少し気を緩めたらコレだ
「はあ!? え、な、なんだよ」
突然、強く手を握られ驚いたのか、彼はビクッと肩を揺らしていた。
「師として、あなたが誰にも斬られないほど太い杭になるよう、お手伝いいたします」
彼はきっとまだ自分に見せていない面がある。伸びる余地がある。
今まで隠していた才に、水を与える者が現れたらどうなるか。きっと、学んだら学んだ分だけ伸びて、誰もが目を離せないほどの大輪の花を咲かせるに違いない。
小琳は、握っていた成嵐の手を両手で包み込み、そっと唇を寄せた。
ただでさえ驚いた顔をしていた成嵐は、さらに目をじわりと見開いて絶句している。
小琳は自分の役割を理解した。
彼に何かを教えるのが役目ではなかった。彼が隠してきた才知の芽を惜しみなく芽吹かせるのが、自分が彼の師となった意味なのだ。
「大丈夫。必ず、私があなたを守りますから」
彼は、かつての自分だ。
であれば、かつて自分を導いてくれた者――老師の背中を知る自分こそ、彼の導き手になれるのではないか。吹きすさぶ風からも、叩きつける雨からも、すべてを干上がらせる強大な熱からも、自分なら守れるだろう。
「別に……守ってもらおうなんて思ってないって」
握っていた手を、勢いよく引っこ抜かれてしまった。
「それよりも、さっさと情報を集めに行くぞ」
踵を返した彼の背を、慌てて追う。
「そういえば、先程からどこへ向かっているのです? 薬草を盗まれた客商のところですか」
行き先を告げずに着いてこいとしか言われなかったため、小琳はどこに向かって歩いているのかわからずにいた。
すると、彼は「ああ」と思い出したように、事もなげに言った。
「花街」
「はい?」と、急転直下の野太い声が出てしまった。
◆
薬草が盗まれたというのに、なぜ盗まれた客商ではなく、花楼を訪ねることになるのか。因果が謎すぎる。
しかも、到着したのは、この間小琳が酔い潰れた霓裳楼。
小琳にとっては早く記憶から消し去りたい場所だったというのに、記憶をさらに鮮やかに補完する結果となってしまった。
しかし、通されたのは表側の酒楼部分てはなく、奥にある男達の夜の夢場。
そこで、高級妓女の部屋だろうなと思われる、一際豪奢な部屋で二人は何をするでもなく座っていた。
小琳は物珍しそうに、部屋を物珍しそうにキョロキョロと眺める。
自分も花楼育ちだから建て付けはよく知っているが、やはり地方都市と皇都の花楼とでは、規模もそうだが、廊下ですれ違った妓女達の美しさもまったく違った。
「それで、どうして盗人の情報を花楼で集めるんですか」
集められるのは、せいぜい妓女の嬌声くらいだと思うが。
もしかして、馬鹿のふりをしていただけで、基本的な趣味嗜好はそのままだったのではという、猜疑が生じる。
「なんだその顔」
つい、彼を見る目が重くなってしまった。
「いえ……随分とくつろいでらっしゃる様子なので、よっぽど慣れてらっしゃるんだなあと」
自分はなんだか肩身が狭く、正座してできるだけ身体を小さくしているというのに、成嵐はまるで自室のように我が物顔でくつろいでいた。綿坐に身体を沈め、片膝を立てている姿からは、この部屋に何度も来たことが窺える。少なくとも、片手程度の数ではないだろう。
「てっきり酒楼として通っているかと思っていたのですが……それに、龍陽とか言ってませんでした?」
慈于は、成嵐は男色家だと言っていたのに。
彼の成長を手助けするとは決めたものの、まだまだ彼には隠された秘密が多そうだなと真剣に悩みはじめた瞬間。
「あっ!」
小琳の視界がぐるんと回った。
したたかに床で背中を打つも、幸い敷物が分厚くて大した痛みはなかった。
小琳はなぜか成嵐に押し倒されていた。
身体に跨がって、上から覗き込むように見下ろしてくる成嵐の顔には、得意げな笑みが浮かんでいる。
対して、小琳はというと、あまりにも突然のことに目を白黒させていた。
「な……なんでしょうか、これは」
「俺のことが気になる?」
見上げる小琳の目が重たくなる。
「なあ、俺が女遊びするのは嫌?」
どういった流れで、そのような質問が出てくるのか。
「女遊び云々というよりも、殿方のほうが好きだったのではと疑問に思っただけです」
「それって、俺に興味があるってことだよな」
「興味はありますよ、あなたの師ですからね」
こんなに将来が楽しみな教え子も珍しいものだし。
しかし、彼が何を言いたいのかわらず、小琳は頭に疑問符をつけながら答えていく。
「俺さ、誰が何を教えるにしても、まず師は、教え子の力量を正確に測る必要があると思うんだよね」
「それはそうですね?」
だからこそ、最初は彼がどれほどの知識を持っているか、書物などを使って確かめていたのだが。しかし、それが今この状況と、どう関係あるというのか。
小琳は首を曲げる。
「閨教育においても、まず教える者は生徒の力量を知る必要があるんじゃない?」
近付いてきた彼の端正な顔が、耳元で「ね? 小女史」と呟いた。
吐息すらも感じ取れる距離の近さと、その声の色っぽさときたら。
「――っ」
今まで恬淡としていた小琳だったが、つい眉を顰め、僅かに反応してしまった。
それは、ほんのささやかなものだったが、至近距離にいた成嵐に伝わるには充分だった。
勢いよくガバッと身を離した成嵐は、瞠目して小琳を見下ろし、浮かされたように口を開く。
「待って、あんた……もしかして今、俺の声に感じて――」




