表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/54

弟のこと。  後

「戦争の後、彼は『人形』と呼ばれるようになったわ。」


ユリアが始めた説明に、私は絶望しました。

嘘を許していないユリアの言葉は、彼女の視点とはいえ真実なのだから。


「元々、彼は無表情で、感情が無いと言われていたわ。でも、私は学園に居た頃にマリアの周りで微笑んでいる彼を知っていたから、表情が乏しいだけなのだと思っていたの。」

そうね。他人がそう言っていたのは知っているわ。そして、マリアの傍にいるようになって、普通の子供のように笑ったり、怒ったり、拗ねたり出来るようになっていたのも知っている。だから、最初はマリアの傍にいる事はイザークにとっては良い事だとばかり思っていた。

「でも、また段々と表情が無くなってきて。サルド家が王都を去った後には、まるで聞こえているのがマリアの言葉だけなんじゃないかというくらいに、表情だけではなく行動も乏しくなって…」

そう、マリアが取り巻きを作るようになった後、遠めに見るイザークは感情が見えないことが多かった。あの頃には、家に帰って来ることも少なくなって、学園でも避けられるようになって、そして学園内の険悪な空気に駆け回ることが忙しくて、イザークと話をする事も出来なかった。


「私がマリアに要らないと言われた後、マリアが卒業を待たずに王太子妃となって城に上がったの。イザーク君はマリアと一緒に王城に上がったわ。申し分無い実力があったから、そしてサルド家を失った事を恐れる一部の貴族たちの後押しがあって。そして、帝国との戦争にイザーク君は動員された。」

拳を握ります。倦怠感に鈍くなっている痛みを感じる程、手の平に爪が喰い込んでいる。

自分達が排除したサルドの血に縋ったというの?

「そして、戦争から帰ってきたイザーク君は壊れてしまった、そうバッカス君が言っていたわ。マリアの声だけを聞いて、マリアの為に行動する。それが王城に上がった後のイザーク君。けれど、戦争から帰ってきたイザーク君はマリアの声も聞こえず、人形のように存在するだけになってしまったんだって。」


戦争で壊れた?

確かに、兵士にはよくある事。

でも、イザークが?

10歳で初陣を済ませているというのに?

サルドの家訓の一つとして10歳で初陣に出る事になっている。家族に見守られながらではあるけれど、山賊や盗賊を相手に一人で挑む事になる。そして訓練の一環として傭兵のフリをして戦争に出る事もあった。

それらを怪我一つなく乗り越えてきたイザークが?


でも、そうね。あのお父様とジェイド兄様が亡くなることになった戦争ですもの。壮絶な戦いになった場所もあるという。もしかしたら、イザークもそんな戦況の中にいたのかも知れないわね。

テイガ兄様に聞いたら、何か分かるのかしら。


それにしても…

「マリアは何か言っていたの?」

一番最初から傍にいて、サルド家を排除した後にまで傍に置いて、王城にまで連れて行ったイザークの事を、彼女は何か言っていたのだろうか。

イザークがこうなってしまって悲しんだのか?


「…何も。バッカス君が聞いたのはただ『残念』とだけ。それから、『でも、まだ使えるから』。」

言いづらそうに顔を引き攣らせながら言うユリア。

「バッカス君はイザーク君にマリアの興味が向いていない事に気づいて、イザーク君に接触したらしいわ。エリザを助ける為、そう言った時だけ反応を返してきて、だからこそ魔術や魔道具を作ってもらう事が出来たと言っていたわ。」


「使える?…イザークの事をそう言ったの?」

マークが私の名を使い、イザークを利用した事に怒りを感じたけど、それを飲み込みます。それ以上に、聞かねばならない事があったから。

「えぇ。今思えば、マリアはイザーク君にそれ程興味が無かったと思うわ。あの頃、バッカス君や王太子殿下たちの話はよく聞かれたの。何処にいるのか、何が好きなのか。でも、イザーク君の事は何も聞かれなかった。もう終わっちゃったから。意味は分からなかったけど、そう言っているのも聞いたことがあるわ。それが、私やマーク君がなったみたいな状態の事だったのなら」

「いえ。それは無いわ。だって、イザークはサルドの子。曽祖父からの破邪の力を血に宿しているから…

マリアに操られるなんて…」


マリアは一体何者なのか。

怒りに震える体を抑えつけます。

推測するしか出来ないけれど、マリアは意図して取り巻きたちを支配していったことは確実だと思います。どんな術を使ったのかは分からない。けれど、破邪の力が通じるのならば、その力に含まれているのは『悪しきもの』なのでしょう。


それにしても、本当にどういう事なの。

本当に、今目の前にいるイザークを信じていいのか。

だって、イザークには破邪の力を宿す血がある。

兄弟の中でも一番弱く、自分に向けられたものを弾くだけだと言うけれど、それならば何故マリアの力を受けてしまったのか。やっぱり、イザークは正気のままマリアに協力したのではないのか。それとも本当に、力が弱過ぎて負けてしまったというのか。


分からない。


どれだけ考えても正解が何なのか、分からない。



「ママぁ」

何時の間にか、思考の淵に沈みこみリアたちから目を逸らしていたことに気づく。それを気づかせてくれたリアの困り果てた声に慌てて顔を上げると、イザークがリアを抱き上げてクルクルと踊っていた。


ねぇね、いっしょ。

セーラねぇねもいっしょ。

みんな、いっしょ。

おうちにかえろ。


やっぱり、イザークは壊れてしまったのかという思いが確信に近くなる。こんな風に喜びのあまり踊り出すことは絶対になかった。貴族として必須のダンスでさえ嫌がっていた子だったもの。

「えぇ、家には帰るわ。でも、それはここでは無いわ。王都でもない。」

イザークが帰ろうと言っている家は、きっと領地の屋敷だろう。私も、何時も戻りたいと思ってしまうもの。あそこにいた時間に戻れるのなら、戻りたいと願ってしまう時がある。でも、そんな事は馬鹿な感傷でしかないもの。

今は更地でしかない場所に帰っても何もならない。


「ねぇね、ここにいて。どこにもいかないで。」


「嫌よ。私達は帰るの。」


「いえ?ぼくもいっしよ?おねがい、いっしょ。」


また、ポロポロと涙を流して近づいてくるイザーク。


もしも、これが演技だったとして、

本当にわたしたちを裏切っていたのだとしたら、これが私を嘲笑う為の演技なのだとしたら、私はイザークを殺す。刺し違えることになろうと、サルドから愚か者が生まれた責を負って、どんな手を使っても、

全身全霊全ての力をもって、むごたらしく殺します。


そう、亡き家族たちに誓います。


だから、

だから早く、さっさと元の姿を晒しなさいよ。

さっさと正体を明かしなさいよ!


頼むから・・・


「ねぇね。どこにもいかないで。」


「いいわ。一緒に帰りましょう、サルドの新しい家に。だから、イザーク。私に協力しなさい。私の為に力を貸しなさい。そしたら、一緒に居てあげるから。」


ユリアのように、誓約書を作ろう。イザークが私を裏切らないように。本当に一緒に帰る為に。

私は酷い姉なのかもしれない。

イザークがこんな風になってしまう事を気づいても、止めてもやれなかった。家族の中で一番近くにいたのは私なのに。一緒に学園の中にいたのに。

助けてあげることが出来なかった。

それなのに、自分だけを哀れんで、イザークの事を憎んでいたのだから。

その上、信じきることも出来ずに、誓約書で縛りつけようとしている。


もし、イザークが元に戻ったら、喜んで罰を受けよう。

イザークの誹りを受け入れよう。


だから、嘘だと笑ってもいいから、元のイザークを見せて欲しい。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「サルド君?どうしたの、そんな顔で?」


「……この匂いは何?」

「えっ?」

「不快だ。気持ちが悪い。頭の中を勝手に覗かれて、掻きまわされているような気分になる。」

「何のこと?私、分からないわ。」

「君は、本当に人?僕の目には、違うものに見える」



「…たかが攻略キャラのくせに…」

つまり、何が言いたいかというと、

①エリザが武器を手に入れた。

②乙女ゲーヒロインな王太子妃マリア、怖い。

です。

あとは、マークがちょっと…って事です。


次回、『王太子妃のこと。』となります。

直接対決ではありませんが、王太子妃のことが少しだけ判明する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ