ちゃんと戻ってきたから、いい。でも……もうこんなことは、しないでね?」
「助けてくれたケンイチロウさんにも、同じことを言われたよ。もう、二度とこんなことにならないようにする」
「うん」
2人がそれぞれ思っている「こんなこと」の意味が違っている気もしたが、ケンが口をだすような筋合いでもない。
カストとポールは喧しい男たちを静まらせるために先に行き、宴会の主賓であるアードルフもそれを追う。
他の誰もいなくなった店の廊下で、ベイジルがケンをひたと見据えた。
「あの、ケンイチロウさん」
「ん、何か話でも?」
「はい。アードを助けてくれて、ありがとうございました……」
「礼は本人から言われたからそれで十分だ。そのうち、何か恩返しもしてくれるらしいしな」
「でも、アードとは友達だから……僕も、何かお礼をします。魔術師ギルドのこととか、魔術のことで何かあった時は、僕がなにか、お手伝いできると思います。ギルド長は、怖いから無理かもしれないですけれど……」
まず、ケンの脳裏に浮かんだのは「どこから情報が漏れたのか」ということだった。
魔術師ギルドに所属し、導師の地位にあるモーズレイと知り合いだという情報ならば、ケン自身がカストとポールに明かしているし、他にも気付いている奴がいるだろう。
しかし、ギルド長のジョーセフと知り合いだとか、ケン自身が魔術師だという情報は一度も言っていない。
少なくとも【ガルパレリアの海風】のメンバーの中に、それを知っている人間はいないはずだった。
いや、これはカマかけですらなく、単に自分ができることを挙げただけかもしれない。迂闊に認めるような真似はすべきではない。
「……気持ちだけ受け取っておくよ。魔術師ギルドとか、そこのギルド長に用事ができることなんてないだろうけどな」
「えっと、でも、ケンイチロウさんが着けている指輪って……ギルド長からもらった物です、よね……?」
それは疑いではなく、確認の問いかけだった。
「……いつから?」
「気付いたのは、アードと僕の歓迎会をしてもらった時です。指輪に、ギルド長の印が付いてるのが見えて、それでよく見たら、指輪が<魔法の杖>になっいたから……ケンイチロウさんがギルド長のお弟子さんなんだな、って……」
「最初からか……」
迷宮の外で食事をする時は、いつも癖で革手袋を外している。
手を洗わず、しかも汚れた革手袋をしたまま食事を摂る、なんておぞましい事は綺麗好きのエイダが許してくれないからだ。
どうせ分かるはずがないと思い、ジョーセフから貰った指輪をことさら隠さずにいたのが仇となった。
「あっ、でも、他の人には、言ってません……!」
目に見えて落ち込んだケンを、ベイジルが慌てて慰める。
「秘密にしてた、みたいだったから、ギルド長から何か秘密の使命を受けているのかな、って思ったから……」
「……まあ、それに近いものがないこともない。悪いがベイジル、この事は今後も秘密にしてくれ。なるべく迷惑はかけないようにするから。まあ、どうしてもって時は何かやってもらうかもしれない」
「はい。大丈夫、です!」
今はまだ、運良く決定的な失敗に結びついてはいないが、最近は細かな失策が増えてきた。
人間がすることに完璧などないと分かっているが、せめて、もう少し上手くやらなければすぐに運に見放されてしまうだろう。
再び彼女の動く姿を見るまで、綱渡りの綱から落ちるわけにはいかないのだ。




