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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第二章 獣の不審死の謎を解け

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私の顔に何かついてますか?

 後宮の食事は専門部局の女官が行うが、太子園は内侍官が作る。

 料理長である内侍官が言うには、仕入れで運ばれてくる荷には、雑多な魚も結構混ざっており、調理する前に、下級内侍官が食べられる魚とそうでないものとを仕分けているのだとか。


 河豚にも種類があり、よく混ざっているのは掌もない大きさの河豚らしい。

 しかし、小さくとも毒があるのは変わりない。本来なら、決まった手順で捨てるはずなのだが、曰く、担当している担当者が怠けて、そこら辺に捨てていたのだろうという話だった。






 東の太子園からの帰り道、すんなり解決して良かったという安堵の空気が、二人の間には流れていた。


「――ということで、料理長が担当者を注意すると言ってくれましたし、獣の不審死はこれで落着ということですね」

「いくら宮内は女官が掃除するからっていっても、至るところに死骸が落ちてるのは気分の良いもんじゃないし、早めに片付いて良かったよ」

「周尚宮も気にされてたので、報告しておきますね。四殿下のおかげで解決したと」

「うえっ、勘弁してくれよ。別に俺が解決したわけじゃないし。小女史が誘導した結果だろ」


 成嵐は、辟易するとばかりに舌を出しながら、背中を丸めた。

 大抵、内文学館の生徒達は褒めたら鼻高々に喜ぶというのに、正反対の反応をするとは。性格が捻くれているというか、わからない太子だ。


「私の誘導と仰いましたが、それは違いますよ」


 成嵐の薄灰色の瞳が、目端をかすめて小琳を捉える。


「私は情報を提供しただけで、それを組み立て答えを導き出したのは四殿下ですから。先程の食膳処と同じです。私は魚を運ぶただの客商で、四殿下は運ばれた魚で料理を作る料理人です。料理の善し悪しは、客商ではなく料理人次第ではないでしょうか」


「まあ……」と、一応は納得した感じの言葉は漏らしていたが、顔は釈然としていなかった。それほど、褒められることに慣れていないのだろうか。


(ふーん……)


 小琳は口先を尖らせしばし思案すると、手を伸ばして成嵐の頭を撫でた。

 途端、感情の読み取れなかった成嵐の横顔が、ぎょっと目を剥いて驚きと困惑の色に染まり、小琳の手から逃げるよう素早く身を引いた。


「っや、やめろって! 孺子(ガキ)じゃあるまいし」

「わあ、猫みたいですね」


 目つきを鋭くして睨んでくるあたり、本当に毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。

 ただ、その顔はほんのりと赤く染まっていて、まったく怖くはない。


「何を言ってるんです。師が正しく学べた教え子を褒めるのは、当然じゃないですか。それに、師にとっては教え子は子も同然なわけですし、間違ってはないですよ」


 何もそこまで過剰に反応しなくても良いのに、とも思うが、彼の生い立ちと、今までの行いを考えると、褒められたのはきっとウン年ぶりとかなのだろう。


 あれか……人に捨てられ警戒心を持ちながらボロボロで生きてきた猫が、久しぶりに人の温かさに触れて毛を逆立てている感じか。

 猫と思えば彼の過剰反応も可愛く見える。


「……なんで、あんたがニヤニヤしてんだよ」

「おっと、これは失礼」


 雨の中、木陰で震える猫と出会う――まで想像してしまった。

 気持ち悪がられる前に、手で頬を揉んでニヤニヤをニコニコ程度に抑える。手遅れかもしれないが。


「段々と、四殿下のことがわかってきました」

「今の流れでわかられても嫌なんだけど」


 気付けば、後宮門がすぐそこに見えていた。西の太子園の門はもう少し先にあるから、成嵐とはここでお別れだ。


「では、私はこのまま後宮に戻ります。四殿下はしっかりと報告書を書いてくださいね。でないと、慈于殿がまた泣いちゃいますよ」


 小琳は足を止めて、軽く頭を下げた。


(…………あれ?)


 てっきり、「はいはーい」とか言って、さらっと太子園へと帰るのかと思っていたのだが、なぜか視界に映る彼の足は動かずにまだそこにあった。

 どうしたのだろうか、と小琳は顔を上げた。と同時に声を掛けられる。


「て……」

「て?」


 ボソリと呟かれた一語に、小琳は思いっきり眉をひそめた。

 何かの暗号だろうか。それとも自分の耳が、他の言葉を聞き逃したのだろうか。

 小琳の疑問符が浮かぶ顔に気付いたのか、彼は少し声を荒げる。


「兄上に掴まれた手、大丈夫だったのかって聞いてんだよっ」


 ああ、そういうことか。さすがに、文脈なしの一語じゃわかりづらい。

 小琳は掴まれていた右手首がよく見えるように、右手の袖をめくり、成嵐の前に差し出した。


「ありがとうございます、この通り大丈夫ですから。痛みももうありませんし」


「そ」と彼はぶっきらぼうに言う。


「四殿下も手は大丈夫でしたか」

「は? 俺の手? なんで?」


 疑問に眉を波打たせる成嵐の右手を、小琳は掬いとった。


「最後、鞘が手に当たってないかと思いまして」


 結構痛々しい音が響いていたし、何より剣が宙へ跳ね上がるくらいの衝撃だ。手に当たっていなくとも、剣を握っていた手への衝撃は中々のものだと想像できた。

 二人して、小琳が握る成嵐の右手を、まじまじと見つめる。

 今見た限りでは、赤くなっていたり傷を負ったりはしている箇所は見られない。


「大丈夫……のようですね。良かった――って、あの?」


 怪我がないようでほっとしたところ、成嵐の視線に気付いた。

 目を丸くして、ただただ凝視されていた。


「何かついてますか、私の顔」


 朝食は何を食べたかなと、小琳は今朝の献立を思い出しながら、自らの口の周りを手で触れた。

 もし、ついていたとしたら恥ずかしすぎる。

 その顔で祥江にも食膳処の料理人にも成嵐にも慈于にも会ったわけだし。なんなら、ここに来るまでに、女官や内侍官達ともすれ違った。


(どうしよう。『身だしなみも整えられない女史長』とか思われて、講義を拒絶されたら……最悪だ!)


 小琳は慌てて両手で顔中を無差別に拭う。


「あの、取れましたか」


 これならもう大丈夫だろうと、確認してくれとばかりに小琳は成嵐に顔を向けたのだが、彼はフイッと視線を切り、背中を向けた。


「……まだついてる」

「え、どこですか!?」

「アホ面が」

「…………」


 彼は言いたいことだけ言うと、振り向かずにそのまま太子園の方へと去って行く。

 小琳は瞼を重くして恨めしい眼で、小さくなる成嵐の背中を睨んでいた。



面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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