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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第二章 獣の不審死の謎を解け

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さすが女史長だ

 翌日、空模様はイマイチだというのに、太子園を訪ねる小琳の足は軽かった。


「あの四殿下なら、もっと講義は難しくしても大丈夫でしょ」


 教えられる幅が広がると、できることも増えるから正直助かった。


「これなら嘗祭(しょうさい)までには、なんとかできそうだ」


 元の依頼が、『嘗祭までに恥を掻かない程度まで教育してほしい』というものだったが、無事に完了できそうだ。

 どれだけ苦労するかと思ったが、蓋を開けたら意外や意外。


(そう……意外なんだよね)


 空を眺め、歩きながらそんなことを考えていたら、ドンッと胸に何かぶつかった。


「わっ!」


 同時に「キャッ」という弱々しい悲鳴も聞こえ、思わず小琳は考えるより先に、手でぶつかってきたものを掴んだ。視線を落とせば、掴んでいたのは若い女官だった。太子園の掃除女官だろう。


「あ、すみません、小女史長……ちょっと気分が……」


 どうやら体調が悪く、ふらついてぶつかってしまったようだ。


「大丈夫? 今日はもう仕事はしなくていいから、もう宿房に戻って休みなさい。何か言われたら私の名を出しなさい」


 手に掃除道具は持っていなかったし、ちょうど掃除を終えた後だったのかもしれない。女官は「ありがとうございます」と会釈して、トボトボとした足取りで後宮へと戻っていった。

 もう一度、小琳は空を見上げた。どんよりとした曇り空だ。

 天気が悪いと不調を起こす者もいるし、先程の女官はそれだったのかもしれない。

 視界を二羽の鳥が仲良く、すいーっと泳ぐように横切っていく。


(つばめ)か」


 いつもよりも随分と低い位置を飛んでいた。

 小琳は、ひと雨来る前にと、西湖宮へと急いだ。





 雨にも降られず無事に西湖宮に辿り着き、さあ講義をと思ったのだが――。


「に、逃げた!?」


 小琳の叫びに、正室の窓や扉がビリビリと揺れる。

 慈于は耳を塞いでいた両手を外して、間違いないと深く頷いた。

 西湖宮に来てみれば、いつもの歓迎の笑顔で迎えてくれる慈于が、今日は小琳を見るなり腰を折って謝罪してきたのだ。

 そして、謝罪理由を聞けばこれだ。


「成嵐様は、ちょっと行方不明でして」

「ちょっと行方不明とは……」


 対義語は、いっぱい行方不明だろうか。


「どうしてなんです!? 何かありました!?」


 もしや、昨日祥江に負けたから不貞腐れてとか……。


「本当いきなりいなくなるから、困りますよね」


 はは、と気力のない乾いた笑いを漏らしている慈于の様子から、これがはじめての脱走でないことが窺えた。

 そういえば、噂でも仕事をさぼって遊んでいると言われていたか。


「はぁ……慈于殿が慌てていないところを見ると、ちゃんと戻ってくる脱走のようですね」

「さすが女史長だ」


「鋭いですね」と言いながら、慈于は架格(棚)に置かれた陶器飾りや花瓶などを、布で拭いて掃除していた。

 戻ってくるとわかっていても、これだけ落ち着き払っているとは一種の違和感があった。成嵐のことを完全に信頼していないと、これほどいつも通りに振る舞えないはずだ。

 彼と成嵐の付き合いが長いことは知っている。


 しかし、たとえば自分が同じ立場に置かれたとして、ここまで平常心は保てないと思う。

 ましてや、主人が『呆子殿下』と呼ばれているような人間なら、尚更だろう。

 ()()()()()殿()()()()()()、だが。


「慈于殿」

「はいはーい、ちょっと待ってくださいね。せっかく来ていただいたんで、一緒にお茶でもいかがです? ここを掃除し終えたらお出ししますので」


 白磁に青い釉薬が蜜のように垂れた意匠の花瓶をキュキュッと磨きながら、慈于は背中で返事する。

 しかし、次の瞬間、淀みなく動いていた慈于の手がピタリと止まった。


「どうして四殿下は、馬鹿のふりなんかしてるんですか」


 小琳の問いかけを聞いて、慈于は木偶のように動かなくなり、次に今にも首からギギギと聞こえてきそうなほどゆっくりと首をめぐらした。

 振り返った慈于と目があった。

 フッと目を細められ、「さすが女史長だ」と泣き笑いの顔で言われた。





「成嵐様が後宮から太子園に入られると一緒に、僕は成嵐様付きの内侍官になりました」


 温かな茶が淹れられた茶器を、暖を取るように両手で包み込みながら、慈于は穏やかな声音で話しはじめた。


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