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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第三章 盗まれた薬草の行方を追え

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規則を破るのは必要悪

 万が一、巡兵と遭遇してしまった時、正体がバレないようにするためである。


「大丈夫です。規則を破るのは必要悪ですので」

「それ、酔った勢いで言ったわけじゃなくて、本気で言ってたんだ……」

「もうこの際、開き直りました」


 二人は視界の端に見えている皇宮に向かうでもなく、ただ街をぶらりと歩く。

 せっかくなら、皇都を見回ってから皇宮に戻ろうということだった。もしかしたら、盗人に遭遇するかもしれないという楽天的な思いつきで、このようなことになったのだ。


「雪仙さんが言っていた邸店荒らしの人達は何も盗まないのなら、きっと薬草を盗んでいる者達とは別ですよね」

「そうだろうな。にしても、皇宮に逃げ込むってことは、十中八九以上荒らして回ってた奴は内朝の人間ってことになるな」


 皇宮に入れる者は大勢いるが、その中で夜に門を出入りする者――つまり、皇宮に住んでいる者というのは、内朝の人間に限られる。

 二人はうーんと唸った。


「日頃の鬱憤を、市井を荒らすことで発散しているとかでしょうか……」

「昏い趣味だな」


 確かに。そんな者と一緒に生活していると思うと、嫌すぎる。


「それにしても、夜の巡兵ってこんなに少ないんですね。まだひとりも遭ってませんが」

「雪仙が言った通り、西側にとられてんだろうさ」


 小琳達は皇都を東西に横切り、今は花楼のあった西側から東側へと来ていた。

 花楼がないからか、西側よりも薄暗くとても静かだ。

 小琳は、隣の成嵐にチラッと視線を向けた。細められた目に浮かぶ感情は怪訝だと思うが、何せ面布のせいで表情が読み取りづらい。


 しかし、突如、成嵐の目が大きく見開いた。

 即座に、小琳も成嵐の視線の先を追う。そこで見たものは、暗闇の中、三つの黒い人間が、辺りの様子を窺いながら邸店から出てくる場面だった。


 例の邸店荒らしかと思ったが、すぐに違うとわかる。出てきたひとりの腕に、両手大の箱が抱かれていたからだ。盗人だ。


「四殿――」

「シッ!」


 思わず声を上げそうになったところ、口元を手で覆われ強制的に声を奪われる。

 まさか、本当に盗人と遭遇するとは思わなかった。


 盗人達は、辺りを気にした素振りを一瞬だけみせ、駆け足で立ち去る。

 即座に小琳と成嵐は、後を追った。


「四殿下、荷を取り返す必要はありませんよ。どこに逃げ込むか確認するだけで良いですからね」


『だから、危ないことはしてくれるな』という意味で言ったのだが、正確に伝わっただろうか。

「わかってるよ」と言いながらも、成嵐の駆ける速度はぐんと上がり、すぐに小琳の前へと出た。


 小琳は、チラと先を確認する。

 正面には、皇宮の大きな影が、城壁にぽつぽつと掲げられた松明の明かりに、ぼんやりと浮かび上がっていた。


 もし、盗人達がこのまま走り続ければ、皇宮へと突き当たることになる。

 本当に内部の人間の仕業なのか。だとすると、何が目的で市井のものを盗むのか、などと考えながら走っていた時だった。


「おいっ!」


 夜闇の中、切羽詰まった声が響き渡った。

 声は、小琳のものでも、成嵐のものでもない。


 前方を走っていた盗人達のひとりが、小琳達の存在に気付いて仲間に知らせたのだ。

 最後尾にいたひとりが、くるっと反転して戻ってくる。

 しまった、と思った次の瞬間、「()けてな」と成嵐の声と共に胸をトンと押された。


「四――ッラン様!」と小琳が危急に声を上げるのと、盗人が佩いていた剣を抜いて、成嵐に向かって振るうのは同時だった。


 夜の静寂ごと切り裂くような、重めかしい風音が、成嵐の傍らでうなりを上げた。

 思わず小琳の喉が「ひっ」と震える。


 剣を持つ盗人に対し無手の成嵐は、避けることしかできない。今のところ、成嵐が剣の切っ先を紙一重で躱し続けているが、それもいつまでもつことか。

 見ていることしかできない小琳の顔は青くなり、胸の前で握る両手は祈るように指が絡められ、手の甲には爪が食い込んでいた。


 不意に、剣を持った盗人が体勢を崩した。

 成嵐が足を引っ掛けたようで、盗人は躓いてドタンッと痛々しい音を立てて、前方へと倒れ込んだ。手にしていた剣が、ガシャンと金属特有のうるさい音を鳴らしながら、地面に投げ出される。


 隙なく、成嵐は落ちた剣を拾い、地面に転がる盗人に近付く。


「おい! そこで何をしている!」


 しかし、成嵐が盗人の首根っこを掴もうとした瞬間、背後から、通りを駆け抜けるような怒声が飛んできた。


 声のした方を振り向けば、武具をまとった男がひとり、地面を削るような足音をさせながら、こちらへと近付いて来ていた。

 巡兵だ。


(良かった……)


 小琳はほっと息をついた。

 これで、そこに転がっている盗人は捕まえられるし、そこから仲間達もまとめて捕縛できるはずだ。


 纏った武具が月明かりにチラチラと反射する中、建物の影を抜け、巡兵が月明かりの下へと姿を現した。

 小琳は月明かりに照らし出された者の姿を見て、一度は吐いた息を、勢いよく吸ってしまった。それは成嵐も同じだったようで、唯一感情が読み取れる目元が痙攣している。


(さ、三殿下……!)


 そういえば、祥江(しょうこう)は十六衛の所属だったか。

 小琳は顔を逸らしつつも、盗人達が逃げた方を指さす。


「あ、あちらに、邸店から盗んだ物を持った盗人が逃げました!」


 これですぐに犯人は捕まることだろう、と安堵したのも束の間。


「なんだお前? なぜこんな夜にこんな場所にいる」


 思ったより近くで祥江の声がして、小琳は驚きで顔を上げてしまった。


「ぁ……」


 そして、声を失った。


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