心当たりありませんかねえ?
「ほう、妙な盗人だ?」
「ええ。花街近辺の邸店や荷などを盗むそうなんですが、いや、盗むという言い方はおかしいですね。盗むように入ってくるのに、結局何も盗らずに荒らすだけ荒らして消えるそうです」
祥江は顎を上げ、見下ろすような視線を向けてくる。
「なぜ、お前が皇都のことを気にする」
「皇都というよりも、私の馴染みの花楼が被害にあっておりましてね。毎度毎度目的がわからない上に荒らされて、ほとほと嫌気がさしているらしく。それで、十六衛所属の兄上なら、何かしら犯人についてご存じないかと」
祥江が、外連味のある笑いと共に膝を叩いた。
「随分と良いご身分だなあ! 花楼の女と遊べる時間があって羨ましいことだ。だから、お前はいつまで経っても呆子殿下のままなんだよ」
「はは、兄上はいつも手厳しい」
成嵐はにこりと、人好きしそうな綺麗な笑みを返す。
「だが、十六衛はその名の通り十六の部隊があるんだ。残念ながら、俺がいる部隊は皇都の巡邏などせんな」
「そうですか。ああ、それともうひとつ」
祥江が、用事が終わったなら帰れという顔をしたのを見て、矢継ぎ早に成嵐が質問を付け加える。
「実は、その妙な盗人と関係あるかはわかりませんが、ある者から、花街のある西側ではなく、東側で盗難を働いた盗人が皇宮へ逃げ込んだという話を聞きましてね」
「ほう」と、物見高い嘆声が聞こえた。
「それで、もしかして盗まれたものが宮内にあるのではと考えて、ウロウロしていたんですよ。実は盗まれたものに少々心当たりがありましてね……近頃、典薬局の仕入れる薬草が皇都で盗まれて、入荷しないというじゃありませんか。なので、その盗人は薬草を盗んだのではないかと思いまして。東側には薬問屋がありますし。まあ、皇宮へ運ぶ予定の薬草を、盗人がわざわざ盗んで皇宮へ戻る意味はわかりませんが」
祥江は黙って聞いていた。
「しかし、結局は私が犯人を見たわけでもないですし、何も見つからず。ただ、外庭をふらふらしていた時に、兄上のところの内侍官が何かを燃やしているのを発見しまして」
たちまち、祥江の口の端が強張った。
「興味本位で燃え跡を見たら、燃え残った草がたくさんありましてね……ちょっと不思議に思って調べたら、薬草だったんですよ」
成嵐と祥江の視線が真正面から交わった。
互いに顔には笑みを湛えているが、二人を取り巻く空気は、到底笑っていると言えるものではない。
「何かご存知ないですか、兄上」
彼が薬草を盗んだ意味はわからない。いや、手元に置いておくのであれば、兄のことだ、誰かを害するのに使うのだろなと予想できたが、手に入れた毒草を燃やす意味はやはりわからない。
祥江は立てていた片足を倒したかと思うと、ぐっと上体を前のめりにする。
「さあ? 内侍官のやることなんて俺が知るわけない。それより、あの女官はなぜ畜生の死骸など集めていたんだ」
成嵐の質問は投げやりに躱され、反論の余地なく、今度は祥江が過去を持ちだして質問してきた。
女官という言葉が出た時、成嵐のこめかみがピクリと揺れた。
しかし、成嵐の髪が長いことが幸いして、祥江はその微かな反応には気付かなかったようだ。当然、成嵐も表情にはおくびも出さない。
「特に何も。彼女は私の教育係でしてね。獣の生態を教えるためと、骸を探していたようでして」
「ハハッ! とうとう学士にも見捨てられ、女史にしか相手にされなくなったか! 可哀想に」
「そうなんですよ。もはや私の相手をしてくれる者がいないのですよ」
言いながら、成嵐はよいしょと腰を上げた。
「それでは、祥江兄上、失礼いたします」
成嵐は拱手を掲げると、さらりと未練なく部屋を出て行こうとした。
その背に声が掛かる。
「おい、成嵐」
成嵐の足が止まる。
「十日後の嘗祭では、ちゃんと柳史兄上に挨拶しに行けよ。皇后宮で五年も世話になっておいて、ちっとも顔を出さないそうじゃないか」
『李柳史』――齢二十七の第一太子にして皇太子である。
「柳史兄上も、私のようなできの悪い弟が関わると迷惑かなと……しかし、それもそうですね。折を見て挨拶くらいはしておきますよ」
では、と成嵐が再び歩みはじめれば、もうどちらも相手に視線を向けることはなかった。
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