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始まり、ということ。

前との合間が大分空いてしまいました。お待たせして申し訳ありません。

もう、いやだ。

もう、みたくない。


そんな叫びを、何度口にしたのか。

何時の間にか閉じていた瞼を押し上げる。きっと、目を開けたとしても見えるのは、黒い靄に覆われた部屋だとは思う。けれど、今の私に出来ることは、それらを向かい合い、それらが体験した苦しみや痛みを共に感じあって、『破邪の力』と呼ばれる『拒絶の力』と最大限使えるようにすることなのだから。


「えっ?」


けれど、目を開けてみえたのは、黒色など一つとてない只の部屋。

中心に備えられている寝台の上で、私は起き上がって座っている状態でした。

寝台の横には、小さな椅子があります。

「アルト、先生?」

オウキ曾お爺様の指示で始めた頃、その椅子に腰掛けて手を握ってくれていたアルト先生の姿が、部屋の中にはなかった。

終わるまで一緒に居る。

そう言ってくれた事が、どれだけ私の心を軽くしてくれたことか。握ってくれていた筈の手を見つめ、少し寂しく思い、そして傷むような感覚があるような気がしました。でも、アルト先生が嘘をつくような人ではないと私は知っています。何時も、私やリアのことを見守って、時には訳も無く苛立つ私を辛抱強く宥めてくれたこともあった人なのです。

そんなアルト先生が此処には居ない。それだけ、長い時間が過ぎ去ってしまったということなのでしょうか…。


「あれから…」


どれだけの時間がかかってしまったのか。

それが頭を過ぎってしまえば、私の体は考えるよりも早く動いていました。

寝台から飛び降り、部屋を出る。

そう頭で考え、そう行動している筈でした。

でも、寝台から降りた私の足は力が入ることがなく、床に崩れ落ちてしまいました。どうして、と手を伸ばせば、ガクガクと振るえ、石像のように冷たくなっている自分の足に触れることになりました。


「体勢を一切返ることなく、飲まず食わずに眠り続ければ、そうなっても仕方無いわね。」


「アリス義姉様?」


油断していた、といえばいいのでしょうか。

幾ら幼い頃から義姉として慕っているアリス義姉様相手とはいえ、部屋に入ってきたことにも気づかなかったなんて…。


「まずは、これを飲んで体を休めなさい。」


そう言って差し出されたのは、湯気が立っているコップ。断る必要も感じず受け取ったそれには、温かなミルクがたっぷりと入っていました。

口にコップをつけ、まずは一口と傾ければ、口の中に温かなミルクの甘さと、ほんの僅かですが蜂蜜の甘さを感じました。

「色々な方の、恐怖を味わいました。」

「えぇ。」

「本当に多くの…たった一人のせいで、どうしてこれだけの人達がと思う程のたくさんの方の叫びでした。」

コップを両手に包み、ミルクを飲むことで体内を温めると同時に掌からも温められていく。コップの中に白い波紋が生まれるのは、私が体験した多くの恐怖を思い出してしまうから。勝手に震えてしまう手が、コップを揺らしていました。

アリス義姉様は、私の言葉をただ頷いて相槌を打って聞いてくれていました。

寝台の上に座っている私。その横に近寄り、立ったままで聞いているその姿は、誰かの最期の記憶にあった見下ろしてきたマリアのそれと重なり、白い波紋の中に一瞬大きなものを生み出しました。でも、その目にあるものが、マリアの嘲笑と享楽の色ではなく、私を案じてくれていると分かる優しい光であると理解出来、その震えを抑えることが出来ました。

「どれだけの時間が経ちましたか?」

何十人もの恐怖と絶望を体験した。もしかしたら、『破邪の力』を発揮することも出来ずにもたもたとしていたせいで、マリアの被害が大きく世界へ降りかかってしまったかも知れない。そんな恐怖が今、私に襲い掛かってきていた。

「二日。大丈夫、心配することはないわ。たったの二日よ。何か変化があったとすれば、マリアが王国から皇国へと居を移す移動を始めた程度。本当は昨日それが行なわれる筈だったけど、移動の為の準備に色々と手間取らせたから今日になっているわ。」


「皇国に居を移す…?国を捨てたのですか、仮にも皇太子妃などと名乗っている者が!!?」


マリアにそんな事を求める方が間違いだとは分かっている。

けれど、皇太子妃とはどうあるべき存在か、王族が担う責務や役割を貴族が持っているべき基本的な事として教え込まれた身としては、そう叫ばずにはいられなかった。

「残念なことに。彼女にとっては、王国は遊びの足掛かりでしかなかったようね。随分と、私達の大切な地を下に見てくれている。」

アリス義姉様もそれに対して、強い怒りを覚えているのですね。あまり感情を表情へと繋ぎ合わせない義姉様が、怒りを表情として表している事から、それがどれだけ強く重い怒りであるかが分かります。


「でも、貴女が目覚めてくれたわ。」


アリス義姉様の背後に、獰猛な猛禽類が獲物を狙う姿が見えたような気がしました。

「ありがとう、エリザ。貴女の『破邪の力』があれば、あの女をぶちのめす事が出来るわ。」

フフフフッ

オウキ曾お爺様の曾孫の一人であるアリス義姉様にも、極僅かなではあるものの『破邪の力』を放ち、その身に降りかかる悪しきモノを弾く血は流れています。

それは、強弱の差はあれど、正気も持って残っているサルドの皆にも。

ですが、神に贄を捧げて力を高めている今のマリアに対してはか細いものなのだそうです。耐えに耐えてマリアに近づくことが出来たとしても、攻撃をしてマリアを傷つけた時にその再生に巻き込まれることは防げない。


だからこそ、現役時代のオウキ曾お爺様と同じ程度の力があるという、私がマリアの力という力を拒絶する必要があるのです。


ですが、その実感がいまいち私は感じられずにいました。こうして悪夢から目覚めることが出来たということは、『破邪の力』を完全に引き出し使えるようになっているということなのでしょうが、自分自身に何か変化を感じられる訳でもありません。周囲を見回せば、悪夢へと身を浸す直前に見た部屋全体を包み込んだ黒い靄状の闇は完全に消え去っている。オウキ曾お爺様から始める前に受けた軽い説明によれば、それが無いということは私が『破邪の力』-『拒絶』によって消し去ったということになるのでしょうが…。


白い壁を見つめ、何か変化はなにのかと考え込みます。

もしも、本当にたまたまの偶然で、消し去ることが出来たのだとしたら。アリス義姉様を初めとする皆を危険に晒すことになってしまう。

私の中に、不安と恐怖が増幅し始めていました。


そんな思いに反応したのでしょうか、消え去った筈の黒い靄が、まるで染みが滲み出てくるように、白色に包まれた空間にジワジワと顕れました。


「…いや…」


これからに向けての不安に考えを浸していた私の頭が、その黒い靄を見た途端、一瞬にして「嫌だ!」「消えろ!」という思いで支配された。

閃光のように駆け巡り満ち溢れたその声を感じる中、その黒い靄をただ震える目で見ていた。すると、その黒い靄はまるで最初から無かったかのように消えていったのです。


「消えた…。」


ホッと、安堵しました。

「おめでとう。貴女がやったことよ。」

「そう、なのでしょうか…。これが…なんだか…」

地味。

力を使ったなんて、そんな感じは一切無かった。

「そういうものらしいわね。曾お爺様なんて、ただほんの少し強く意識しただけで、体という器を持つものでさえ消し去っていたんですって。」

私も、そんな事が出来るようになるのでしょうか…。自分が誇れる、戦う為の力。それぞれの力をもって確かな役割を担っていた兄弟達を、何時も羨ましく思っていたことを思い出します。それを仕事に生かしていた兄姉達。魔法使いという数少ない存在の一角に名を記すことが決定していた弟。私だけ、あるかないかも分からない『破邪の力』というものだけしか無かったことが、酷く悔しく悲しかった。

曾お爺様程に使いこなせるようになれば、そのもどかしくて仕方なかった力が、戦える力となるかも知れない。

そう思いました。でも、それと同時に恐ろしくて仕方ない。

ほんの少し、一時の感情の任せて使ってしまったら、と。大切な人達を傷つけるかも知れない力が、私は怖い。


「アルト、先生?」


そして、ハッと頭を過ぎったのは、最悪な考え。

一緒に居てくれるという約束をしたのに、姿が無かったアルト先生。約束を破るような人じゃない、そんな事はよく知っています…知っているのです。

「ま、さか…」

「大丈夫。」

そんな事を僅かでも考えてしまえば、その考えこそが正しいような気が襲い掛かってきました。そうとしか、考えられなくなってしまう。違うと否定したいのに、出来ない。

呆然とした声を出していた私の震えた手を、アリス義姉様が包み込んで止めてくれました。

「アルト君なら、その可能性も考えて部屋を移動してもらったのよ。だから、そんな考えはさっさと捨て去ってしまいなさい。」


「…よかった…」


「思いと無意識は違うけど…」

胸を撫で下ろした私は、アリス義姉様の不思議な呟きを聞きました。

「お義姉様?」

「エリザ。一つだけ、質問するわね。テイガやカーズ達、アルト君の事を頭に思い浮かべてみて、何か変な違和感などを感じるかしら?」


「いいえ?」

どうして、そんな質問とするのか。言われた通り、兄様やアルト先生、皆の事を思い浮かべて、何の問い掛けなんだろうと思案してみても、違和感などというものは覚えません。


「そう…。じゃあ、一応は大丈夫、ということね。」

「どういうことですの?」

質問の意図を尋ねましたが、アリス義姉様は笑みを浮かべるだけで答えては下さいませんでした。

「さぁ、皆の所へ行きましょうか。」

支えていくわ、と手を差し出してくださいました。

不思議に思いましたが、マリアの事を早く話し合わなければという思いもあり、差し出されたアリス義姉様の手を取りました。疑っているという訳ではないのですが、早くアルト先生が無事な姿を見たいという思いも、ほんの少しだけありました。







「もぉ~なんなのよ!?」

正面から訪れた衝撃によって、背中から倒れてしまった。そのせいで、綺麗に手入れさせた髪に小さな砂埃や汚れが付いてしまった。

イライラと声を荒げたマリアが、自分の為だけにある椅子に腰掛けなおしながら自分の髪を弄っていた。

御褒美にと、マリアとの最期の享楽を楽しむことを許してあげたアズルとの遊び。

せっかくの時間を台無しにしたのは、突然にマリアの胸の中心を貫いた見えない何か。穴が穿った胸の真ん中から真っ赤な血を噴き出させ、アズルの横抱きにされた座っていたマリアの体を、床の上へと投げ飛ばした。


死。


普通の人間だったなら、完全に死んでいたことだろう。

だが、マリアは違う。マリアは『死』という概念を定めた世界の理に上に存在している女神なのだ。この程度で死ぬ訳がない。

世界に無駄な程に溢れている命が、マリアの血を止め、傷口を塞ぐ糧となる。

マリアが起き上がれるようになった頃には、その胸の中心には穴も何もなく、血が流れた痕さえ綺麗に消し去っていた。


うっうぅう


「あら、まだ生きてたのね。普通だったら、傷ついた私に全てを捧げて砂みたいになっちゃうのよ?」

うめき声を上げて、マリアの足下に倒れこんでいたそれは、何故生きているのか分からない程に枯れ果てている全身を持った人であろうモノだった。

「やっぱり、攻略キャラだから長持ちするのかしら。ってことは、私が怪我しちゃった時ように攻略キャラ達は回収しておいた方が良いのかしら…」

マリアへと手を伸ばすミイラ状の男性を、マリアは足で蹴り付けていた。


「それにしても、女神である私に酷いことをするなんて、誰かしら?」

容赦の欠片もないマリアによる蹴り、それによって男性のカラカラに枯れ果ててしまっている腕がポキリッと折れてしまった。

だが、そんな事にマリアの興味は一欠けらも引き付けられない。


「あっ、そっか!!!これは新しいシナリオね。そうよね、簡単過ぎたら面白くないもの。女神となった私が世界を全て支配するまでの新しいシナリオの…そうねオープニングって所かしら。」


フフフッ

楽しみぃ~

キャッキャとはしゃぐマリアの頭の中に、すでに足下に転がっているモノのことなど完全にありはしなかった。

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