殿下、女官になりません?
やはり、彼には状況を正しく把握する能力と、地に足をつけた思考力がある。
これが今まで隠されていたとは、なんとも惜しいことだ。もし、自分の元にもっと早く来てくれていれば、才能を輝かせる場所を用意できたかもしれないというのに。
「四殿下、妃嬪か女官になる気はありませんか」
「本当、どういった思考回路してんだよ、変人」
内文学館に通わせることができればと思ったのだが、やはり無理なようだ。すごく蔑んだ目で見られた。
確かに、龍陽だということを考えれば、女だらけの後宮で過ごすのは、彼にとって地獄かもしれない。
小琳は咳払いをして、話を戻す。
「先日、ここに来る途中で、太子園の掃除女官が具合悪そうにしていて、典薬局まで連れて行ったって話は覚えてますか?」
「ああ、そんな話してたな。複数人が同じ症状を発症してるし、風邪か何かだろうって話だったけど」
「その掃除女官の子達が言ってたんですが、以前から時々こういった体調不良を起こす同僚がいたらしく。それで、その子達に当時の状況を聞いてみたんです」
『え、太子園が仕事場だった時のことですか?』
例の三人の掃除女官から、体調不良で配置換えされた女官のことを教えてもらい、訪ねていた。
その女官は以前、ふらふらしていたところを小琳が声を掛けた娘だった。
『そう。今は体調はどう? 前みたいに気持ち悪いとかはない?』
『いえ、不思議なことに今はまったく……まあ、半月ほど前の話ですし』
彼女はケロッとした顔で、健康そのものの顔色をしていた。
『あの体調が悪くなった時のことを覚えてる? どんな時だったとか……』
箒片手に、彼女は『うーん』と口を指で持ち上げる。
『朝は全然そんなことなかったんですけど、ちょうど掃除が終わる昼頃に、よく頭痛とか、同僚も気持ち悪いとか言ってた気がします』
昼というと、自分にも思い当たる節がないわけではない。
ただしかし、それが彼女達と同じ原因によるものかもわからない。
『太子園にいる時だけだったんだよね? 後宮に戻ってからは?』
『太子園というか……外庭? を掃除している時が多かった記憶が……。私は、西湖宮や西山宮に入れないほどの下っ端ですから。あの時も、後宮に戻ってもからもしばらくつらく、女官長が薬をくださったりして、それで落ち着きました。あ、でも後宮にいる時に同じような体調不良は起きないです。多分、風邪とはまた違うような……』
彼女の体調不良は半月前くらいからはじまったらしいが、ひと月前までは、朝も昼も夕も太子園にいて平気だったらしいから、何か半月ほど前にきっかけがあったのだろう。
他にもうひとり、配置換えされた掃除女官の子にも話を聞いたが、やはり似たようなことを言っていた。違う点は、もうひとりの女官は、少しだけ年次が上で宮内の掃除係を担当していたということくらいだ。そして、やはり太子園で仕事をしている時、日によっては、後宮に帰れないほど体調が悪くなることもあったのだとか。
その彼女も、やはり半月くらい前からの話だと言っていた。
「――ということですが、いかが思われますか」
成嵐は無言で腕を抱えた。
そこへ、部屋の中から、慈于が静かな足取りでやって来た。
手には茶を載せた盆を抱えており、小琳と成嵐の間に盆を置く。
ヒソと慈于が小琳に問いかけた。
「こんな真剣な顔して悩む成嵐様ははじめて見ますけど、どんな問いを出したんですか」
「ここに座っている理由ですよ」
同じく声を潜めて小琳も返す。
しかし、慈于は意味がわからないようで、やはり首を傾げていた。
「今日、それが見られるかはわかりませんが、まあ数日内には何かしら起こるかなと」
「まったくわからないんですけど……」
不服そうに眉根をキュッと寄せた慈于に、小琳はすみませんと苦笑した。
こればかりは成嵐の講義だから、彼の口から答えが出るまでは、小琳も口にはしたくないのだ。
「……盗人達は東側での盗みから目を逸らさせたかった。東側に並ぶ店といえば、昔ながらの細工店や診療所、生糸商関係が多い。その中で、盗人がわざわざ盗みを働くほどに価値を見出せるものと言ったら、高価な細工物か……薬草……」
ハッとしたように、成嵐は顔を空から小琳へと向ける。
「そうだ。典薬局の薬草の仕入れが滞ってるって話があったはずだ」
「ええ、ありましたね。宮内では育てられない毒性の強いものや、特定の地域でしか育たない薬草などですね」
成嵐は「毒」と反復して呟く。
小琳は慈于が入れてくれた茶を、音を立てないように飲みながら、成嵐の考察に耳を傾けた。慈于はというと、成嵐に頑張ってくれとばかりに手を胸の前で組み、まるで保護者のような面持ちで彼を見つめている。
「つまり、犯人は毒性の薬草を手に入れたかったってことか。内朝の人間でも、典薬局から薬草を盗むのは難しいから、典薬局に運ばれる前にって」
「おお」と慈于は手を打って、実に素直な反応を示した。
小琳もふむと浅く頷く。
やはり、彼は洞察力が図抜けている。加えて、理解力も悪くない。
その洞察力が、幼いながらにひとりで皇宮内で生きていくために身についたものだったとしたら、これほど悲しい賢さはないだろうが。
ただ、もし悲しい生い立ち故に身についた才であっても、これからどのようにでも使いようがある。きっと、彼が後ろ向きな理由ではなく、自分の益のためにその才を利用しだしたら、違う意味で一目を置かれる太子に化けるだろう。
「峨楽殿は、盗まれた薬草のことをとても心配していましてね。なんでも、毒性のある薬草を水に流したり、燃やしたりして処分すると、毒性が水や煙に混じってしまうらしいんです」
小琳のしれっと口ずさまれた言葉に、成嵐の目が、波間に現れた足場を見つけた時のように、『見つけた』とばかりに揺れた。
「私、いつも昼過ぎに西湖宮を訪ねるんですが、時折太子園に入ると頭痛を催すことがありまして」
ちょうど成嵐の教育方法について悩んでいた時期だから、悩みからの頭痛と勘違いしていたが。




