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第四太子の教育係  作者: 巻村 螢
第二章 獣の不審死の謎を解け

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これがアホねえ……

 小琳に握られたままだった袖を、成嵐はやれやれとばかり、腕を引いて丁寧に外した。


「講義ったって……獣の骸から何を学べっていうんだよ。俺、医官になるつもりなんてないんだけど」


 小琳を見下ろす彼の目は、やれやれと言っている。

 しかし、小琳はそんな興味のひと欠片も感じられぬ視線を受けても、一切怯まない。元より、彼が自ら目を輝かせて教えを請うような姿は、まったく期待していないのだし。

 小琳は、猫の口に指を入れ、ごそごそと口内をまさぐる。


「講義は何も、書物だけで行うものではありませんよ。学びというのは、あちらこちらに落ちているものです」


 そして、「あ、取れた」と、親指と人差し指で摘まんだ物を、成嵐の顔の前で掲げた。

 小琳が手にしていたのは、小さな鈍色の欠片。


 ただ、欠片といっても石のように固いわけではなく、薄く柔らかで、木陰を疾る風にひらひらとなびいている。

 揺れるたびに柔らかく光りを弾く様は、まるで絹布のようでもある。


「猫の歯の間に引っ掛かっていたものですが、これが何かお分かりでしょうか」


 成嵐は眉根をギュッと寄せて、喧嘩をふっかける時のような悪人面になりながら、欠片を凝視した。


「魚の……皮?」

「そうですね。ではなんの魚かおわかりですか」


 鱗はない。ざらついた肌に特徴的なまだら模様があるのみ。

 小琳は成嵐に考えさせるように、成嵐が首を傾げても言葉を口しなかった。ググッと顔を近づけ、真剣な眼差しで魚の皮を前後左右から眺める成嵐を、楽しそうに眺める。


 その小琳の表情は、まるで幼い子に謎かけを出して遊ぶ母親のようでもある。

 次の瞬間、いつもやる気がなさそうになだらかな流線を描いていた成嵐の眉が、目を見開くと一緒に大きく持ち上がった。


「河豚だ!」

「正解です、四殿下」


 小琳が大きく頷けば、成嵐の表情が童のように輝いた。

 そのあまりにも素直な反応に、小琳の片眉が持ち上がった。そこで、自分がどのような顔をしているのか気付いた成嵐は、ゴホンと咳払いして表情を戻す。


「そうです、これは河豚の皮です」


 小琳が猫の口の中から見つけたのは、河豚の皮だった。

 猫の口周りについていた塊を嗅いだ時、鼻にツンとくる嫌な刺激臭がした。

 猫だとて体内は人間と同じだ。口周りに付着していたことを考えても、吐瀉物が乾いて固まったものだろう。口が小さすぎて雀と鼠は確認できなかったが、口元からやはり酸っぱい匂いが微かにしたから、この獣達は同じ原因で死んだようだ。


「雀も鼠も猫も皆、河豚を誤って食べて死んだってことか」


 なるほど、と成嵐は顎を撫でながら、河豚の皮と骸とで視線を往復させていた。


「では、四殿下。この獣達はどこで河豚を食べたのでしょうか」


 当然ながら河豚には毒があるため、宮中で食材として使用されることは絶対にない。


「河豚は海の魚だが、皇都近辺に海はない。だが、皇都の市場の魚屋に行けば手に入るか……河豚の身は漢方の材料にもなるし……じゃあ皇都の市場で」


 彼は腕を抱え、口の中で思考を呟いていた。

 思考の深さを表すように、目は一点を見つめたまま動かず、おそらく目に映ってはいるが何も見ていないのだろう。脳の内側を見つめているといったところか。


「河豚毒は食べる量にもよりますが、死に至るまで僅かに猶予があります。雀や鼠は身体が小さいので猫よりか早いでしょうが、まあ四半刻(三十分)もないでしょうね」


 新たな情報を耳にして、彼の瞼がピクッと僅かに痙攣する。


「いや、市場からここまで四半刻じゃ無理だろ……皇城に入れても外朝くらいで力尽きるだろうし……鳥ならば、内朝に辿り付くだろうが、それならば外朝でも死んでいるはずだ」


 今、彼の頭の中では、高速で情報が組み立てられていることだろう。

 はじめて見る成嵐の真剣な表情から、小琳はこれ以上の助言は必要無いと判断し、口を閉じた。


(呆子殿下ね……)


 小琳はブツブツと呟きながら、ああでもないこうでもないと思考する成嵐の顔を、じっと見つめ続けた。

 ややあって、彼の意識が脳内探索から戻ってくる。一点を凝視していた瞳が、目覚めたようなぎこちなさで動き、小琳を捉えた。


「……太子園の食膳処か」


 呟くような大きさで、しかしはっきりとした確信が込められた声だった。


「調査依頼は、内朝で不審死が起こっているっていうもので、外朝や城外で起こったなんて聞かない。つまり獣は内朝のどこかで河豚を食べて死んだってことで。内朝で河豚がある可能性のある場所は、後宮と太子園の食膳処のみ。そして、ここ最近魚を扱っていた方は……」

「よく、私との会話を思い出されましたね。素晴らしいです」


 惜しみない拍手を贈れば、彼は驚いたように目を瞬かせ、フイと顔を背けてしまった。横顔に掛かる長めの髪と、口元を手で押さえているため、彼の表情は読めないが、きっと照れているのだろう。


「では、答え合わせに行きましょうか、四殿下」


 二人は、東の太子園にある食膳処へと向かった。




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