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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第四章 毒を盛った者をさがせ

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急転直下

 目も眉も柳のように下がった柔和な顔立ちによく似合った(うぐいす)色の袍を纏い、成嵐と同じく冠を外しているため、頭頂で結った長い赤髪が肩口から流れている。


 まるで早春の梅のようでぴったりだなと、成嵐はひとり内心で微笑んだ。

 四人の太子達は、公式な場では、それぞれ異なる色の袍を着ることになっている。


 花阡(かせん)は青、祥江は赤、そして成嵐は黒だ。指定されているわけではないが、いつの間にか各人がよく着る色が固定化され、他の太子が選ばなくなった結果だ。


「お久しぶりです、柳史兄上」

「堅苦しい挨拶はいいから、座りなさい」


 柳史は拱手をしようとした成嵐の動きを言葉で制し、向かいの椅子を手で勧めた。

 どうやら、今日は体調が良さそうだ。顔色も悪くない。

 チラと周囲に目を配りながら成嵐は腰を下ろしたのだが、部屋には内侍官が幾人もいて、自分のところの寂しさに小さな自嘲が漏れた。


「また大きくなったんじゃないか、成嵐」

「いつの頃の俺と比べているのですか、兄上。もうずっと俺はこの大きさですよ」

「ははっ、そうかそうか。お前はあまり私の宮を訪ねてきてはくれないから……私の中でのお前の姿は、いつも十くらいで止まっているんだよ」


 自然と成嵐の視線が下がった。


「俺の噂は聞いているでしょう?」

「随分とやんちゃしているようだね」

「兄上の傍にいて、ご迷惑を掛けるわけにはいきませんから」


 先程から、自分に向けられる内侍官達の視線は、邪魔だと言わんばかりに厳しい。


「お前ときたらまったく……」


 茶を苦笑と一緒に飲む様子は、まるで親が『仕方のない子だ』と言っているようなもので、成嵐は胸を詰まらせた。


 成嵐も内侍官が出してくれた茶に口をつけ、胸に灯った懐かしさに頬を緩める。

 しかし、あまり長居するのも良くないだろう。

 成嵐は茶を置くと、椅子を立ち上がった。


「それでは兄上」


「また」と言う成嵐の声は、陶器の割れる神経に爪を立てたような不快音と、柳史の激しい咳嗽によってかき消された。


「兄上っ!?」

「せ……ッゴホ! ガハッ!」


 柳史は芋虫のように背中を丸め、そのまま椅子から滑り落ちた。

 顔色は悪く、呼吸は不規則に浅くなっている。

 身体が弱い人だった。昔からよく倒れることもあった。

 だが、このような反応を起こしたことはない。


「殿下!」「皇太子殿下!」と、焦燥に声を荒げた内侍官達も駆けよってくる。


「薬師長を呼んでこい!」


 内侍官が叫ぶ。


「間に合うか! 誰か炭を持って来い! 湯を沸かした時のがあるだろう!」


 しかし、成嵐は典薬局に向かおうとした内侍官を止め、炭を持ってくるように指示をする。だが、彼のことを良く思っていない内侍官達は、『信用したものか』と目配せしあうばかり。


「早く!!」


 大声を超えた蛮声に、ビクッと内侍官達は身体を硬直させ、そして気圧されたように慌ただしく動きはじめた。皿に乗せてまだ熱を持った炭が届けられた。成嵐は腰から祭祀用の刀剣を抜いて、()を使って炭を砕く。内侍官達は呆気にとられ、見守るばかり。


 そして、粉末になった炭を、飲みかけだった自分の茶に混ぜると、成嵐は口に含んで柳史の口内に直接注ぎ込んだ。しかし、呼吸が荒れている柳史は上手く飲み込めず、口の端からゴボゴボと吐き出してしまう。


「――っ兄上、飲んでください」


 二口目を含み、今度は口を長く塞ぎ、無理に飲み込ませる。柳史の喉がゴクリと茶を嚥下したのを見て、固唾をのんで眺めていた内侍官達からも安堵の息が一斉に漏れた。


 しかし、成嵐はそこで気を緩めることなく柳史を背負うと、戸を蹴るようにして部屋を飛び出した。




        ◆




 ドンドンドン、と荒々しく戸が叩かれていた。

 いや、殴られている、もしくは蹴られているに近い。


「もぉ、なんだよ! 后妃様んちみたいに上等な建物じゃないんだから、優しく扱ってくれ――」


「よっ!」と、峨楽は勢いよく戸を開けて、そして、言葉を失った。


 戸を開けた先には、鶯色の袍を着た男を背負う、汗で額に髪が貼り付いた見目の良い馬鹿男がいた。

 ぜぇはぁと荒々しい息をする切羽詰まった表情は、以前会った時の飄々とした姿とはあまりに違って、峨楽は一瞬別人かと思ってしまった。


「え……し、四殿下……が、え、今って嘗祭なんじゃ……」

「毒を盛られた……っ、助けてくれ」


 ズカズカと薬処に入ってきた成嵐が、奥にある寝台に寝かせた者を見て、峨楽はヒッと喉を震わせた。


「こ、皇太子殿下!?」




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