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『苦脳する者達』   ― 『雌伏編』完結 ―

さあ、雌伏編のラストです。


いよいよ物語は完結いたします。

『桶狭間の激戦』の影響は大きかった。


多かれ少なかれ、すべての者に影響をあたえたといっても過言ではない。



 織田家の場合、今川の侵攻軍を退けたものの犠牲があまりにも多すぎた。

有力な家臣の多くが死傷した状況は、勝ったとはいえ都合が悪い。


 信長は、頭をかかえていた。

「義元の首を捕れていれさえすれば……。」

欲張りすぎな考えであると、自分でも思う。

しかし、義元に片腕を失うほどの手傷を負わせたにも関らず、取り逃がすとは……、

 おかげで、今川は手強いいままである。

状況は、戦の前とさほど変わってはいないのだ。

まあ、あの絶望的な状況よりは、ましではあるが、

 もう2度とあのようなチャンスは来ないであろうと思うと、逃した魚は大きい。

「今川の赤鬼め」

アイツさえいなければ…

 幸い名声があがったおかげで、国内がまとまっているのが唯一の救いだ。

今は、回復のとき、積極的に軍事行動できる状態ではない。

信長は、国内の引き締めと外交に力を注いだ。

もちろん、早急に軍備を増強するのは大前提である。

やる事は山積みだった。



 今川家の面々も、もちろんの事、頭を抱え込んでいる。

あまりにも手痛い敗北である。

勝って当然の戦で敗退し、多くの犠牲者を出したのだ。

幸い、前当主の義元が生還したおかげで、なんとか持ち堪えている。

旗本の諸将が討ち取られた影響で、早急に代替わりが必要な事態に見舞われている。


 氏真も頭をかかえていた。

今後の上洛の事を考えての「京風文化」である。

その為に、和歌や茶、蹴鞠を学んでいたというのは、当主として当然の仕事である。

それにもかかわらず、「あそび呆けて、家を傾けかけた」と悪口を言われている。

織田の間者のしわざか?

「くっ、信長め!」

いまいましい。

すっかり趣味となった蹴鞠を嗜みながら、そうつぶやいた。


 松平元康も、困っていた。

いきなりの敗戦であった。 

国境の守りのためにも、元康が三河に戻る事は了承された。

『三河への帰還』 

「「 かの清康様の孫、元康様が帰ってこられた。」」

岡崎の町は、お祝いムードだ。

 それ自体はありがたい事なのだが……。

浮かれてばかりも居られないのだ。

「織田の脅威が大きすぎて、今川の影響力が逆に大きくなってしまった」

三河統ーを秘かに狙う元康にとって、それはあまり有難くなかった。

「まあ、先ずは岡崎の掌握から始めねばなるまいな!」


 


美濃では、義龍が唸っていた。


宿敵である信長の名声だ!

「道三さまの予言があたっていた」

「亡くなった道三様は、信長公の真価を見抜いておられた」

という市中の噂は、彼にとってなにより許し難いものである。

 我が一色家ですら、身構えてしまっていた、『今川の上洛』

それを独力で排すとは、……

もはや、『うつけ』などと、あなどれん存在である。

 西美濃の国人衆の要請もあり、密かに『六角の小倅』と誼を通じ、浅井家が領する、江北を伺っていたというのに……。

 現状での大規模な二面作戦は、絶対に避けなければならん。

ましてや、関ヶ原以西は、地勢的に桶狭間そのもの、いやそれ以上の難所である。

とても危険な博打は出来ない。


 そして、竹中重治も頭を悩ませていた。

私の進言が西美濃三人衆を通じて、御屋形様に取り入れられ『浅井攻め』が始まる矢先の出来事だった。


 近年の浅井は、さほどは目立ないものの、めざましく成長している。

今後、さらに大きくなるのは間違いないだろう。

勢力を拡大する浅井が、一体どこを目指すのか?


 知れたこと……。


 『 美濃 』しかないのだ。


 竹中半兵衛は、浅井の躍進を危惧していた。

『浅井賢政殿』は、良き領主であるらしいのだが、美濃にとっては侮れない敵になる可能性が高い。

最も注意が必要な存在になるだろう。

 あの浅井家が、自ら六角や浅倉の敵になるという事は考えられない。

 浅井賢政の動きを読めば、目的は美濃(それも揖斐川以西)である。

濃尾平野は平坦で広大だ。

土地としての魅力が充分にあるのだ。

 しかも、川が何本も南北に流れており、大堀の役割を果たす。

順次攻めていけば、…以外と攻略が可能だ。


「攻略が、簡単だと言うのは兄さんぐらいだよ」

と弟が笑うが、あの賢政なら可能だと見ている。


美濃を守る為には、計略と大胆な行動をもって、先んじて浅井を封じる必要があるのだ。

今まさに代替わりを迎える六角家。

「今が付け込むチャンスなのに、……信長め!」



 

 六角さんもいろいろ考え中なのである。

義賢としては、いろいろな仕事が、ひと区切りついた所である。

『桶狭間の激戦』には、驚きはしたものの畿内への直接の影響はない。

あと自分がすべき仕事は、将軍家のお世話と、息子の教育であろう。

「四郎も賢政を見習ってくれれば良いのだが、どこかに甘えがあっていかん!」

 今後の為にも、喝を入れねばならないだろう。

あやつには、当主の責任の重みを知ってもらわねばならん。

「それには、あるていどの責任を負わすしかないかのう。

今川家の滅亡の危機から見ても、ワシが健在なうちに、四郎に跡目を譲り渡した方がよいのやもしれん」

 

 そうして、半ば予定通りに義治が当主となった……。



 かの信玄すらも、愚痴をこぼしていた。

「義元さえ死んでおれば、そうそうに同盟を破棄して駿河に攻め入ったのに!

義元が死ぬまでは、ヘタな手出しが出来なくなったわ」

駿河の調略の不調を聞きつつ、そうこぼしたのであった。

『隻腕の義元』となって以降、あやつの手強さが増したのを実感した。

甘さがなくなった、死線を越えてしたたかに成長したのだろう。

「頭が痛いわ!」



 どの大名も、さぞや頭を悩ませ、これまでの戦略を練り直したことだろう。


『桶狭間の激戦』の報告を受けて、頭を悩ませなかった大名など一人もいない……、


いや、一人だけいた、「所詮は遠くの出来事」と重要視しない御仁が……。


 歴史は大きく動いたかにみえる。

しかし、そう簡単に『時代のうねり』がおさまることがないのも、また事実だ。


戦国という荒波は、『桶狭間の激戦』をも呑み込み、さらにそのうねりを増すのだった。





 人間という小さな存在は、矮小なものでしかないのかもしれない。 





                         ―   完   ―



 賢政視点の本編のラストが、『最終話』でした。


 今回の『苦脳する者達』で、すべての視点に於いて、雌伏編が完結しました。


物語は、まだまだ続きます。

 では、いったんこれにてお終いです。

勢いで書き上げた作品ですが、作者自身はとても気に入っております。

小説としての不備な点は多々ありますが、お読みいただけて幸いです。


ではまた、『長政?はつらいよっ!! 静かなる逆襲!!』で

お会いいたしましょう。

もう始まっていますよ、長編になります。

ぜひ読んでくださいね。

                   ひさまさでした





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