『洛外での戦い』　　～　山崎・石清水の戦い　～

『洛外での戦い』　　～　山崎・石清水の戦い　～

　 名目上京を押さえている朝倉勢と、将軍位に王手をかけている三好勢。

　朝倉側では、三好の上洛をなんとしてでも阻まねばならなかった。

京を渡してしまえば、義栄に将軍宣下がくだされてしまうだろう。

それでは、義秋擁立の夢は終わってしまう。

　対する三好側も、これ以上の後退はあり得なかった。

朝倉側に京都の町（朝廷）を押さえられている以上、何が起きるや判らなかった。

浅井家が本格介入してくる前に、なんとしてでも盛り返す必要があった。

遠武令により、洛中に軍を入れるのは憚られた、ゆえに京をめぐる攻防が発生せずにその周辺が係争の場となった。

お互いの思惑が絡み合い舞台は、洛外へと移った。

　日本の歴史は、『合戦』と『事件』の連続である。

どのような辺鄙な場所でも、それなりの謂われなり逸話がひとつぐらいはあるものだ。

そんな中でも、とりわけ歴史に名前が出てくる場所がある。

京の攻防戦となると、”ここしかない”とまで言えよう。

ひとつは、不破の関～勢多の唐橋である。

京への東の玄関口となる。

そしてもう一つが、桂川、木津川、宇治川の合流地点である。

天王山、山崎、水無瀬、石清水八幡宮、淀。

誰もがその名を知る場所である。

朝倉勢第一軍は、桂川西岸を南下し、第二軍は桂川と宇治川の間を走る大坂（京）街道を南下していた。

それに呼応するかのように、三好勢は北上を開始する。

地の利を活かすべく、天王山、石清水八幡宮の鳩が峰を三好勢が押さえた。

　この周囲に他の高地はない、先手をとられた朝倉勢であった。

「わが軍は、敵から丸見えでは無いのか？」

「これでは戦う前から、そうとう不利ではないか？」

「一旦、退（ひ）くべきであろう」

いくさ評定の席で、三好側に先手をとられたことを懸念する声が上がった。

朝倉義景の戦略性のなさには、すでに皆が呆れていた。

とはいえ、足利義秋を将軍候補に担ぎ出した以上、皆もはや後戻りは出来なかった。

戦となると、朝倉よりも上杉の方に皆の信頼が寄せられる。

『軍神』と異名を持つ上杉謙信であるだけに、皆の期待も大きい。

浅井長政の弟、政之の麾下１５００名も謙信の元へと配属された。

上杉謙信は、朝倉にとっても”勝つためには必要な人材”である。

が、その分、こと戦となると義景は蔑ろにされ疎外感を味わうのであった。

（儂が、最大戦力を率いているのだ……。）

義景の心中は穏やかではなかった。

朝倉の兵１万５千、に対して上杉軍は僅かに３千である。

実質、朝倉の麾下にいる、武田（若狭）大野郡司家を含めれば二万の軍勢を出しているのである。

（このままでは、上杉にしてやられる。）

義景は”自身の権威の拠り所”である義秋を京へ連れ出すべく、密かに画策を始めていた。

～　・　～　・　～　・　～　・　～　・　～

―　本国寺　―

　その頃、長政の元には信長からの使者が訪れていた。

本国寺は、浅井家の陣屋として改装が進められていた。

境内の外にも兵舎を設け、寺域の外に堀と塀を設けて防御を強化している最中であった。

まだまだ京都守護職の仕事に就いたばかりである。

仕事や、やるべき事が山積していた。

丹羽長秀が、長政への使者として通された。

寺の書院の一室にて会見がもたれる。

「先日の長島の戦いで、当織田家は願証寺に攻め寄せた松平家を撃退いたしました。つきましては、加持戸島の領有を浅井家に認めていただきたく存じます。」

「加持戸島は、浅井家配下願証寺の所有である」

「そうはおっしゃいましても、今現に加持戸島を押さえているのは織田家でございまする」

「立ち退きを要求いたす」

長政が静かに織田方の譲歩を切り出す。

「ご冗談を、織田家は先代信秀公の代よりの勤王家ですぞ、朝廷にも些か顔がきき申す。他家の領地を力尽くで取り返してとあっては、浅井家の名にキズが付きましょう」

「……」

（長秀め、俺の”いい人戦略”の弱点を的確に突いてきたな……。）

「二条殿には、すでに御報告済みですぞ。力尽くで取り返したとあっては『京都守護職』の名に傷が付き、朝廷にも迷惑がかかるでしょうな」

「……用向きの件は承った、それではこれで」

長政は座を立ち、執務に戻った。

　どうやら織田家は、三好家と通じているようである。

無駄な論争に興味は無い。

浅井の敵であると認定できた以上容赦はしない。それだけである。

「誰ぞある！」

不快感を隠しつつ手紙をしたため、それを父.久政へと出すのだった。

不快な思いを引きずっていると、吉報が入った。

どうやら、天王山を上杉謙信が制したらしい。政之も活躍したようである。

「何はともあれ目出度い」

双方が要地を手に入れたことにより、洛南の戦の舞台は膠着状態に陥った。

～　・　～　・　～　・　～　・　～　・　～

９月某日

尾張で岩倉・犬山の織田勢が反乱を起こした。

正確には守護.斯波義銀を奉じた尾張衆が、信長に反旗を翻したのである。

岡崎攻略中の信長は、部隊を戻すことが出来ず、尾張上四郡のみならず下２郡までも失った。

大いに慌てた信長であったが、為す術がなかった。

数日の内に、僅かに愛知郡を領有する一勢力に落ちてしまったのであった。

　今川の来援を受け、何とか防戦していた松平元康であったが、何とか岡崎を死守した。

しかし代償は大きく、多くの家臣を失ってしまった。

再び今川配下での忍従の日々が始まるのであった。

～　・　～　・　～　・　～　・　～　・　～

　謙信の活躍に続き、尾張守護斯波氏が足利義秋を支持する勢力に参入した。

それにより、義秋派は大いに気勢を上げるのであった。