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 「どおして、このわたくしが、っぶえええええん!!」


 「ああ、もう……。はいはい、わかりましたから、あんまり大きな声出さないでくださいっ」


 ここの壁の薄さを理解しているのだろうか、このお嬢様は。……いや、しているはずがない。

 ここは、隣人の「ああ、肉食いたい」とかいう心のつぶやきにも似た独り言さえ聞こえるくらいに壁が薄いっていうのに……。


 あのあと、盛大に吐き散らかしたパーシヴァル嬢を私は仕方なく部屋に招いた。

 スカートは吐しゃ物で大変なことになっていたし、なにより、据わりきったブルーの目で、私を放そうとしない彼女に根負けしたのだ。


 部屋に入った途端、彼女は泣きだした。なんなんだ、この人は。……こんなひとだったろうか。いや、酔ってるんだな。うん。酔いすぎだ。どう見ても。お酒って怖い。


 吐しゃ物とスカートをどうにかして彼女に向かいなおる。

 些か静かに泣くようになった彼女は意外と素直なのかもしれない。


 「わたくしをっ、生涯愛してくれると、そうい、言ったのにいい」


 「なんですか。恋人に捨てられたんですか」


 「す?! 失礼ね、捨てられてないわよっ! 突然消えただけで…」


 いや、捨てられてるじゃないですか。どう考えても。


 「というか、なんで貴女がこんなところに? ここ、治安悪いんですよ」


 呆れながらそういうと、パーシヴァル嬢は、そっぽを向いて、むくれた。拍子にたわわな胸の肉がふるると震える。……相変わらずすごい。


 「……王都の有名なブティックで、デザイナーをしてるって言っていたから、探しに来たのよ。でも……どこを探してもそんな奴はいないって……う、っううぅ!」

 

 「なるほど、騙されたんですね。それで、やけ酒ですか?? 伯爵令嬢ともあろうお方が、こんなところで……危ないんですからね」



 あと、迷惑です。主に、私が。

 腰に手を当てて諭すと、なぜか彼女はやんわり頬を染めた。……え、ちょっと。



 「……心配してくれてるの?」


 「イイエ、違います」


 即答した。頬を染めて胸を寄せる彼女に顔が引きつる。……なんか、こわっ。

 エドアルド様はいつもこんなお気持ちだったのか……。おかわいそうに。



 「と、というか、なんで伯爵令嬢ともあろうお方が簡単に騙されるんですか」


 「だって、お金持ちだって言っていたし、顔がかっこよかったのだもの」


 すかさずかえってきた言葉に硬直した。

 ……え、なに、このひと。馬鹿なの? いや馬鹿なんだろうな。ぬくぬくと甘やかされて育ったんだろうな。


 こんな人があのエドアルド様の婚約者を名乗っていただなんて……。


 「そもそも、エドアルド様が早く結婚してくれていればこんなことにはならなかったのに……!わたくしは、いまや社交界の笑いものよ、友達も一人残らずいなくなったわ。……あの子たち、少し前までは金魚のふんみたいにわらわらついて回ってきていたのに……」



 また、はらはらと涙を流す。化粧が崩れようとも美しい顔を儚げにゆがめて、泣く彼女を私はとても冷めた目で見ていた。

 何を言っているのだろう。この人は。とても、恵まれているだろうに。


 「エドアルド様ったら、この美しいわたくしに選ばれたというのにあんな、こと……。あんなでくの坊、こっちから願い下げよ! ちょっとお金を稼いだからって調子に乗って…」


 「エドアルド様は調子になんて乗っていません」


 思わず、口に出ていた。思いのほか冷たい低い声になってしまった。パーシヴァル嬢が、はっと顔を上げる。


 「何?」


 「エドアルド様は努力されて誰よりも努力されて、今の場所におられます。文句も言わず、つらい時期を、必死に耐え忍ばれたのです。

貴方に侮辱される謂れはありません」


 「お、お前! 卑しい使用人の分際でっ」


 「そういうところですよ。パーシヴァル・オルティマン伯爵令嬢。なにもかもを見下して。じゃあ、いったい貴方の何が勝っているのですか? 顔ですか? その恵まれたお体ですか? そんなもの、貴方がご両親から授かったものにすぎない。では、なにが残りますか。貴方に。何か、努力されてきましたか?」


 ああ、どうしよう。しまった。……つい、思ったことをべらべらと吐露してしまった。

 だって、我慢ならなかったのだ。私の大切なエドアルド様が馬鹿にされるのが。あの人の努力のかけらすらしらない、知ろうともしない、こんな人に。


 伯爵令嬢にこんなことを言ってしまって、後ろ盾のない私はどうなるだろう。下手したら殺されるかもしれない。

 こちらを驚愕の表情で見つめ続ける彼女に乾いた笑いが漏れた。

 私の幸運も、ここまでか。……でも、それがエドアルド様の矜持を守るためなのであれば本望だ。


 「貴方のそのご友人たちは、貴方が騙されようとしているとき、少しでもあなたの身を案じてくれましたか? 貴方は、そのご友人たちの悩みを知っていますか? 真摯に相談に乗って、一緒に考えたことはありますか? 貴方が愛した恋人たちはどうですか? 心を砕いて貴方を理解しようとしてくれましたか? 貴方は、欠点をも受け入れる努力を、しましたか? 」


 「……っそ、それは」


 おかわいそうな方だ。何にも持っていない孤児の私よりはるかに恵まれているだろうに、私よりも空っぽだ。彼女は境遇に、生まれ持ったものに甘えすぎていて、そして周りの人は誰もそれを指摘しなかったのか。……あるいは、聞く耳を持たなかったのか。


 今、こうして私の話を少なくとも、聞いてはいるのは驚きすぎて怒りで言葉が出ないのか、恋人に捨てられ弱っているからか、はたまた、初めて聞いたからなのか。


 「貴方のそれは、本当に“友人”で、“恋人”だったのですか?」


 「っっ!!」


 これ以上ない、くらいに見開かれたブルーの瞳から、やがてぽろぽろと涙があふれだした。

 声を押し殺してなく様は、どこか恥じているようにも見えたが、どうだろうか。


 言い切ってしまって、かなりすっきりはしたが、私はどうなるんだろう。

 マリアンヌさんが大変な今、仕事に穴なんてあけられないのに、はあ……馬鹿なことをしてしまった。

 だって、我慢できなかったのだ。

 ……ああ、相当、疲れてるんだな。もう寝たい。何もかも忘れて。この人も酔ってるんだし、朝起きたらすべて忘れてないかな……。そんなうまい話ないか。



 どのくらいそうしていただろうか。


 「お前」


 「は、い」


 急に声をかけられて背筋が伸びた。妙に冷静な声だ。さっきまで泣きわめいていた人とは思えないほど。

 ああ、沙汰がくだるのか。どうしよう。せめてパン屋が落ち着くか後任が見つかるまで待ってはくれないだろうか。


 「……エドアルド様に追い出されたの?」


 「へ!?」


 「ま、まあね、こんなにひょろっこい上に無礼だもの。解雇されて当然だわ」


 「いや、まあ……はい、そうなんですけど」


 「今はなにをしているの」


 ……予想外なことを聞かれた。ひどくまじめな顔だが、もしかしてパン屋をつぶす気だろうか。権力に物を言わせて。

 そんなことはさせない。


 「……王都で働いていますが、そこには手を出さないでください」


 「は? まあ、いいわ。じゃあ、今すぐわたくしときなさ……じゃなくて、いつわたくしのもとに来れるかしら」


 言いかけて、途中で悩むように眉をよせて彼女は言った。  

 来れるかしら、だなんて、驚くほど柔らかい言い回しだ。まさか私に気を使って……? いやいやないない、人生最後の別れをせいぜい惜しめと、わたくしにたてついたことを後悔するがいいと、そういうことに違いない。


 ……まあ、そういうことなら、甘えさせてもらおう。


 「あと、三か月、待ってくださいませんか」


 三か月あれば、後任を探して、仕事を教えられるはず。その間私は無給だって構わない。私がしたことだ。

 それから、このご令嬢にたてついた罰をきちんと受けよう。後悔はない。ないけれど、最後にもう一度、エドアルド様にお会いしたかったな……。


 厚かましい願いだけれど。


 「……いいわ。では、三か月後、必ず迎えに来るわ。逃げたらどうなるか、分かっているのでしょうね」


 パーシヴァル嬢が宝石のようなブルーの瞳を細めた。私はまっすぐにそれを見据えて頷いた。


 「もちろんです」


 自分でしたことは自分で始末をつけろ。これはエドアルド様の言葉だ。屋敷に来たばかりのころはしょちゅう怒鳴られていたな、そういえば。

 いまとなっては、それももういい思い出だけれど。


 「ところで、」


 美しい(?)思い出に思いを馳せている途中でパーシヴァル嬢から声がかかる。

 もう、うるさいな、とうっかり口に出そうで、どうにか踏みとどまった。……うん疲れてるんだな、私。お願いだから、寝かせてくれ。




 「なあにその恰好。女装が趣味なの?」



 いやいや、そんなわけないでしょう、馬鹿なんですか、とまたもやうっかり、しかも今度は口に出してしまった私は、やはりとても疲れているらしい。


 お願いします、だから言ったじゃないですか(言ってない)……もう、ほんと、寝かせてください……。



 


 

いつもありがとうございます。

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