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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第三章 盗まれた薬草の行方を追え

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典薬局の変人

 典薬局は医術を司る太医局とは別で、薬草の栽培や管理、調合、薬の処方を行っているところで、その薬処は内朝にある。

 小琳が行こうとばかりに先に踵を返すが、女官達は「でも」と顔を見合わせていた。


「私達のような下級女官が薬など……っ」


 彼女達が躊躇うのも無理はない。

 本来、太医局や典薬局は皇族や后妃達しか利用できない。


 のだが、典薬局においては、実は()()がある。

 現在の薬師長がかなりの変わり者で、彼のとある問いに答えられた場合、ご褒美と称して薬が処方してもらえるのだ。反対に、問に答えられなければ薬処の戸すら開けてもらえない。


「私がいるから大丈夫だよ」


 小琳は一番具合が悪そうな真ん中の女官を引き受け、肩を組んで支える。両側で支えていた二人は、多少顔色が悪いが、自分の足でしっかりと歩けるようだ。

「さあ、行くよ」と小琳は、典薬局へと向かった。





 典薬局の薬処は、こぢんまりとしている。

 太医局と違い、多くの医官が所属しているわけではなく、たった二人しか薬師はいない。

 そのうちの片方が、薬師長の峨楽(がらく)という男である。


 周尚宮と同じくらいの歳で、痩せた猫を思わせるような者だ。

 小琳は薬処の戸を叩いて、在否の声を掛けた。

 すると、戸が閉められたまま内側からくぐもった声が飛んでくる。


「鶏口!」


 突如として掛けられた謎の言葉に、小琳の後ろにいた二人の女官は揃って首を傾げた。

 まあ、当たり前だろう。この裏技を初見で見破るのは至難の業だ。

 しかし、小琳はわかったように驚くこともなく答える。


「牛後」

「比翼!」

「連理」

「夜目遠目!」

「笠の内」


 バンッ! と勢いよく戸が開いた。

 出てきたのは、目の下に立派なクマを住まわせている、陰鬱な雰囲気をまとわせた猫背の男で、背後で女官二人が息を呑む気配が伝わってきた。


 夜に遭遇したら、絶対に悲鳴を上げてしまう姿だし、無理もない。

 彼は小琳の姿を認めるなり、ニッと片口をつり上げて嬉しそうに言った。


「へ、へへ……さすがだよ、小女史長」

「相変わらず面倒くさいですね、峨楽殿」


 苦笑しながら、小琳は肩を支えていた女官を峨楽に引き渡した。

 典薬局の薬師長は、自他共に認める変わり者である。

 腕は確かなのだが、好き嫌いが激しい。


「馬鹿は嫌いだ」が、彼の口癖であり、そのため彼の力を借りたければ先程のように、彼の端的な問に答えられなければならないのだ。もちろんこれは裏技であって、皇族や后妃達への薬の処方にはなんの条件もない。


 以前、なんでこんなまどろっこしいことをするのかと尋ねたら、彼は丸めた背中をヒクヒクと揺らして「楽しいから」と笑っていた。

 それにしたって、いつも問いの選択が謎過ぎるのだが。


「そ、それで、女官達はどうしたんだよ。ひ、ひとりは随分と顔色が悪いようだけど」


 小琳が目配せで、椅子に座っていた二人の女官達に自ら話すよう促せば、片方の女官が気分が悪くなった時のことを説明する。いつも通り掃除していたら、気分が悪くなったという。


 峨楽の目の色が変わり、爛々と輝きはじめた。

 この陰を背負った男は、なぜか病人を診る時だけ活き活きとするのだから、やはり変人と言えよう。


「その前に何かを食べた、飲んだってことは?」

「いえ、何も」

「君たち三人全員とも?」

「私と、隣のこの子は何も。そっちの寝ている子は、掃除していた場所が違ったのでわからないですが、多分何も食べていないと思います」


 比較的症状の軽い女官の二人は、西山宮内の掃除が担当場所で、横たわっている子はその外側の外庭だという。

 ひと目がない場所で、小腹が空いた時に、密かに食堂から拝借して袖に忍ばせていた饅頭を囓る者もいるが、食べた形跡も袖に屑も残っていないし、彼女は食べていないのだろう。ちなみに、これは過去の小琳の経験談である。


「峨楽殿。飲食で、ここまで具合が悪くなることがあるんですか? 毒とかならわかるんですけど」

「食い合わせが悪けりゃね。薬草も調合次第じゃ薬にも毒にもなるもんだし、同じだよ」


 峨楽は袖をまくり上げ、テキパキと三人の口の中や下瞼の裏などを確認していく。

 そして、「またか」と呟くと、ふっと火が消えるように、目の前の女官達から興味をなくした。


「うん……命に関わるものじゃないね。宿房に戻って休んでなよ」


「ん?」と小琳は首をひねった。


「峨楽殿、薬の処方はないんですね。頭痛に効く薬がありましたよね。それに『またか』ってどういう意味なんです?」


 小琳の何気ない質問に、しかし、峨楽は思い切り顔をしかめ、忌々しそうに呟いた。


「……く、薬がないんだよ」

「ええっ! 典薬局なのに薬がないんですか!?」


 そんなことあり得るのかと不思議に思っていたら、理由を話してくれた。

 ここ最近、彼女達だけじゃなく、頭痛や急に具合が悪くなった女官がいると言って、上役の上級女官が薬をもらいに来るのだとか。もしかしたら、掃除場所を変えた子達のことかもしれない。


 最初は薬を処方していたらしいのだが、そこに重なって、薬の入荷が途絶えるようになったという。

 薬草は、典薬局の管理する薬草園でも育てられているのだが、典薬局で使用する薬草すべてを育てているわけではない。毒性が強いものや、特定の環境でしか生育できないものは、専門の客商が定期的に運んでくれるようになっている。


 そしてその、いつも薬草を届けてくれる客商が、近頃よく盗難に遭うために入荷が滞っているのだそうだ。

 峨楽は「ほら」と、壁際にずらりと並んだ薬草用の小部屋――薬箱をいくつか引き出して見せてくれた。本来、中にはぎっしりと詰まっているはずの薬草が、箱の半分も入っていない。



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