急転直下
目も眉も柳のように下がった柔和な顔立ちによく似合った鶯色の袍を纏い、成嵐と同じく冠を外しているため、頭頂で結った長い赤髪が肩口から流れている。
まるで早春の梅のようでぴったりだなと、成嵐はひとり内心で微笑んだ。
四人の太子達は、公式な場では、それぞれ異なる色の袍を着ることになっている。
花阡は青、祥江は赤、そして成嵐は黒だ。指定されているわけではないが、いつの間にか各人がよく着る色が固定化され、他の太子が選ばなくなった結果だ。
「お久しぶりです、柳史兄上」
「堅苦しい挨拶はいいから、座りなさい」
柳史は拱手をしようとした成嵐の動きを言葉で制し、向かいの椅子を手で勧めた。
どうやら、今日は体調が良さそうだ。顔色も悪くない。
チラと周囲に目を配りながら成嵐は腰を下ろしたのだが、部屋には内侍官が幾人もいて、自分のところの寂しさに小さな自嘲が漏れた。
「また大きくなったんじゃないか、成嵐」
「いつの頃の俺と比べているのですか、兄上。もうずっと俺はこの大きさですよ」
「ははっ、そうかそうか。お前はあまり私の宮を訪ねてきてはくれないから……私の中でのお前の姿は、いつも十くらいで止まっているんだよ」
自然と成嵐の視線が下がった。
「俺の噂は聞いているでしょう?」
「随分とやんちゃしているようだね」
「兄上の傍にいて、ご迷惑を掛けるわけにはいきませんから」
先程から、自分に向けられる内侍官達の視線は、邪魔だと言わんばかりに厳しい。
「お前ときたらまったく……」
茶を苦笑と一緒に飲む様子は、まるで親が『仕方のない子だ』と言っているようなもので、成嵐は胸を詰まらせた。
成嵐も内侍官が出してくれた茶に口をつけ、胸に灯った懐かしさに頬を緩める。
しかし、あまり長居するのも良くないだろう。
成嵐は茶を置くと、椅子を立ち上がった。
「それでは兄上」
「また」と言う成嵐の声は、陶器の割れる神経に爪を立てたような不快音と、柳史の激しい咳嗽によってかき消された。
「兄上っ!?」
「せ……ッゴホ! ガハッ!」
柳史は芋虫のように背中を丸め、そのまま椅子から滑り落ちた。
顔色は悪く、呼吸は不規則に浅くなっている。
身体が弱い人だった。昔からよく倒れることもあった。
だが、このような反応を起こしたことはない。
「殿下!」「皇太子殿下!」と、焦燥に声を荒げた内侍官達も駆けよってくる。
「薬師長を呼んでこい!」
内侍官が叫ぶ。
「間に合うか! 誰か炭を持って来い! 湯を沸かした時のがあるだろう!」
しかし、成嵐は典薬局に向かおうとした内侍官を止め、炭を持ってくるように指示をする。だが、彼のことを良く思っていない内侍官達は、『信用したものか』と目配せしあうばかり。
「早く!!」
大声を超えた蛮声に、ビクッと内侍官達は身体を硬直させ、そして気圧されたように慌ただしく動きはじめた。皿に乗せてまだ熱を持った炭が届けられた。成嵐は腰から祭祀用の刀剣を抜いて、柄を使って炭を砕く。内侍官達は呆気にとられ、見守るばかり。
そして、粉末になった炭を、飲みかけだった自分の茶に混ぜると、成嵐は口に含んで柳史の口内に直接注ぎ込んだ。しかし、呼吸が荒れている柳史は上手く飲み込めず、口の端からゴボゴボと吐き出してしまう。
「――っ兄上、飲んでください」
二口目を含み、今度は口を長く塞ぎ、無理に飲み込ませる。柳史の喉がゴクリと茶を嚥下したのを見て、固唾をのんで眺めていた内侍官達からも安堵の息が一斉に漏れた。
しかし、成嵐はそこで気を緩めることなく柳史を背負うと、戸を蹴るようにして部屋を飛び出した。
◆
ドンドンドン、と荒々しく戸が叩かれていた。
いや、殴られている、もしくは蹴られているに近い。
「もぉ、なんだよ! 后妃様んちみたいに上等な建物じゃないんだから、優しく扱ってくれ――」
「よっ!」と、峨楽は勢いよく戸を開けて、そして、言葉を失った。
戸を開けた先には、鶯色の袍を着た男を背負う、汗で額に髪が貼り付いた見目の良い馬鹿男がいた。
ぜぇはぁと荒々しい息をする切羽詰まった表情は、以前会った時の飄々とした姿とはあまりに違って、峨楽は一瞬別人かと思ってしまった。
「え……し、四殿下……が、え、今って嘗祭なんじゃ……」
「毒を盛られた……っ、助けてくれ」
ズカズカと薬処に入ってきた成嵐が、奥にある寝台に寝かせた者を見て、峨楽はヒッと喉を震わせた。
「こ、皇太子殿下!?」




