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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第四章 毒を盛った者をさがせ

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すっかり教育されたかな

 加えて、女史になって十年。今、小琳の頭の中には、時間を惜しむように読みあさった、内文学館の蔵書がぎっしりと詰まっていた。

 すると、成嵐のカラッとした笑いが聞こえた。


「こんな時に、小女史に言葉を思い出したな」

「私の言葉ですか?」

「頭の中にあるものは誰にも奪えないってやつ。ほら、最初、いかにも女史長らしく説教垂れたやつだよ」


 ああ、と小琳はその言葉を思い出す。

『頭の中にあるものだけは、決して誰にも奪えません。学びは無駄になりません。それはいつかあなたの大きな助けになりますから』――というやつか。


 あの時の彼は随分と捻くれていて、自分のことなど爪の先ほども信頼しても、信じようともしていないかった。


(だけど今は……)


 ふっ、と頬が緩む。


「どうですか。言葉の意味を、理解していただけましたか」

「どうだろうな」


 投げやりな返事にも聞こえるが、そうでないことを、もう小琳はわかる。

 扉を挟んでいるため、彼の顔が見えないのが少々口惜しいところだ。


「さて、悠長に雑談などできませんね。あまりに遅いと門兵が来てしまいますから」

「ああ。だけど、もうほとんど答えは出たようなもんだろ?」


 烏頭と河豚を混ぜた毒物は、一定時間毒の効き目が失われ、その後に烏頭の毒性が復活するということがわかった。

 この方法を使えば、その場におらずとも即効性の烏頭での毒殺は可能となる。


 烏頭と河豚――それは、ここ最近にもよく耳にした気がする。

 どちらの時も同じ宮が絡んでいたように記憶しているが、はたして偶然か。


「それでは、私は動けない誰かさんの代わりに、証拠探しでもしましょうかね。本当、手の掛かる教え子です」


 小琳は、よっこらしょと腰を上げ、再び口元を布で覆い隠した。

 幞頭も深めに被り、場を離れようと踵を返したところで、トントンと扉が叩かれた。


「何かありましたか、四殿下」


 顔が見えるわけでもないのに、つい振り返ってしまう。

 扉は沈黙していた。

 しかし、すぐ後ろにまだ彼がいることはわかる。


「……危ないことはするなよ」


 えらくぶっきらぼうな声が聞こえてきて、小琳は目を瞬かせた後、フッと鼻から息を吐いた。まったく、どちらが危ない状況だというのか。明日明後日には、命が尽きるかもしれないというのに。


「あなたこそ、証拠が見つけられるよう、祈っていてくださいよ」


 小琳は飛び出すように大門を出た。




        ◆




 小琳の足音が遠ざかり、大門に再び閂が下ろされる音がすれば、成嵐は再び垂花門に背を預けた。


「……師ね」


 何が師だ。自分が知っている師とはまったく違うというのに。


「普通、たかが教え子に会うために喉潰すかよ」


 本当、自分の想定をことごとく外れてくる変な女人だ。


「ああ……『たかが』なんて言ったら怒られるな」


 彼女の怒る姿が生々しく想像でき、成嵐はクッと奥歯を噛みしめて笑った。

 こちらの自嘲に合わせるでもなく、上辺だけの同情で否定するでもなく、彼女だけは本気で怒ってくれた。


 最初から、『皇位継承権が一番下で後ろ盾もいない憐れな第四太子』でもなく、『明るい将来が望めぬ悲嘆から遊びまくっている呆子殿下』でもなく、ただの『教え子の成嵐』として扱ってくれた。

 それが、どれだけありがたかったか。


 余計な色眼鏡で見られないのは、本当に久しぶりだった。

 母が亡くなってから、皆の自分を見る目は否が応でも変わったから。

 こんな馬鹿に対しても、彼女はどうにかして有利な部分を見つけようとしていた。色々な書物や学問をさせ、適性があるのを伸ばそうとしていたのだろう。本当、そういったところは女史に向いているなと思う。


「すっかり、俺も教育されたかな」


 存外、彼女が傍にいるのは心地好い。

 彼女の隣でなら、思い切り息が吸える感じだ。


 ずっと傍にいてくれた者というのなら、慈于もいた。が、彼はどこまでいっても自分の下につく側近でしかない。きっと、自分を殺せと命令したら、泣いて嫌だと言いながらも殺すだろう。それを批難するつもりは毛頭無い。それが側近という者のあるべき姿なのだから。主の意思を忠実に汲むことこそ、側近の意義である。


 しかし、彼女はきっと殺してくれと言った瞬間に、張り手で横っ面を吹っ飛ばし、床に座らせて説教をするに違いない。『なに馬鹿なこと言ってるんですか』とか言って。

 成嵐は、扉に後頭部をトンと当てた。

 必然的に、視界には青空が広がる。随分と青が薄まった秋空に、鷹だか鳶だかがひゅうと横切った。


「さて……」


 成嵐の目がすっと細められ、鋭い眼光が宿る。

 彼女は証拠探しをすると言っていたが、探すとしたら西山宮の周辺か、西山宮の中だろう。


「師のくせに、微妙に考えが甘いんだよな……あの人」


 それも仕方ない。

 彼女は死が隣人の顔して日常の隣に居座っていた時代の後に、後宮に入ってきた者なのだから。今の後宮は、確かにまだ寵争いや権力闘争などの気配はあるが、かつての比ではない。この程度、児戯に等しい。



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