捜査
きっと、平然と人を殺す者が、自分の近くに存在しているとも、思っていないだろう。
その平和ボケを美徳ととるか、甘えととるか。
「できたら、こっちの面倒事になんか関わらず、一生ボケたままでいてほしいけど……」
まあ、彼女の性格からすると無理だろう。
苦笑が漏れた。
「日が暮れたら俺も行くかな」
時には、教え子もできることを、ちゃんと見せておかなければ。
◆
烏頭といえば、皇都での盗難被害のせいで、典薬局への仕入れが滞っている薬草のひとつだった。
仕入れが滞っている薬草達には毒性があるのだが、どこで手に入れたのか、その薬草達を内侍官が燃やしていたことがあった。
燃え残った薬草を峨楽のところに持っていって検分してもらったら、やはり仕入れている薬草で間違いはないという結論になったのだが、なぜか、燃え跡に烏頭だけがなかった。
その時は、単純に取り落としたのだろうと考えていたが、元より烏頭だけが火の中に無かったのだとしたら……。
そして、もうひとつの河豚毒。
それは、一時前に内朝で獣の不審死が多発した際、その原因となったのが河豚だった。魚商人からの仕入れには、雑多な魚も混入してしまうため、食膳処の内侍官が選別し、食べられない魚は破棄して燃やすことになっている。しかし、担当の内侍官が手を抜いて、選別の際に河豚などの食べられない魚をそこら辺に捨てていたがため、拾い食いした動物や鳥などの獣が、河豚毒に当たって死んでしまったとされていた。
しかし、獣の骸は見ても、捨てられた魚というのは一度たりとも見たことがなかった。すべて獣達が食べた可能性もあるが、もし、河豚を捨てたのではなく誰かに渡していたのだとしたら……。
そういえば、薬草を燃やしていた者は誰だっただろうか。
そういえば、太子園の食事で、魚料理が急に増えた理由はなんだっただろうか。
西山宮の周囲で、小さな影がちょこまかと動いていた。
「さすがに燃えかすは、とっくに掃除女官が片付けてるよねえ」
落とし物を捜すように、外庭を四つん這いでごそごそと移動する内侍官――小琳が、そこにはいた。
月明かりを頼りに、地面の焼け跡を探したり、灰や焼け残りを探したりしている。
木々の中や狭い場所にも突っ込んだりするものだから、着ている黒い官服は、すっかり土に汚れていた。
「今回はしっかりと洗って返さないと」
この官服は、慈于から借りたものである。さすがにこんな時間に、女官服で後宮外をうろうろしていれば目立つし、門兵に見つかれば一発捕縛である。
慈于は、西湖宮から動かないようにと言いつけてある。
本当は彼も成嵐に会いたがっていたし、証拠探しを手伝いたがっていたのだが、彼が西湖宮からいなくなると、あちらに『何かしている』と悟られる可能性が高いため、そのまま彼には西湖宮に居残ってもらうように頼んだのだ。
「それに、今、西湖宮を空にしたら、何を仕込まれるかわかったもんじゃないし」
西湖宮が空なのをいいことに、今回の証拠品などを西湖宮に忍ばせれば、成嵐の罪をでっち上げることができてしまう。西湖宮の部屋から、烏頭の一本でも出てくれば、即座に成嵐は有罪確定だ。
だからこそ、慈于は西湖宮から動かないないし、動けないのだ。
元より、慈于は西湖宮を空にすることを望まなかった。
それは、こういった事態を防ぐためだったのだろう。
以前にも、毒を盛られたことがあったと言っていたから、警戒してやむなしだ。
成嵐と言葉を交わした後、西湖宮に戻り慈于と話したが、今のところ表立って西湖宮を訪問する者はいないらしい。皆、巻き添えを忌避しているのか、それとも、できの悪い一番下の太子ひとりがいなくなったところでと、さして気にもしていないのか。
ただし、慈于曰く、時折西湖宮を窺っているような気配は感じるとのことだった。
「向こうがこれ以上何かしてくる前に、こっちが証拠を掴んでしまわないと」
まだ、犯人が誰とはわからない。
しかし、第三太子側が裏で糸を引いていることは、わかっていた。
「毒を遅効性にできるのなら、わざわざ四殿下を絡ませることなんてないのに……」
成嵐の話を聞く限り、わざと毒が効きはじめる時間に合わせて、成嵐を呼びに来た節がある。仲が悪いから、成嵐を皇太子毒殺の犯人に仕立ててやろうとでも思ったのか。いや、それよりも、仲が悪いというのなら皇太子の柳史ではなく、成嵐を直接狙うのではないだろうか。
そこまで考えて、小琳は頭を振った。
今はそんなことを考えるよりも、成嵐の濡れ衣を晴らす証拠を見つけるのが最優先だ。
「とはいっても、やっぱりもう外庭じゃ証拠は集まらないみたいだ。そうなると、やっぱり……」
小琳は、暗闇の中ぼうと浮かび上がっている、長い白壁を見やった。
「入って探すしかないだろうなあ」
後宮と同じく、太子園の門兵は太子園入り口の門にはいるが、内側のそれぞれの宮には立たない。内側から閂だけをかける仕様だ。
本来ならば、扉が閉まっていれば諦めるほかないのだが。
「あれ?」
試しに扉を押してみたら、キィと誘うような音を立てて少しだけ隙間が開いた。




