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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第四章 毒を盛った者をさがせ

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この特技も役に立つものだ

 やはり、彼が話してくれた内容を聞いても、彼が皇太子である柳史を毒殺しようとしたとは、小琳には思えなかった。柳史付きの内侍官達の目がある中での毒の混入は不可能に近いし、何より、柳史に応急処置をして典薬局へ運んでいる時点で、行動が矛盾している。


 しかし、そこは考慮されず、柳史が倒れた時に一番近くにいたという理由だけで、こうして拘禁されてしまったのは、成嵐の日頃の行いと蔓延る悪評のせいだろう。


 なんとも皮肉なものだ。

 だからこそ、彼も声高に無実を叫べなくなっているとは。


「実は、ここを訪ねる前に典薬局に行ってきまして、峨楽殿に皇太子殿下になんの毒が使われたのか聞いたんです」

「それで……!」


 ガタッと扉が揺れた。


「使用されたのは烏頭でした」

「烏頭……即効性の毒物か」

「名前を聞いただけで、どんな毒かわかるなんて凄いですね」


 きっと、上級女官に聞いても、すぐに答えられる者など片手もいないだろう。


「まあ……そういった環境で育ってきたからな」と、答えた彼は、さも当然とばかりのつまらなそうな声だった。


 そういえば、かつて慈于を池に蹴落としたのだとて、そういったことが理由だったか。きっと、応急処置の方法を知っていたのも、環境上身につけざるを得なかったのだろう。


「だが、烏頭のはずがないんだがな」

「そうですね。四殿下の証言からすると、茶に毒が混入される隙はなく、同じ茶壺から注がれた四殿下の茶は当然無毒でしたもんね。しかし、峨楽殿が烏頭と断じたので、そこは間違いないんですが……」


 変な薬師だが、腕だけは確かだ。

 だからこそ、皇族や后妃達の薬師でいられている。


「烏頭なあ……烏頭か……」


 ぼそぼそと「烏頭」と呟く声を背中で聞きながら、小琳も烏頭についての知識を脳内で漁る。


「即効姓の毒を遅効性にするような方法があれば、良いんですが……」


 成嵐がいる時に毒を盛られたのでなければ、やはり会う以前に、どこかで柳史は遅効性の毒を盛られていたことになる。そうして、偶々成嵐と会っている時に、毒が効いたと考えるのが一番可能性が高い。

 しかし、使用された毒は、即効性の毒である烏頭と確定しているのだ。


 可能性と事実が、あまりにも矛盾してしまう、とこめかみを押さえた時、小琳の脳内でとある台詞が蘇った。


『食い合わせが悪けりゃね。薬草も調合次第じゃ薬にも毒にもなるもんだし、同じだよ』――それは、具合が悪い女官を峨楽に診せた時の言葉。


「矛盾……」と、小琳は口の中で呟き、次は、扉の向こうにも聞こえる声で言う。


「あの……峨楽殿が、食い合わせが悪いと体調不良を引き起こす原因になると、以前言っていまして」


 成嵐が、こちらに集中する気配があった。


「薬草の調合次第では、薬にも毒にもなるものだとも」

「だとすると、烏頭の他に何かを合わせたら、遅効性の毒にすることも可能ってことか!」

「あ、いえっ、可能性の話ですけど」


 ただ、状況を加味すると、この可能性は低くはない。

 成嵐の「んー」と悩ましげに唸る声が響いてくる。

 きっと、眉間に皺を寄せて、腕を抱えているのだろう。


「昔……書物で、二つの毒を混ぜると効き目がなくなるとか……そんなの読んだ覚えが……あーなんだったかな、あの書物は。えー毒百……いや、山?」


 彼の言葉にピンとくるものがあった。


「もしかして、その書物は『山海百毒本草子』じゃないですか?」

「それだ!」


 間髪容れずに返ってきた声と扉の揺れに、小琳も振り返って扉に手を置く。扉がなければ、喜びに互いの手を握り合っていたかもしれない。


 山海百毒本草子は、古今東西に伝わる毒物についてまとめられた書物だが、薬草が載っているわけでもなく、純粋に毒物のみをまとめたもので、これを読む者というのは限られている。せいぜい、治療を目的とした学ぶ心のある医官や薬師か、あとは相手を屠ろうとする害意のある者くらだ。


「よくこんな本を読まれてましたね」

「まあね。時間ならいくらでもあったからさ」


 彼が今まで、西湖宮でどのように過ごしてきたか想像できた。

 埃ひとつない書庫の本こそ、彼の真面目さを知る唯一の証人なのかもしれない。


「だけど、肝心の部分が思い出せないんだよな……何と何の毒だったか……」

「『烏頭をひと匙と、河豚の潰した肝をひと匙とひとつまみで一刻の空白。のち、烏頭毒にて死に至る。空白の多寡は河豚肝のみを調整すべし』――という内容ですよ」


 歯痒そうな成嵐の声に被せて、小琳がツラツラと書物の一文を読み上げた。

 しかし、彼女の手に書物があるわけではない。


「そうだ! 間違いない、それだ」

「私のこの無駄な特技も役にたつものですね」


 小琳が書物の一節を苦もなく思い出せたのは、日常でおつかいの時くらいしか役立つことのない、『一度聞いたものは忘れない』という特技が、遺憾なく発揮された結果だった。


 この毒に関する書物の内容は、すべて小琳の頭の中にある。




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