また、サボります?
「ま、まったく入ってこないわけじゃないが、や、やっぱり不定期になったもんでね。女官達の軽い体調不良には薬を出せないんだよね。本当困っちゃうよね。私だって意地悪で出さないわけじゃないのに、ケチって言われたんだよ。だから馬鹿は来てほしくないんだよ。でも女官長だと変にちゃんと私の謎かけを突破しちゃうんから困るんだよ。もっと難しくしてもいいけど、そうしたら皆困るでしょ。それは私の本意じゃないっていうか。とにかく私を責めるのは違うと思わない?」
「そうですねー」
この薬師長は一度変な熱が入ると、決壊した貯水湖のようにドドドと早口で喋りだす癖がある。ここで変に反対意見や自分の考えを述べると、さらに倍量が跳ね返ってくるから、肯定を定型句として述べるに留めなければならない。
過去、まだ小琳が若い頃に一度失敗してしまい、それ以降絶対に対応を間違えないようにしている。
「それにしても、薬草を盗む泥棒って……盗んでどうするんでしょうね」
「ぬ、盗まれるのも困るけどさ、結んだ薬草を燃やしたり水に流したりはしてほしくないんだよね。客商が届けてくれる薬草ってさ、毒になる成分が含まれるものが多いから、適当に処理すると事故を引き起こしかねないんだよ」
「じゃあ、迂闊に捨てられたりしたら危ないですね」
「も、燃やせば毒性を持った煙が発生するし、ふひっ……、水に流せば、水溶性の毒が染み出て水を汚染するんだ。盗まれたものは仕方ないけど、せめてならしっかり使用してほしいもんさ」
「しっかり使用されては駄目なのでは?」
毒草だし。
泥棒が薬草を何に使うのかは知らないが、はやく巡兵は犯人を捕まえてほしいものだ。
「けど、寝てれば治るんだったら良かったね」
「ありがとうございます、小女史長」
一番症状の重かった女官がもう少し回復したら、三人揃って宿房に戻ると言っていたため、小琳だけ先に典薬局を後にした。
「――というわけで、講義が遅れました。すみません、四殿下」
いつもより西湖宮を訪ねた時間が遅い理由を成嵐に尋ねられ、小琳は道中での出来事を話した。
書庫のいつもの場所で、座卓を挟んで書物片手に座っている。
「そりゃご苦労だったね。にしても、典薬局にそんな変な裏技があったとは……」
「四殿下は腐っても皇族ですからね。裏技など使わずとも処方してもらえるので、安心してください」
「腐ってもって……本当、『いりぁふ』とか言ってた奴と同一人物かよ」
小琳の顔にボッと火がつく。
「わ、忘れてください……っ」
あの夜での出来事は一生の不覚である。
きっと思い出すたびに悶えるのだろう。
「ああ~こういう時、自分の良すぎる耳が憎い」
当然、自分の言ったことも覚えている。本当、学ぶ以外では役に立たない特技だ。
羞恥に小琳が悶える一方、成嵐は座卓に頬杖をついて、悶える彼女をニヤついた顔で眺めていた。赤くなった顔を書物で隠す小琳を揶揄うように、書物を指でつついている。
「それよりも、講義をはじめますよ.……!」
二度と彼の前で酒を呑むものか、と小琳は胸に強く誓い、書物を開いたのだが。
「いや……」と、成嵐が立ち上がった。
小琳は高い場所にある成嵐を見上げ、首を傾げた。
『また、講義は嫌だとか言うのか、それにしては堂々としすぎだな』などと思っていれば、手をとられ引っ張り上げられた。
「わっ」という驚きの声が漏れる。
最近よく引っ張られるな、と思ったが、祥江と違い成嵐の力は優しく、腕が痛むことはなかった。
「ど、どうされましたか」
「講義は外でやろう。ついてきてくれ」
「あら、随分と積極的になられて」
これは師としては嬉しい。
今まで何事にも嫌々取り組んでいた彼が、自ら講義をしようと言ってくるとは。
「それで、ついてきてくれって、どちらへ? 外庭でしょうか」
「皇都に行く」
「へ?」と小琳は目を瞬かせた。
「以前、皇都で妙な盗みが起こってるって話を、聞いたことがあるんだ。もしかして、それに関係するのかと思って」
「し、しかし、四殿下と違って私はそんな簡単に皇城を出られる身では――」
出るにしても、周尚宮の許可が必要である。
しかし、こちらの躊躇いなどお構いなしに、彼は片口を上げて皮肉げな顔を向けてくる。
「規則を破るのも必要悪なんだろう?」
「もー、忘れてください!」
真っ赤な顔して叫んだ小琳を、「忘れるもんか」と成嵐は愉快だとばかりに腹を抱えて笑っていた。
彼の額を指で弾けば、記憶をなくしてくれるだろうか。




