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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第三章 盗まれた薬草の行方を追え

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嗅ぐな!!

 初めて聞く、足音に消えてしまいそうなくらい頼りない声だ。


「私の前では……もう『ふり』は、して……ほしくな、い……」


 先程の寂しさが滲んだ言葉の意味を聞こうと思ったが、彼女に先をとられてしまった。彼女の声音は既に戻っていて、寂しさなど微塵もない。


 聞く時を逸してしまった。

 彼女は言いたいことは言い終わったとばかりに、背中で沈黙した。

 背中の様子が気になったが、しかし、見えなくて良かったとも思った。


「本当……なんなんだよ、あんたは……っ」


 やっと喉の奥から絞り出した声で、成嵐は人知れず呟いた。

 今回の師は、今までの誰よりも質が悪い。

 目の奥が痛かった。



        ◆



 翌日、小琳はいつもの時間よりも早めに西湖宮を訪ねていた。

 現在、正室には慈于の主はいない。

 西湖宮から極力出たがらない彼が、ここ以外に行くところがあるのかと思ったが、慈于が「書庫に」と言えば納得した。


 今までもきっと、講義以外の時間は、書庫で書物を読みあさっていたのだろう。

 読書すらも彼は自分に隠し、書物など読まない者に見せていた。


「そこまでして隠す必要があるんでしょうか」

「色々とあった方ですから」


 その色々というのを、慈于は知っているのだろう。主人のいない執務机を見つめる目が、ここではないどこか遠くを眺めていた。

 彼の口は横一文字に結ばれており、色々と喋る気配はない。知りたければ、本人に聞けということか。


 そこへ、部屋の主――成嵐が戻ってきた。

 彼は、扉を開けて小琳の存在に気付くと、入り口でたたらを踏んだ。


「……まだ講義の時間じゃないだろう」


 丸く見開いた目から、彼の動揺が伝わってくる。

 何をそこまでして隠そうとするのか。

 小琳は、慈于の手元を示して言った。


「慈于殿に借りた官服を返しにきたんですよ。ないと困るでしょうから」


 一着しか持ってないわけではないだろうが、やはり予備は必要だろう。慈于の場合、仕える相手が、突然池に落としたりする突拍子もない行動をする者だし。

 成嵐は「なるほど」と言いながら近付いてくると、慈于の腕から小琳が返した官服を取り上げた。


「ん? なんか良い匂いがするんだけど……洗った?」


 官服に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ成嵐に、小琳はぎょっとして慌てて官服を回収する。


「やめてくださいっ、恥ずかしい」


 着た者の目の前で匂いを嗅がないでほしい。

 回収した官服を、再度慈于へと渡す。


「申し訳ないですが、私が内侍官の官服を洗濯して干していたらさすがに目立ちますので、(こう)を焚いてお返ししただけです」

「そこまでしていただかなくて良かったのに」

「そういうわけにはいきません」


 慈于は申し訳なさそうに苦笑していたが、こちらの気の問題だからと伝えた。自分が臭うとは思わないが、そこはやはり借りた者の一応の礼儀というか。


「四殿下も来られましたし、少し早いですが講義をはじめましょうか」


 少しくらいごねられるかなと思ったのだが、珍しく彼は嫌な顔ひとつせず、「わかったよ」と頷いて、自ら書庫へと向かった。





「さて、今日は詩経をいくつか覚えてもらいましょう」


 成嵐に一冊渡し、小琳も自分の分の書をぱらぱらと捲る。

「なあ」と向かいから声がかかり、小琳は書から顔を上げた。


「昨日、俺は誰かさんを背負って、花街から帰ってきたんだけどなあ」

「うっ……」


 昨夜、後宮へは内侍官のふりをして、貫道の西門と後宮門も抜けて無事に戻れた。暗くてよく顔が見えなかったことと、それぞれの門兵に多少の鼻薬をきかせれば疑われず入れたのだが、貫道の西門付近までは、成嵐の背にずっと背負われていたわけである。


 花街から皇城までそれなりに距離がある。

 しかも、脱力した人間を背負うとなると、通常よりも負荷は大きいに決まっている。

 小琳は居住まいを正し、こほんと咳払いをする。


「それはその、感謝しております」


 と、同時に自分が情けなかった。


「二度とあのようなことが起こらないよう、気を付けますので」


 小琳は謝意の深さを表すように、床に指をついて深々と叩頭した。


「いや、別に二度目があっても良いんだけどさ……」

「え?」


 下げた頭が瞬時に上がる。

 てっきり、『本当にな』とか『次やったらクビ』とか言われると覚悟していたのだが。


「なあ、俺には慈于みたいな感謝のしるしはないの? 不公平じゃないか?」


 えっと、と小琳は頭を悩ませた。

 慈于の官服は元々彼のものだし、匂いが気にならないように香を焚きしめただけで、感謝で香りを付けたわけではないのだが……。それに、使用した香もたかがしれたものだ。太子である彼が使用するような高級な香と違い、誰でも手に入れることができる程度のもの。


 しかし、確かに彼に迷惑をかけたのは事実である。


「私の給金で足りるかはわかりませんが、何かほしいものでもあれば、贈らせていただきますけど……希望はありますか?」


 聞いてみたものの、すぐに『太子感覚の高いものを強請られたらどうしよう』と背中に汗が浮かぶ。

 座卓に頬杖をついて「そうだなあ」と、もったいぶって言う成嵐に、小琳はごくりと固唾をのむ。


「じゃあ、小女史の(ねや)教育で」


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