太子のお仕事
景衡国には、秋の末月に嘗祭という、今年一年の豊穣に感謝し来年への新たな芽吹きを祈念する宮廷祭祀がある。
皇帝と四人の太子達が共に祖廟への祈りを捧げたあとは、天と地への感謝と祈りで、四人の太子達がひとりずつ歌を詠むこととなっている。
つつがなく祖廟への祈りも捧げ終わり、一旦それぞれが祭祀場である正中殿を離れ、控え室にもなっている北側の桑楡殿へと戻っていた。
太子それぞれに与えられた部屋で、成嵐は冠の紐を解いた。
「はぁ、きっつ」
幾重にも重ねられた衣は重く、ジャラジャラとした帯飾りや腕飾りなどで身動きもとりづらい。椅子に腰を下ろせば、椅子に重さが分散され少しはマシになる。
「お疲れ様です、成嵐様。しばらく時間がありますし、お茶でも飲まれますか」
「あーうん、頼む」
表では今、宮妓達による舞の奉納が行われているはずだ。
その後に、太子達の歌詠みがあるのだが、さてどうしたものか。
(小女史ならなんて言うかな)
外朝で行われる宮中祭祀には、祭祀に関わる宮妓は別として、後宮の女官達は参加できない。皇后と四夫人くらいであれば、祭祀により姿を見せることもあるが、その他の者達は関わらない。
今頃、自分が失態を犯していないか、ハラハラしながら仕事しているに違いない。
(もう馬鹿のふりはやめろって言うかな……)
いや、彼女の場合、きっと自分で決めろとか言うはずだ。
ただ、どんな選択をするにせよ、彼女はきっと『では師として精一杯支援はいたしましょう』とか言うのだろう。
(言いそー)
脳内で声付きで再生され、成嵐はくくっと喉で渋るように笑った。
「思い出し笑いですか? 成嵐様の人生で笑えるような日々ってありましたっけ」
コトリ、と目の前の卓に茶が置かれる。
「お前、一度、祥江兄上の側近になって首をはねられてこいよ。俺の寛大さが身に染みるから」
「それ、染みる前に死んでるじゃないですか」
「良かったな、俺が主人で」
「日々苦労ばかり」と、さめざめと嘘泣きをしている慈于を無視して、成嵐は茶に口を付けた。きりりと立ち上る青い香りと舌がヒリつくような熱さは、疲れた心身を解きほぐしてくれる。
『柳史兄上に挨拶しに行けよ』
不意に、祥江に言われたことを思い出してしまった。
そうだった。先程の祖廟への祈念の時は話す時間もなく、軽く目を合わせただけだった。
きっと、既に上二人の兄――花阡と祥江は挨拶を済ませているのだろう。
(柳史兄上……)
成嵐は母親が亡くなって、皇后に引き取られた。
生母が亡くなり、子が幼ければ皇后宮に引き取られるというのは、ままあることだ。
皇后は後宮の主である。よって、皇后だけは他の妃嬪が生んだ子に対し義母という位置づけになり、万が一、生母が亡くなった場合そのまま養育者となる。
十で成嵐が皇后宮に引き取られた時、五つ年上の柳史もまだ皇后宮で暮らしていた。それから三年、共に皇后宮で過ごした。
生まれた時からほぼ皇太子になると決まっていた、心優しき長兄。
よその妃嬪が生んだ子でも、皇后宮にすぐに馴染めたのは彼のおかげだった。
目ざとく優しく頭も良く、誰にでも分け隔てなく接する人格者。幼いながらに、彼ならば、皆に愛される皇帝になるだろうと思ったものだ。
そんな彼にも、ひとつだけ足りない部分があった。
不幸なことに、柳史は身体が弱かった。
寝所で横になっていることのほうが多い人だった。半日、動いていられれば良いほうだ。熱にうなされ、夢うつつに叫んでいる声を聞いたこともあった。
その言葉が、今でも忘れられない。
(とはいえ、確かに挨拶もせずってのは良くないな)
成嵐は茶を二杯飲み干し、疲労感が薄れたところで、椅子から腰を上げた。
「あれ、どちらへ? 成嵐様」
「ちょっと兄上のところにね」
茶器を片付けながら気にする慈于に、成嵐は手をひらりと振って、部屋を出ようとした。のだが、成嵐が戸に手を掛ける前に、勝手に戸が開いた。
「おい、成嵐。柳史兄上のところには行ったのかよ」
否、祥江が声も掛けずにいきなり入ってきたのだ。
「どうせまだだろうが。俺と花阡兄上は、既に祭祀前に終わらせてるんだよ。一番下が一番最後ってふざけてんのか? 柳史兄上が、お前と近頃話していないと嘆いてあったぞ」
呼びに来たと言うわりにはとても偉そうだ。親切心など感じられぬ眇めた目は、むしろ『邪魔だからさっさと行け』と言っているようにしか見えない。
「……ちょうど今、行こうと思ってたんですよ」
成嵐は薄いため息を吐くと、祥江の脇をすり抜け柳史がいる部屋へと向かった。
「久しぶりだね、成嵐」
柳史を訪ねると、彼は柔らかな笑みをもって迎えてくれた。




