太子がそんな格好しないでください
「小女史と女官達の体調不良が、太子園にいる間だけで起っているものだった。とすれば、何者かが太子園で、盗んだ例の薬草を燃やしているってことだろう」
おそらく、自分の頭痛も風で流れてきた煙を吸ったものだったのだろう。風で随分と薄まっていたから、あの程度で済んでいたと思われる。それに比べ、掃除女官は庭や宮の中を掃除するし、より煙を吸い込みやすい環境にいた。それに、もし先に何か燃やしている場所があれば、そこに落ち葉を持っていって一緒に燃やしたりもするだろう。
「ああっ、だからその煙を吸った掃除女官の体調が、悪くなったってわけですね!」
慈于も理解が追いついたのか、わかったとばかりに両手を叩いて明るい声を出していた。
「煙を見ただけで、それが何を燃やした煙かはわかる者はいませんからね。私も掃除女官が、片付けた落ち葉を燃やしていると思っていましたから。まあ、本当に落ち葉を燃やしていることもあったでしょうが」
成嵐が真面目な顔して頷く。
「それで、昨日また盗人が出た。そして、盗人は皇宮へと逃げ込んだ。ということは、近々また薬草を燃やすんじゃないかって、ここで待ってるってわけか。で、煙が上がった先にいた奴が犯人、と……」
「お見事です、四殿下」
小琳は彼の出した推理に、大きな拍手をおくった。
とても満足である。
慈于も感動に口をまるめ、感嘆の声を漏らしている。
「なるほど。ここからならどの方向で煙が上がっても見通せますもんね! だから旬を過ぎた老夫婦のように、お二人とも秋晴れの下で並んで座ってたんですね」
「ふ、夫婦!?」
慈于の比喩に、成嵐が大きく取り乱した。
まあ、声を荒げるのも仕方ない。
「確かに夫婦はいただけませんよ、慈于殿。なんといっても、四殿下は龍陽ですから」
「確かに」と頷く慈于を、奥から成嵐が忌々しそうに、歯をぎりりと噛みしめて睨んでいた。
「あのなあ」と、成嵐が口を開いた時。
「あ!」と小琳が空を指さした。
今までの会話の流れから、成嵐も慈于も小琳が何を指さしているのか即座に把握し、彼女が示す方へと顔を向けた。
◆
白煙の立ち上った位置を確認しながら進むと、そこは以前小琳が猫や雀の骸を見つけた、人目がほぼない外庭だった。
ただでさえ鬱蒼としている中、西山宮にほど近い日の射し込まぬ薄暗い場所で、ひとりの内侍官が何かを燃やしている。
「そこで何をしているんだ」
成嵐が声を掛けると、内侍官は「ヒッ!」と喉を震わせて、背中を反らせた。
「ははっ、そんなに驚かなくていいよ」
成嵐の声は怒声と言うにはほど遠く、へらりとした気安いものだ。
やはり、彼はまだ西湖宮外では呆子殿下で通すつもりのようだ。
そろりと振り返った内侍官は、口元に手巾を巻いていた。
見えている肌の部分は少ないというのに、顔も身体もひょろっと痩せこけていることが、だぶついた官服を見ればよく伝わってくる。肩を丸め、下から窺うようにしてねめつける視線は、盗人と言われても納得できてしまう姿だった。
「あっ! お前、立越じゃないか!」
見知った顔なのか、慈于が内侍官の顔を見て声を上げた。
「同僚か、慈于」
「ええ。僕と同じく、太子付きの内侍官ですよ」
「なるほど。では、西の太子園にいるということは、祥江兄上の内侍官か」
祥江の宮――西山宮は目と鼻の先で、西山宮を囲む宮壁はもう見えている。
「それで、立越はこんなところで何をしていたんだ。何か燃やしているようだが」
尋ねながら成嵐は、立越の背後にあるたき火へと近寄る。
「そ、掃除で集めた落ち葉を、燃やしていただけですよ」
袖で口を押さえているため、立越の声はくぐもっていて聞き取りづらい。
いつの間にか、すっかり立越に近付いていた小琳も、たき火に近寄った。
そして、まだ燃えさかっているたき火を、思い切り蹴り上げた。バッサアと派手な音と火の粉を巻き上げ、燃えていた物が飛び散る。
「ちょっ! 何やってんだよ、小女史!」
「わあああああ! 小女史長!? 大丈夫ですか、火傷は!?」
慌てて飛んできた成嵐と慈于が、四つん這いになって小琳の足に注目するが、恥ずかしいからやめてほしい。というか、成嵐は太子なのだし、そういう格好をしないでほしい。
「この程度で火傷なんかしませんよ。それよりも――あっ!」
「え? あっ、待て、立越!」
全員が注意を立越から逸らした隙に、彼は脱兎の如く、あっという間に西山宮へと入っていってしまった。
「くっそ! ふん縛っておけばよかったですね!」
慈于は悔しそうに立越が入っていった西山宮を睨んでいたが、既に小琳と成嵐は、意識をたき火へと移していた。小琳が蹴り上げたことで、火にくべられていたものが散乱し、たき火の勢いも弱まっていた。
「立越は口を隠していましたので、十中八九有害な煙ですね。二人とも吸わないように気を付けてください」
腕で口と鼻を覆いながら小琳が注意する。そして、成嵐が裾に残り火が燃え移らないよう気を付けて、長靴でたき火を踏み消した。
燃え残ったものを確認していくと、落ち葉もいくらかは混ざっていたが、種類はわからないが大量の植物と、鳥や鼠だったであろう骸がいくつかが出てきた。
「この鳥や鼠って、間違って河豚を食べちゃったやつですかね?」
確か、あれからは獣の不審死が減ったと聞いていたが。
であれば、ただ宮内で死んだ獣を、外で焼いただけということだろうか。まあ、河豚を食べずとも鼠や鳥が死ぬのは珍しくはないし。
「草って水気が多いから、意外と燃え残るんだよな」
燃え跡を探っていた成嵐は、黒く萎びれた植物を雑に鷲づかみすると、小琳と慈于に目で着いてこいと促し、太子園を出た。
そうして三人がやって来たのは、典薬局の薬処である。
しかし、なぜか成嵐は戸の前に立ったまま、呼びかけることも、戸を叩く素振りも見せない。どうしたのかと思っていると、肩越しに振り向いた成嵐は、至極真面目な顔をして言った。
「裏技が見たいんだ、小女史」
小琳は額を押さえた。




