24話 美浦での日常の一コマ
美浦トレーニングセンター
ワイは門別競馬場でのダート交流重賞である、JBC2歳優駿を見事一着で終えて、それからようやくにも北海道を離れて、茨城県にある美浦トレーニングセンターへと入厩することとなった。
デビューしてから、もう既に四戦を走っているのだから、やっとこさという感じやね。
てっきりワイは、苫小牧から大洗までのフェリーに乗ると思っていたのだけど、八戸までだったわ。馬を長時間、船に乗せて疲れさせるよりも、まだ馬運車のほうがマシという判断なのかな?
べつにワイは船酔いしなかったけど、船酔いする馬もいるかも知れないから、フェリーに乗船している時間は、なるべく短い時間のほうが無難なのかもね。
それに、八戸から高速のほうが渋滞がなければ、4~5時間は早く美浦に着くみたいだしな。
馬の輸送の疲労を考えると、4~5時間って結構馬鹿にならない時間だよなぁ。
まあ、どの便を利用するのかは、厩舎や馬主によってケースバイケースなのかも知れないけど。
さすがに、函館~大間のフェリーはないと思うけどな。大間なんて利用すれば、下道で余分に時間が掛かるはずだしね。
もっとも、ワイは今回の北海道から美浦までの長距離輸送でも、全然疲れなかったので、どの船便であろうと、もーまんたいやけどな。
「ほいっと、これでお終い。ヒメ、綺麗になったよ」
「ひーん!」
うむ、ご苦労。ほめてつかわす。
田中さんに、馬体のお手入れをしてもらっていたのが終わったところだ。
綺麗にピカピカと念入りに磨かれて、ワイも満足である。
まあ、冬毛が出始めているけどな。
というか、田中さん、リンゴくれ林檎。
隠しているつもりだろうけど、匂いで分かるんやで。
「え? なに? もしかして、リンゴ?」
「ぶるぅ」
ワイの目の前にリンゴが隠して置いてあるのに、お預けをするだなんて無体な。
喜んで率先してお預けプレイをするような、そんな高尚な趣味も性癖もワイにはないんや。
「しょうがないなぁ。半分だけだよ?」
「ひん!」
半分で十分でっせ。ご馳走も食べ過ぎると、味気なくなるしな。
※※※※※※
「はい、というわけで、今日は注目の二歳馬ということで、北海道の門別競馬場で先日行われたJBC2歳優駿で見事にレコード勝ちを収めた、ミストラルプリンセス号が所属する美浦の藤枝厩舎にお邪魔しています!」
む? なんやなんや? 騒がしいぞ。
またぞろ人間がゾロゾロとやってきおったみたいやな。
ここは一つ、龍馬みたいに格好良く、"ほたえなや!"とでも言っておくべきだろうな。
龍馬は名前に馬が入っているのだから、きっとご先祖様に馬の血が混ざっているに違いない。
というか、ワイは人間の言葉を喋れんかったんや……
不便やのぉ。
それで騒がしい人間どもは、二歳馬で数少ない重賞勝ち馬であるワイを見にきたんやな。
まあ、ワイは中央の重賞じゃなくて、地方の交流重賞の勝ち馬やけどな。
それも、国際格付けのGⅡじゃなくて、日本国内のドメスティックな、実質一勝クラス500万下の条件特別に毛が生えたような、JpnⅡの重賞やったけどな!
自分で言っておいて、虚しくなってきたわ……
※※※※※※
「こちら、ミストラルプリンセス号を担当している、厩務員の田中さんです。田中さん、初めまして。今日はよろしくお願いします」
「はじめまして、こんにちは。こちらこそ、よろしくお願いします」
なるほどね。テレビの取材があるから、ワイの馬体もいつもより念入りに綺麗にしてくれたんやね。
田中さんも普段は化粧なんかしないで、すっぴんで素顔のままなのに、今日に限って薄っすらと化粧しているもんな。
つまり、田中さんの外面は、ええかっこしいということだったみたいである。
まあさすがに、ファンデーションでコテコテの厚化粧とかではないのが、まだ救いだけどな。
田中さんもテレビの取材が来る前に、全休日にエステに行った甲斐があって良かったね。
というか、ワイみたいな二歳のダート馬なんかをわざわざ取材に来るなんて、競馬情報番組も暇なんかね?
この時期だったら、マイルチャンピオンシップやジャパンカップを目指す有力馬の取材とか、12月の二歳GⅠを目指して芝で頭角を現した期待の若駒を取材するのが普通とちゃうん?
「ミストラルプリンセス号はダートで二戦続けてのレコード勝ちを収めましたけど、その二走とも圧倒的な強さでしたね!」
「強かったですね。調教の動きでダートも走ると、普段ヒメの調教を付けている騎手の美雪ちゃんも言ってましたけど、まさかここまで走るとは想像以上でした」
そこは、神さま謹製の身体能力を付与されているはずである、ワイやからこそ、そこまで走れたんやろうね。
まあ、当たり前だけど、少しでも速く走れるようにとの努力も、怠らずにちゃんとしてまっせ。
「ぶっちぎりで強かったですもんねぇ。こちらが、そのミストラルプリンセス号ですね?」
「ひん」
ところで、○○号の号って、なんやろね?
なんか、特急列車みたいな感じがするんやけど?
「はい、そうです。厩舎でのミストラルプリンセスの呼び名は、牧場での幼名と同じくヒメの愛称で呼んでいます」
「ヒメですか?」
「はい、お姫様のヒメですね」
「確かに、ミストラルプリンセス号は可愛いのに、気品もある感じがしますので、ヒメという愛称はピッタリだと思います」
「ひ~ん」
リポーターのネーチャンもよう分かっているやんか。
まあ、社交辞令の阿諛追従かも知れんけどね。
それでも、ワイは他の馬と違って輝きを放っているはずなんやで?
「それに加えてヒメは、素直で大人しくて、手の掛からない馬なんですよ」
まあ、なるべくなら迷惑を掛けないようにと、気を遣っているんやで。
ワイは元人間やから、人の手を煩わせるのも気が引けるんや。
「すらっと鼻筋の手前まで伸びた、流星が可愛らしいお馬さんですし、ヒメは賢いのですね」
いや? 流星が可愛いのと賢いのとでは、因果関係が不明ですやん。
「私は知らなかったのですけど、流星の左上と右側ちょっと下が広がっているのが、サッカーボーイに似ていると、昔を知っている年配の人は口を揃えて言いますね」
「サッカーボーイですか? ああ、そういえば、ミストラルプリンセスの父であるファニーウォーの母父がナリタトップロードで、そのまた父がサッカーボーイでしたね」
つまり、サッカーボーイはワイの曾爺ちゃんか曾々爺ちゃんの一頭ということやね。
「栃栗毛もサッカーボーイと同じですしね。あと、一番下が二股に分かれているので、そこが鹿児島の錦江湾だから、この流星は九州の地図だな。とか、ウチのテキが笑っていましたよ」
「な、なるほど。そう言われてみれば、こっちが長崎県であそこが大分の国東半島で、下の方が薩摩半島と大隅半島だから、確かに九州に見えなくもないですね」
「ひん」
ワイの流星は、そんな形をしていたんやな。
どうりで、サッカーボーイに似ているとか、九州の名前をチラホラと耳にするとは思ったわ。
まあ、ワイはべつに九州には、縁もゆかりもないけどな。
「それで、ぶっちゃけこの馬は、ミストラルプリンセス号は、ダート馬なのでしょうか?」
おい、いきなり話題が飛んだな。
まあ、前二走の走りを見たら、ワイをダート馬だと思いたくはなるわな。
「芝も未勝利ですけど連続で二着していますし、実際どうなんでしょうかね?」
「それでは、芝ダート兼用ということでしょうか?」
「そもそもの話なんですけど、350kgという小柄な馬体でダートを力強く走れるほうが、普通はおかしい気がするのですよ」
まあ、ワイ以外でも300キロ台の馬は、少数ながらそこそこいると思うけど、その馬がダートを苦もなく走って、それも連続してレコードで大差勝ちをするような馬は、ワイ以外にはおらんやろうなぁ。
「それはまあ、確かにそうですよね。だから、私も聞いてみたのですけど、厩舎の方でもミストラルプリンセスの適性を計りかねているということでしたか」
「そうなりますね。来年に向けてのローテーションも色々と悩んだりしていますので」
ワイは芝ダート兼用だし、さらに重馬場も苦にしない万能選手やからな!
まあ、だからこそ、使うレースを決めかねているのだろうなぁ。
「つまり、次走は未定ということなんですか?」
「川崎か阪神ジュベナイルフィリーズかホープフルステークス、そのどれかのGⅠだとは思うのですけど、はっきりとは決まってませんので、まだ未定ですね」
「芝も負けはしましたけど、新馬戦とコスモス賞での追い込みの脚は凄かったですもんね」
「ええ、あれを見ちゃうと、芝路線を捨てるのももったいなく思えてきますので、悩ましいところです」
牝馬は三歳春まで、桜花賞とオークスを目指すのが普通やからな。
「それで、ちょうど今日これから、ミストラルプリンセスのオーナーが来る予定になっていますので、そこでの話し合いの結果次第だと思います」
なんや、ワイの馬主さまが美浦にご来場になるんかいな。
これは、リンゴの差し入れに期待しても、ええんかな?
というか、庭野ってやっぱ暇なんじゃね?
そういえば、じゃじゃ馬グルーミンアップにも脇役で、流星が九州似のキューシューなる愛称の馬がチラッと出ていた記憶があるなぁ。
グルーミンアップは作者の若い頃のバイブルでしたw また全巻揃えようかな?




