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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第三章 盗まれた薬草の行方を追え

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病死じゃなかった

 再び慈于の官服に身を包み、皇都へと出ることになった小琳と成嵐。

 先日酔っ払って、彼に背負われてくぐった貫道の西門から、皇都へと出たる。あまりにもサラリと衛兵の目をかいくぐれたため、なんだか拍子抜けしてしまった。


 昼下がりの頃だ。

 市井(しせい)も活気に満ちあふれており、どこの通りも行き交う人や荷車、行商の掛け声などでとても賑やかだった。


「盗難が気になるって、どういうことですか? 先日の獣の不審死の調査の時と違って、なんだか積極的じゃありません?」

「盗みは市井の人々の生活に、直接関わるからね」


 確かにそれはそうだが、自分の質問の答えにはなっていないような。

 小琳が隣の成嵐をじっと見上げていると、彼は後頭部をカリと掻いて、口を開く。


「もうバレたし、あんたを誤魔化し続けられるとは思わないから言うけど……俺は皇宮内のことに関わりたくなかったから、()()してたわけ。誰かに行動を把握されたくないし、目立ちたくもない」


 その容姿に生まれついた時点で、目立たないという選択肢はないと思うのだが。


「それが、馬鹿のふりをしていた理由ですか。まあ、別の意味で目立ってましたけどね」


 呆子殿下などと呼ばれて。

 すると、彼の瞳が目端から小琳を見下ろしてきた。

 何かを測っているのか、しばらくただ見つめられるだけの時間が過ぎる。


 自分の黒いだけとは違う、薄い灰色の瞳。

 曇天の下の李花のようだと思った。晴れやかな空の下、人々が花を褒める賑やかな景色というよりも、今にも空から雨が滴ってきそうなしめやかさの中、誰に見られるでもなく、ひっそりと咲いている景色が脳裏に描き出される。


「俺の母親は、とても優しい人だった」


 雨が降ってきたのかと思った。

 それほどに、賑やかな雑踏の中で彼のポツリと呟いた声は、小琳には際立って聞こえた。

 彼の目はもう前方を向いており、横顔から読み取れる感情はなかった。恬淡とした表情といえばそうだが、様々な感情がない交ぜになった結果の無表情にも見える。


「お母様は、前貴妃の劉白蓉(りゅうはくよう)様ですよね」


 コク、と浅く成嵐が頷く。

 小琳が後宮入りした翌年に亡くなったため、彼女のについてはあまり知らない。周尚宮が、過去の話をする時にチラと名が出てくる程度だ。周尚宮も成嵐と同じように、劉白蓉はとても美しく優しい人だったと言っていた。


「母は、困っている者がいたら助けずにいられないような、そんなお節介な人だった」


 彼が何を話そうとしているかわからなかったが、小琳は相槌だけ打ち、耳を傾け続けた。

 劉白蓉は、成嵐が愛されていると自覚できるほどに、成嵐をとても可愛がっていたそうだ。その頃の成嵐は、劉白蓉がつけた女史の講義も真面目に受けており、他人を困らせるような問題も起こさなかったという。

 今の姿からは、まったく想像できない。


「ある日、母が殺された」


「え」と、思わず口をついて声が漏れてしまった。


「誰に殺されたかはわからない。だが、母は病に罹っていることも、急に身体を壊したなんてこともなかった。どう見ても不自然な死だった……のに、病死として片付けられた」


 前貴妃の劉白蓉が死んだのは知っている。

 彼の言うとおり、病死だとばかり思っていた。


 きっと当時の同僚達も皆同じことを思っていただろう。当時も今も、彼女の死について騒ぐような者はおらず、何かしらの調査が行われた気配もなかったからだ。


「そこで俺は幼いながらに学んだよ。出る杭は斬られるんだってね」


『打たれる』ではなく『斬られる』という言葉を選んだところに、彼が当時抱いた母親の死について、どのような見方をしていたかわかる。


「そういうわけだったんですね……馬鹿のふりをなさっていたのは」

「皆まで話さずとも察してくれるなんて、さすが女史長だ」


 どちらが『さすが』だというのか。

 彼の横顔に、やっと感情らしい感情が戻ってきていた。

 肩をすくめる姿からは、すっきりしたと言っているようにも見える。


 皇帝の寵妃であった劉白蓉。もし、彼女が殺されたというのなら、きっと彼女の存在を邪魔だと思った者の仕業だろう。

 本当に彼の母親が他殺であれば、次に狙われるのは成嵐だった可能性は高い。


 母親が殺された理由はわからないにしても、十中八九権力絡みだと予測はできる。

 賢い彼のことだ。即座に自分を狙いから外すために、権力の障害にならない者のふりをしなければと考えたに違いない。


 犯人も貴妃の死が病死で済んでいる中、息子まで殺せば、連続する不審な死として調査が入ることは安易に想像はできたはずだ。自分の邪魔にならない者ならば生かしておこうと考えるのも自然である。


 こうやって順序立てて考えれば、彼の行動も納得できたものだが、これを、たかだか十の子供が誰に言われるでもなく、自ら考え実行してきたところに末恐ろしさがあった。


「そういうわけで、俺が唯一何も気にせず息ができる場所は、皇宮の外にしかなかったんだよ。誰も俺を気にしないし、どこにでもいるただの大家の(ぼん)としか見ない。喧嘩が起きたって殴り合って勝った負けたで解決するし、次の日には肩組んで共に杯を交わしてたりする。その気兼ねのない自由さが見ていて羨ましかったし、好きなんだ。だから、市井を乱す奴ってのは俺にとっても迷惑でね」


 小琳はグッと唇を噛んだ。

 彼の悪評は、彼が生き延びるために必要だったのだ。

 それを今は違うとはいえ、最初は鵜呑みにしてしまっていた自分が恥ずかしい。

 なにが師だ。信頼されなくて当たり前ではないか。


「すみませんでした、ラン様」


 足を止めた小琳は、後悔の深さに比例するように深々と腰を折った。

 そして、顔を上げたのだが、彼は足を止め丸くした目を瞬かせていた。


「いや、あんたが謝る必要はないだろ……」


 小琳はゆるゆると首を横に振る。


「いいえ。私も噂に惑わされていたひとりですから。自分が情けないです」


 自然と下唇を噛む力も強くなる。

 このまま唇を噛み切れたら、自分の不甲斐なさに対する溜飲も少しは下がるだろうか、などと思っていたら、不意に顎に手を掛けられた。


 成嵐の手が掬うように小琳の顎を持ち上げ、親指は噛んでいた下唇をかすめるように撫でる。思わず口を開けてしまい、噛んでいた下唇も解放される。

 フッ、と彼は眉尻を下げた。


「変な奴」


 成嵐はそれだけを言うと、触れていた手を離した。

 衝動的に、小琳はその離れ行く成嵐の手を握った。


「ラン様っ」



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