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マリアという存在。

マリアは殺せません。


彼女はそう言った。

夢物語のような彼女の話を信じた僕もテイガ達も、そんな馬鹿なと眉をしかめ、首を傾げた。


多くの糧を取り込み、力を増し、無差別に周囲を襲ったりせずに済む自我を確保できた頃、僕はテイガ達と合流を果たした。

僕が眠っていた棺を抉じ開けられてから、4年と少し経っていた。

飢えを満たすまでに、どれだけ命を喰らったかは定かでは無い。それが死者のさ迷う命だったのか、動物などの命だったのか、たまたま近くにいた人だったのかも定かでは無い。

けれど、そんな事は些細過ぎて問題にもならない。

さした関わりもない他人がどうなったからといって痛む心なんて、生きていた頃でさえあった覚えは無いのだから。

僕が気にかけていたのは、可愛い曾孫達の命を脅かさないようにという事だけだった。

抑えきれない飢えを持ったままでは、曾孫達の命を傍に寄るだけで奪う事になるだろうからね。


彼女と会ったのも、テイガ達と合流してすぐの事。

テイガによって紹介された彼女の話は普通だったなら鼻で笑って無視するようなものだった。けれど、それを信じるしかないような事態がすでに起こっていたし、何より彼女が嘘をつく必要も無く、そんな性質の人間だとは思えなかった。そして、面白いと思ったから、僕にとってはそれが一番大きかった。それを知られてしまえば、呆れ顔で怒られると思ったから自分の内に秘めておいたけど。


"神"とマリアと彼女が呼ぶ存在に対しては警戒を抱いたが、マリアだけなら対処は簡単だろうと、彼女の話を聞いて僕達は考えた。

マリア本人に戦ったり、守ったりする力は無い。

だったら、彼女の力から破邪の力で自身を守って忍び寄れば、戦いに慣れているテイガ達ならば一撃でもって殺す事も可能だ。

なんだったら僕が赴き、マリアの傍にいる人間の体を使って殺すことも出来る。

その際に、"神"がどんな反応を示すのか、どの程度までマリアが力を強めているのか、そんな事を重視し慎重に目を凝らしていた。マリアに操られ、マリアを護ることに躊躇いも無く命をかけてくる兵士などの存在も心配するところだったが、それはテイガを始めとするサルドの血族でどうにか出来るものだ。


あぁ、終わりが見える。


そう、テイガ達は安堵していた。

全てが終わったと判断出来るまで油断はするなと教えられている筈だが、確かに混迷を続けるしかなかった年月を経ていては、少しくらい漏れ出ることも仕方無いのかも知れなかった。

何より、テイガにとってはエリザとリアを巻き込まずに済んだことが大きかったのだろう。

僕が現れなければ、巫女になり得る破邪の力を持ったエリザの協力は必須だ。

悪霊としては力を増した僕だけど、破邪の力は弱まっていた。その事をテイガに伝える事を忘れていたのだが、それでもマリアに対処するくらいならば出来そうだと、僕も安堵していた。

存在を確固とした姿で留める肉体を失ったからなのか、それとも色々な命を取り込んだことで持っていた力が希薄になったのか、色々と考察することは出来るけど結論を出す事は出来ない。

そもそも、前例は無い事態だろうからね。破邪の巫女が悪霊に堕ちるだなんて。


けれど、その見出した終わりは彼女の言葉で打ち砕かれたしまった。


彼女は言った。

マリアは殺せない、と。


マリアと共に"神"に力を与えられ、この世界に生れ落ちてきた妹であった少女は苦しげな表情を浮かべていた。

"神"は二人に余計なものまで与えていた。

二人が元々生きていた世界には一つのルールがあったのだという。

『怪我も使用した力も、眠れば回復する』

彼女達の世界での遊び、ゲームで多く使われているお決まりというものらしい。

"神"は、それを二人に授けたのだと彼女は言った。

そして、それは代価無しでは無かったのだとも。


信じきれない僕等に彼女は実践して見せた。


広い野原の真ん中に、彼女と繋ぎ止められている山羊が二匹。

僕達は少し遠くで見ていて欲しいと言われ、その指示に従った。


そして、彼女は手に持ったナイフで首を掻き切った。


驚く僕等の前で、彼女の言っていた言葉が真実であったと証明された。

掻き切った首から血を噴出させ地面に倒れた彼女。遠目に見ても死んだ事が判断出来る状態だった。そのすぐ後、彼女の近くに縛られていた山羊に異変が起こった。元気良く鳴いていた二匹の山羊が突然地面に倒れ込んだのだ。

そして、倒れピクリッとも動かない山羊の代わりに起き上がった少女。

少女と目が会い、許しが出たことで近づいた僕等が見たものは、首に一つも傷の無い彼女の姿。

山羊は死に、その体が砂像が崩れるかのように消えていった。


命には命を持って。

傷には肉体を持って。

眠りの間に再生はもたらされ、その代価として周囲に居る生物の命や肉体が持っていかれる。

この世界に生まれてから数度、彼女はそれを体感していた。


「"神"は、私達を使って遊んでいるのです。私達、特にマリアは物語を進めさせる駒だと私は考えています。私は、物語の進行を盛り上げる為の駒といった所でしょう。」

彼女曰く、マリアは主人公、自分はライバルキャラというものだそうだ。

「オウキさん。真偽の程は分からないのですが、"神"が言った事があります。」


敵キャラも用意してある。敵キャラだけが、君達を殺せるんだよ。気をつけてね。


「私はそれが、貴方やエリザさんの持つ『破邪の力』だと思っています。」




彼女と何回も実験を繰り返した。

結論から言えば、彼女の予想は正しかった。

けれど、やはり力を弱めた僕では力不足で。何より、自分の体を持っていないことが問題だった。

エリザしかいない。

そう結論付いたのは半年前の事だった。


エリザの持つ破邪の力を強化すること。

僕と彼女で見つけた、マリアを殺す為の場を整える事。

"神"をどうするか。


そんな事を考え準備をしていた。

だけど、やはり後手後手に回ってしまう所は多かった。

あちらこちらから送られてくる刺客も煩わしかった。

充分な注意を促しておいた部下を奪われることも多かった。

何より、皇国に新しくマリアが送り込んだ道具は計画を大きく狂わせてくれた。


そうこうしている内に、エリザとリアを王都に連れ去られてしまうし。


まぁ、そのおかげで事を動かす切っ掛けになったとも言えるが。



マリアと"神"には、充分にお礼をしなくてはいけないよね。

あぁ、楽しみだ。

お礼の為の準備は、しっかりと進んでいる。

懐かしき故郷にも使いを送り、あとは帰還を待つだけだ。






オウキは今、帝国にいながらにして四つの視線を持っている。

一つは、眠るマリアを見下ろすもの。

一つは、王城の巡回して様子を探り、漂う命を集めているもの。

一つは、皇国から持ち帰られているマリアの便利な道具を探すもの。

一つは、彼女の、実験によって小指を失った手が動く様を見ているもの。




「あっ、見つけた。」


オウキが見つけたのは、イスに腰掛ける一人の少年だった。


「さて、どうしようかな。始末するか。それとも、助けてあげるか。」

僕はどっちでもいいんだよね。

あの子達に聞いてみる事にしようか。

正しいか正しくないかなんて、死者がするべき判断じゃないしね。




………………………


マリアは夢を見ていた。

悲しくて仕方が無い、夢を。


マリアには、優しくてお小遣いをたくさんくれたお祖父ちゃん、お祖母ちゃん、仕事が忙しいのに休日には遊びに連れていってくれるお父さん、お菓子作りが得意で一緒に服を買いにいったお母さん、あまり外に出たがらない妹がいた。


友達もたくさんいた。

マリアはクラスでも何時も中心にいて皆を引っ張る役割につく事が多かった。

友達も皆、頑張るマリアを率先して助けてくれていた。

男と女では友達にはなれない。なんて言う人もいたが、マリアはそんな事は無いと思っていた。何故なら、マリアには男の友達もたくさん居たからだ。学校の中だけではなく、放課後や休日だって一緒に出掛けたり買い物に行ったりと遊んでいた。

皆、マリアを一緒に居ると楽しいと言っていた。

女子の中には、マリアに嫉妬して嫌がらせをしてくる怖い子も居たが、マリアには庇い助けてくれる友達もたくさん居たから、気にはならなかった。


それは、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、と続いた。


高校では生徒会にも選ばれた。

全校生徒が、マリアを慕い、マリアの考えたイベントにも率先して協力してくれた。


だけど、たくさんの友達を作り、サークルだって創設して充実した日々を送った大学を出ると、マリアは不幸になった。

仕事を始めてから可笑しなことがたくさん起こるようになった。


マリアが就職したのは、友達が紹介してくれた会社だった。

大学時代に出会った、年の離れた友人。

「うちにはもったいないから」と就職先を見つけることが出来なかったマリアを誘ってくれた。

マリアは頑張って仕事をした。

なのに、頑張るマリアに同僚達は酷い嫌がらせをした。無視したり、一生懸命している事を叱ったり。

仲の良かった友人達とも、次第に疎遠になっていった。

今まで怒られたことも無かった家族から、叱られることが多くなった。


ある時、それが何故なのかが分かった。


妹が、マリアの友人達や家族、会社の同僚達にある事無い事を吹き込んでいたのだ。

そして、皆がそれを信じた。

マリアが酷いといえば、皆が妹に味方をしてマリアを悪く言った。


どうして、なんで、と言い募るマリアは会社にも行けなくなった。


すると、家族はマリアに酷い言葉を吐き捨てて、マリアを部屋へと閉じ込めた。


それからの事を、マリアはあまり覚えていない。

だって、とっても悲しかったから。泣いて泣いて、苦しくなった事くらいしか覚えていない。


マリアが最期に覚えているのは、真っ赤に燃える炎。

部屋の外からは妹の笑い声が聞こえた。

その時マリアは理解した。妹が火をつけて私を殺そうとしているのだと。

どうして、妹がそんな事をするか分からなかった。

あまり外に出たがらない妹だったが、マリアは仲良くしていたと思っていた。

マリアが使わなくなった物をあげたし、妹が困っていたら助けてあげた。

なのに、妹はマリアを殺した。


そして、マリアは気づいたら真っ暗な何もないところにいた。

そこで"神"と名乗る人に出会った。

神はマリアを可哀想だと言い、涙を流した。

可哀想なマリアの為に世界を用意したと言った。

マリアが好きだったゲームを元に作った世界を。

マリアの好きにしていいのだと言った。

マリアには幸せになる権利があるのだからと。


だからマリアは幸せになる。

この世界で。マリアに優しい世界で、マリアを愛する人々に囲まれて、マリアは永遠に美しい夢の世界に生きていくのだ。

マリアの過去については、180°曲解してお読み下さい。

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